20:20






カララカララ。カツリコツン。ザラリズリ。
自転車のタイヤが回る音と靴音がふたつ、夜に響く。


「よ!待った?」
「こんばんは、23頁と5行くらいは待ちました」
「ごめんごめん。…てか、それって長ぇの?短ぇの?」
「どちらだと思いますか?」
「んっとー、短いと嬉しーなっ」
「ふふ。キミを待つ時間は嫌いではないですから、気にしないでください」

朗らかに微笑った黒子は文庫本を鞄の中に丁寧に仕舞う。シェイクの容器に付いた水滴を見ればまだ半分より多いようで、そのことに少し安堵した。黒子の向かい側にトレイと荷物を置き、安っぽい椅子に腰掛けたのが、今から約40分ちょっと前の話。
はあ、さて、いつからだったろうか。えぇっと…あ。そうそう。蟹座と蠍座の相性が最悪だった、あの日。流れで一緒にメシを食いに行ってからだ。それから、これまたなんとなく、オレと黒子はごくたまに会うようになっていた。
黒子は決まってバニラシェイクを注文し、ゆっくりゆっくり飲んでいき、オレといえばハンバーガーだったりポテトだったり同じようにシェイクにしてみたりセットだったりさまざま。ただ駄弁って笑って、途中まで帰りを一緒にするだけ。そんな、なんでもないちょっとした時間。だけど、ひっそりオレの楽しみになっていたりする。

オレらの話には色気なんて全然なくて、まぁ、あっても気色わりーンけど。
今日の部活はどうだったとか、授業中にエース様がどうで昼に先輩がこうで、そういえばこの前の練習試合で、この式はXを2とし、あの時のパスがキレイに通って、この物語の情景を、明日の練習メニューは外周で、雨が降ったら校内ランニング。あー、体育館でバスケがしたい。
一にバスケ、二にバスケ。たまにおべんきょして(大体オレが黒子に教えている)そっからまたバスケ。黒子はそりゃもう、かなりのバスケ馬鹿だ。

「パスしかマトモに出来ねーのになぁ、お前」
「―そうですね。でも、好きなんで、バスケ」

嫌味のつもりだったけど、黒子は宝物を見るみたいにキラキラした目をしていた。バスケが恋人ってヤツかぁ?ああ、なんてスバラシキ青春!かくいうオレの青春もバスケなんだけどね?オレたちは揃いも揃ってかなりのバスケ馬鹿だ。そしてエース馬鹿だった。
オレたちの会話にはかなりの頻度で緑間と火神の名前が出る。つか3分の2ぐらいはエースの話題な気がする。
…だってさーあ?

「バスケの相棒でさ、クラスでも席が前後でさ、ヘタしたらお互い家族よりもエース様と一緒にいる時間のが長いんじゃね。なんだそれ、カノカレかよ!」

そう言えば、黒子は無表情を崩してキョトンとしたあと小さく噴き出した。

「ボクよりずっっと背の大きい彼女はイヤですね」
「えッお前のがカノジョなんじゃ」
「失礼な」
「ぐぉっ…!」

黒子の肘が腹部にめり込んで、潰れたカエルみたいな声が漏れた。こいつ、こいつ…!どこにこんな力があるんだよ…!よろめけばわざとらしいと一言。
なんだよ、くそ、つめた〜いのだよ。

「キミは緑間くんが彼女でもいいんですか?ボクならイヤですけど。絶対イヤですけど」
「オレぇ?オレはー、てか2回も言うなよ可哀想だろブフッ」
「笑ってるじゃないですか」
「へへ、まぁおいといて。そうさな〜〜〜。真ちゃんなぁ、ワガママお姫様だしぃ?知ってる?うちの部、緑間のワガママは1日3回まで!ってルールが4月の時点で出来てたんだぜ?子どもかって!マジお姫様かって! おは朝の信者すぎてラッキーアイテム手に入らないとすっげえ機嫌ワリーしそわそわしてるし物は壊れるし水は降ってくるし死にかけるし。手に入ってもなんっか変なのばっかだし。ラッキーアイテムの為なら万出すし…ほんとさーこの前のモゴラにはオレ、ドン引きっつーか…。真ちゃんてさ、乙女なのかな?ただの馬鹿なのかな? そうそう乙女といえばやたら睫毛なっげえし。あれは女子が羨むとかそんなレベルじゃねーな。キリンだわ。んでマジほんっと唯我独尊って感じで。ツンデレ…なのは好きかな。ウン、好き、面白い。たまに面倒くさくてうぜーけどな。語尾もおもしろいのだよ。これ内緒な? つかジャンケン強すぎっしょ、意味わっかんねーもう全ッ然勝てねーし!今まで一回もアイツ自転車漕いでねーじゃんっ。あとスクスク育ちすぎ!見下ろすだけじゃなく見下してくるからね、アイツ。人のこと下僕だとか言ってさ〜〜〜〜。んまあ、ね、緑間のワガママをなんやかんやで叶えちゃうオレもオレだとは思うんだけどね、でもさ下僕はどうなんだよって思うわけだよ!友達だってことくらい素直に言えよなぁっ。ほんとにツンデレなんだから! とまぁあいつ超変なヤツだけど、誰よりも早く来て、誰よりも遅く練習しててさ、あ、おは朝の結果にもよるんだけどな?歪みねえよな。真剣な顔で真剣にバスケしてんだよねー。それをずっと間近で見てたら、さ、やっぱ、どうしたって嫌いになれねーんだわ。アイツのこと」
「……………えっ、と…………つまり、あれですか、ベタ惚れなんですね。超がつくくらいに」
「ベッ…ちょ、別にそんな、……恥ずかしンだけど!」
「そうですね…緑間くんもキミのこと、大切に思ってますよ。頑張ってください」
「おい、待てよ、何を頑張るんだよなにを!」
「高尾くんならいけますよ」
「いけたくねええええっ。なぁマジほんとヤメよ?クラスでも部活でもネタになってんのにお前にまでネタにされたらちょっと高尾くん生きてけねえって」
「大丈夫です。ボクは二人のこと、応援していきますから。…エンダーイヤーっ」
「ナニソレ?!ねえもしかしてそれやりたかっただけだったりする?おい黒子てめえ!」

そう叫んだら黒子がふふっと笑った。周りの喧騒が一瞬遠く聞こえて、あー、きれいだなーこいつも。もっと笑えばいいのに。そう思った。と同時につい口から出て、黒子の眉間に皺が出来る。めっずらし!こんな風に表情を変えられる奴だとは思っていなかった。この時間はいつも新しい黒子を見せてくれる。

「ぶは、真ちゃんみてー」
「…緑間くんと一緒にしないでください」
「お前どんだけ緑間嫌いなのッ?」
「別に、嫌いじゃないです。ツンデレが面倒なだけです」
「何その理由!」
「……笑いすぎで、いつか高尾くん死ぬんじゃないですか?」
「笑い死にッ?いやいや流石に!アッでもしそうだわ、やば、怖えっ」

会話どころか息もまともに出来ないくらいに笑うオレを見て、なんなんだという風に眉を寄せる黒子。その反応は緑間が見せる反応にどこか似ていて、それがまたオレの笑いを誘う。
一向に笑いの止まらないに黒子はため息ひとつ吐いた。

「怖がってるようには見えないですけど」
「だってジッサイ死なねーし?うは、笑いとまんねーっ。ツレェ!これは、腹筋、超割れる」
「もう割れてるじゃないですか」
「やだ、いつの間に見たの?テッちゃん、やーらしいの」
「高尾くん」
「へ?えっちょ、ごめっ、いで!」

本日二度目の肘イグナイトが炸裂。脇腹、脇腹が、超痛いぜ黒子サン。あ、これ痣できたわ。
あまりの痛さにマイ自転車のハンドルから手が離れ、自転車が倒れる。次いでオレも。脇腹をおさえて思わず唸り声が漏れる。だってマジ、いってーよ!
黒子のスニーカーがジリリ近寄ったのを視界の端に捕らえ、涙がにじむ目で見上げる。黒子の真顔で見下ろされるのは怖かった。大丈夫ですか、なんて心にもない言葉を貰って「マ、ジで…いたい…」そう零せば「飛びきりの力、込めたんで」と無表情から一変、微笑んだ。
黒子は怒らせないようにしようと、星が瞬く空に誓った。

倒れた自転車を黒子が起こし、オレも、ふらふらよろめきしながらなんとか立ち上がる。ホントに強烈な一発だった。脇腹を擦りながら、黒子からハンドルを受け取る。

「人を殴る趣味はありませんので、次からは気を付けてくださいね」
「ウン、気を付けるわ……すんませんした」
「はい」
「あーッまだいってぇ、効いたわ。明日頑張れないわーー、和成ダメだわ」
「へえ、今度はこわい先輩に殴られちゃいますよ?」
「ヤメロよそゆこと言うの!」
「そんなにこわいんですか?」
「怖ーよ宮地サン!語尾が刺すぞ轢くぞだぞ!」
「それは穏やかではないですね」
「マジこえーよ…それと同じくれぇスゲー真面目でさ。練習も最後まで居残ってんだよなぁ。もう、みんな緑間かって。あっでもそろそろ期末考査だから居残りは出来ねーかなぁ」
「みやじさんは真面目なんですね。キミと違って」
「今すっげえ聞き捨てならねえ言葉があった気がするけど流してやろう」
「反論できないんですか?」
「またそういうこと言って!数学もう教えねーぞ!」
「それは困ります…すいませんでした。今度、この前のお好み焼き屋さんに行きましょう。キムチ焼きというのが新しくできたそうなので、奢ります」
「ななななにそれ行く!!!よし許した数学はこの高尾くんに任せろってんだ!」
「頼もしいです、高尾先生」
「…ねえもっかい言って」
「やです」
「ちぇっ。あ、あと、割り勘な」
「……高尾くんならそう言うと、信じてました」
「あってめぇ、最初から奢る気なかったろ?」
「さあ、どうでしょう。…あ、そういえば誠凛ももうすぐテストですね」
「タイミング良すぎじゃね?まーいいけど。さっそく教えてやろうか」
「ありがとうございます、平気です」
「ブフォッこの流れで?!」
「高尾くんの教え方が上手いので、大分わかるようになったんですよ」
「まぁじで?じゃあオレ、将来は教師にでもなっちゃおーかな!」
「調子乗りましたね。はは、高尾くんなら生徒からの人気すごそうです」
「高尾先生っわたし、先生のことが…!」
「いやそういう人気じゃ…」
「ジョーダンだって!生徒に手出したら高尾先生逮捕ジャン」
「知り合いから犯罪者が出るのは勘弁してほしいですね」
「ははは、真ちゃんとか絶対、マスコミに取り囲まれるぜ。友人のMサンとか言われちゃってたりしてさ」
「高校のとき、容疑者とはクラスメイトで部活でも相棒だったとお聞きしましたが、心境はいかがですか」
「…フン、確かにクラスメイトで部活ではそのような関係だったが、別になんとも思っていないのだよ。オレは忙しい、邪魔だ、道を開けるのだよ」
「…、ふふっ似すぎ…」
「だがあいつは見境なく手を出すような男ではなかったのだよ、馬鹿め、きちんと調べるのだな」
「な、なんです、か…それ」
「お得意のツンデレなのだよ」
「意味がわか、ふふ、はは」
「……スゲー、そんな笑ってる黒子見んの初めてだわ」
「ふ、…はぁ……ボクもはじめてです」
「えっ戻るの早ッ!!マジかよ、はえーー!」
「…いまだに高尾くんのツボが分かりません。…はぁ、疲れた、…高尾くん疲れないんですか?そんなに笑って」
「つ、かれるぜ?でも、ブフッおもしれーもん!我慢できないね!」
「はは、そうですか」

そうしていつもの分かれ道。十字路。黒子は真っ直ぐ、オレが右に折れる。分かりきっているのに右の道を指さし、「じゃ、オレこっちだから」と言えば黒子も同じように「ボクは真っ直ぐです」と前を指さす。このやり取りは何度目だろう。

「そんじゃ、お互い部活がんばろーぜ。エースの世話とさ」
「はい、勿論です。しょうのない光ですから」
「…あ、あとテストか、あーあ。ったく、嫌んなるぜ」
「学生の本分ですからね」
「げろげろ」
「…あの、さっきはああ言いましたが、分からないところがあったらまた教えてもらってもいいですか?」
「お?モッチロン!いいぜいいぜー…高尾先生に惚れんなよ!」
「……………」
「…やめろ、やめろよ!そんな目で見んな!」
「…ふふ、それじゃ、また」
「おう、じゃまた」

黒子が小さく手を振り、応えるべく右手を軽く挙げる。それを見ると黒子は前に歩き出した。闇のなか、消えてしまいそうな白藍色に似た影を見詰める。きっとこの時点で、普通の人なら黒子をもう見失っているんだろうな。そうぼんやり思っていると、黒子が不意に振り返った。無表情のなかにちょっとだけ驚きが混じる。
オレがまだいて、黒子を見てるなんて思わねーよな、まあ。オレって結構、おまえにとって特別なんじゃねー?と心で言いながら、今度はオレが手を振った。黒子は控えめに手を振り返す。その仕草がちょっとだけカワイーなんて、疲れてるな。手を振るのをやめると同時に、今度こそオレは右へと曲がった。黒子はまだ、オレを見ていた。
いいね、もっと、オレを意識してよ。
…オレには、お前の些細な表情の変化だってお見通しだぜ。お前のこと、もっとたくさん笑わせてやれる気だってする。そう言ったらまた、調子に乗ってと言われるんだろうか。笑いながら。

自転車に跨りながらカバンの中のポケットを漁り、目当てのものを取り出す。ネイビーブルーのボディカラーが、黒子を隠す夜に似ていた。ぐるぐると巻いていたイヤホンを解いて耳に捩じ込む。シャッフル再生をすれば流れたメロディーの懐かしさに、ひとり噴き出した。
夏の終わりに将来の夢なんて、まだ遠い話だろ。そう曲を飛ばせば、妹に入れられた可愛い曲が流れ出す。懐かしいのは変わらない。
今はただ馬鹿みてえにバスケをしていたい。
愛すべきオレらのエース様の隣で。ライバルのいるコートで。お前と。もう一度。

「こーい、しちゃったんだ、たぶん」

ポケットが震える。携帯がメールの着信を知らせてくれている。開けば、顔文字なんて無理した黒子からのメッセージにそっと笑った。
20時20分、家に着いたら、返事をしよう。










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