E.M.花恋は戸惑わない 「今、なんと言った?花恋」 デスクの傍らに立つ父、芳古はいつもより顔が強張っていた。 「…お父さま、Yシャツにシミが」 「クリーニングに出すからいい。それより、さっきの言葉…もう一度言ってみろ」 噴き出したコーヒーを拭う手は少し震えている。それは恐怖からなのか怒りからなのか…十中八九後者です本当にどうもありがとうございました。 意を決して父の目を見つめて、一言一句違わずに告げる。 「お父さま、私 旅に出ます」 交差する視線。先に目を逸らしたのは向こうだった。花恋の父はデスクに腰を掛け、溜め息をひとつ吐く。 「駄目だ」 答えはシンプルだった。シンプルなだけに、理解するのに時間はかからなかった。 「どうして!…ですか。旅は見聞を広げることにも繋がると、お父さまも…」 「駄目なものは駄目だ。第一女の、まして子どもの一人旅なんて…危険過ぎる」 「旅に、危険は付き物です!性別や年齢も関係ありませんわ!!」 思わず叫んで、部屋を飛び出してしまった。お父さまは頭が固いんです… 「タキ!タキはどこです!?」 こうなったら…奥の手です! *** 「よろしいんで?」 お嬢様出て行っちゃいましたけど、と言外に伝える。…天井から出てきたのにまったく動じないどころか、デスクの整理を始めた旦那様は強者だ。…慣れか。 「構わん。…そのうちお前も呼ばれるぞ」 …キ!タキ…どこ…す!? 「ほらな?まったく、あの子の考えることは単純過ぎる…」 片手で頭を抱えた旦那様の顔は呆れ顔のお手本のようだ。 「あぁ、あった……タキ」 「はい」 真剣な声に姿勢が伸びる。 長くなりそうだから、天井に残ってるツチニンにお嬢様のもとに行くよう合図を送る。 「この封筒をツワブキ社長に、こっちはオダマキ博士に郵送してくれ」 「はい」 「それとこっちは花恋の旅行鞄に忍ばせろ」 「は、え?」 「本人には気付かれるなよ」 「はぁ…中身を聞いても?」 「なに、それほどの物じゃない…」 そう言ってニヤリとあくどい笑みを浮かべた旦那様は、笑みのわりに過保護なんだと改めて感じた。 *** 「お嬢」 後ろから袖をクイッと引かれる。 「才蔵じゃない、どうしたの?」 振り返るとタキの手持ちの才蔵(ツチニン)がいた。 「お嬢、タキは今仕事中だからもう少し時間がかかるみたいだぞ」「あら…私の声が届いたってことはこの屋敷には居るのね」 「(さっきまでお嬢のいた場所に、とは言えないな。さすがに)…ああ」 困ったわねーと悩む花恋に、才蔵は疑問を投げかける。 「お嬢は旅に出たいのか?」 「え?どうして分かったの?」 一瞬フリーズした才蔵は、次の瞬間には自分のミスに気が付いた。 「(…!!し ま っ たー!!)…行きたそうな顔してる」 「すごい!さすが忍者ね!!」 「(…お嬢は忍者を誤解してる…!)」 事実、彼女は誤解している。 「……で?」 「そうね、いずれは後を継ぐ身としては、このまま家でのんびり過ごす訳にはいかないと思ったのよ」 「…それを、旦那様に言えば良いんじゃないか?」 「…恥ずかしいじゃない」 まあそれだけじゃないけどね、あとは秘密! *** 尻切れトンボ乙 ちょっと収集がつかなくなってしまった… とりあえず早く来いタキ。話はそれからだ。 |