午前0時を過ぎたって






「ん〜じゃーまたな〜」
「また誘ってください」
「高尾くん黒子っちばいばーい!またねっまたねっ黒子っちまたねっ」
「黄瀬うっせーよ!」
「お前もうるさいのだよ青峰」
「黒子も高尾も気ぃつけて帰れよ」
「テツヤに、何かあったら…ウ、高コロ…」
「アララー、赤ちん結構やばい〜?」
少々古い店の引き戸を閉めると騒々しい声がピシャリと消えた。高尾の足がふらりふらついて、黒子がその背を支える。
「高尾くん、大丈夫ですか?」
「ん〜〜〜だいじょおぶ〜〜〜」
「全然大丈夫じゃないですね」
「だいじょぶだって〜」
「はいはい」
ぽわぽわしている高尾を気にしながら、黒子は店の脇に停めていた自転車を引っ張り出す。
「高尾くん、鍵ください」
「ん〜待って…」
ごそごそ鞄を漁り、あれ?と首を傾げる。ポケットに手を突っ込んで、ぱっと笑顔になる。
「カギあった!テッちゃん、はいっ」
「どうも」
高尾が黒子をテッちゃんと呼ぶときは、大概酔っているときだ。高尾はのろのろ鍵を渡すと黒子がロックを解除したのを見てハンドルを握る。チリン、ベルを一回鳴らした。
「テッちゃんうしろ乗って〜」
「いやいや、高尾くん無茶しないでください」
「無茶してなーい。テッちゃんをお家に届けるまでが、デートですっ」
「そんなふらふらした足じゃペダル漕げませんよ」
「漕げるもーん。真ちゃんの乗ってるリアカー、3年間チャリで引っ張ったんだぜ?余裕すぎっしょ〜ヘソで茶が沸かせるレベルっしょ〜」
「僕が怪我したら赤司くんが怖いですよ。彼曰く高コロです」
「た、高コロ嫌……生きる……」
「じゃあ、ハンドルを僕にください」
「え〜」
「…今すぐ赤司くんに言ってもいいんですよ」
「ハンドルをどうぞ、黒子様」
「ありがとうございます」
高尾からハンドルを受け取ると黒子は笑顔を見せた。高尾を目を細めていえいえ〜だなんて言う。ちょろいな。サドルに跨りながらそう思った。
「では、乗ってください」
「うへーっテッちゃんだいじょおぶ?」
「今の君よりならよっぽど大丈夫ですよ」
「漕ぐのは俺の役目なのになー」
文句を垂れつつ荷台に跨った高尾は黒子の腰にぎゅうっと腕を回した。
「酔っぱらいが自転車を漕ぐのも飲酒運転だって知ってます?」
「そうなんだ?知らなかったーー」
間延びした高尾の声を聞きながら黒子はペダルを踏み出した。よろよろヨロけたあと真っ直ぐ走り出す。
「んひゃー、俺乗る側初かも…あっ嘘!乗ったことあったわ、うはは、高校の頃だから忘れてた、やべー歳かもー」
「まだ21にもなってないじゃないですか」
「もうあと1ヶ月もすりゃなるんだからほぼ21だろー」
「おめでとうございます」
「ありがとっ!当日もいっぱい祝ってね」
「分かりました」
「めちゃめちゃ甘やかしてほしーのだよーーー」
「ふふ、いいですよ」
「マジっ超嬉しいんだけど」
高尾が嬉しさを表すように、黒子の背に頭を擦りつける。
「危ないです、やめてください」
「はぁい」
素直に離れた高尾にほっと息を吐きながら緩い坂道を下る。もうすぐ0時になるからか歩く人はまばらだ。
「ん…寒い」
高尾が縋るように黒子に抱きついた。回された腕が微かに震えているように見える。アルコールと夜風による体温低下。左手を離し、高尾の腕を摩る。
「大丈夫ですか?」
「あーそうされるのいいかも…んふふ、テッちゃんあったかい。いい匂いするー酒臭くなーい」
「僕はお酒飲んでませんから」
「ねーなんで飲まなかったの?せっかくキセキの海外組も帰ってきてたのに。一緒に飲んだほうが楽しくねえ?」
「僕まで酔ってしまったら、誰が君を送り届けるんですか?…そういうのは、恋人の、役目ですよ」
「…テッちゃんカッコイイ!抱いて!骨の髄まで!」
「骨はいりません」
「骨抜き!これが!ギャハハッ違うかー!」
ケタケタ笑う高尾に釣られて黒子も声を出して笑った。大きな公園を横切っているから近所迷惑にはならないはずだ。楽しそうに笑っていた高尾が「あ!」と声を上げる。
「?どうしました?」
「見て、時計!シンデレラズタイム〜〜〜!」
「…ああ、ほんとだ。日付変わりますね」
「グッバイ楽しかった今日、ようこそ新しい今日!」
「高尾くん、本日もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくでっす」
そのあとフンフンと鼻歌を歌っていた高尾が、公園の時計塔が見えなくなる頃に「ねえ」と話しかけてきた。
「シンデレラってさ。0時になったら魔法が解けて、ドレスも馬車も元に戻っちまうのになんでガラスの靴だけは王子サマのとこに残ったの?」
高尾にしてはメルヘンな話題だ。
「それはですね、綺麗なドレスも立派な馬車も魔女の魔法で姿を変えたものですが、靴だけは魔女の持ち物だからなんですよ。だから0時を過ぎても王子の元に残っていたんです」
「へえ!そうだったんだ。ずっと謎だったんだよー。サンキュー、すっきりした」
「いえ。実習に行くとよく聞かれるんですよ」
「ふぅん。保育士志望はさすがだねー」
そこでまた会話が途切れて、しばらく無言が続いた。

交差点を渡り、T字を左へ曲がる。すいすい進む自転車の前に登り坂が現れる。黒子はバンドルをぎゅっと握り、ペダルを踏み込む足に力を込めた。
「…テッちゃんヘイキ?」
「平気です…!…余裕ですよ!」
全然平気じゃなかった。みるみる内に自転車は失速していき、右へ左へよろよろと蛇行しながら進む。
「もー平気じゃねぇじゃん!」
高尾は随分ゆっくりになった自転車から降りると荷台に手をかけ押し始めた。
「あっすみません」
「なんのそのー!助け合ってこそだろ?」
「そうですね、じゃあ頑張って押してください。疲れました」
「いやいやいやそこは漕ごうぜ!?」
ぶらーんと足を前へ伸ばす黒子に高尾は笑い半分にツッコんだ。おどける黒子が「しょうがないですね」と再びペダルを踏み込んで、ぐいぐい登る。そうして登りきると、高尾は荷台に飛び乗った。さぁここからは下り坂だ。
黒子がブレーキをかけるとキキキーッと耳を劈くような音が夜に響いた。
「ちょっ、テッちゃんうるせえ!近所迷惑!」
「これ君の自転車ですよっ」
「ノーブレーキで行っちゃえって」
「えええー…」
嫌そうに声を上げるも、黒子はブレーキから指を離した。途端に音は止んで、スピードがぐんと上がる。
「ははは!早ぇー早ぇー」
「は、早すぎませんか」
「だいじょぶっしょ、この先まっすぐだし」
「あーっあーーっこ、こわ…」
坂が終わりに近づくとまたキィィっとブレーキ音が鳴り響く。黒子はぷんぷんしながら「朝にでも油挿しておいてください!」と抗議した。あまりにも五月蝿い音なので高尾も「そうする」と素直に頷いた。

道路は十字路に差し掛かろうとしている。このまま真っ直ぐ行けば黒子の家はもうすぐだ。
「あーあ!もうお別れかぁ。高尾くん寂しいわー、もっと一緒にいたぁいっ」
そう言って高尾は黒子を強く抱きしめた。我儘なのはちゃんと理解しているので、言うだけだ。言うだけならタダだしな、と心で呟く。
「……いいですよ」
「…えっ?」
十字路で黒子はハンドルを右へと切った。黒子の家が左へ流れていく。
「え!ちょ、テっちゃ…???」
「僕も、もっと一緒にいたいんで」
「く、くろこぉぉ……」
黒子の服を握る高尾の手に力が入る。皺になるほどだったがもうどこに行くわけでもないし、そんなことは全く気にならなかった。
「惚れちゃいました?」
「くっそ、そんなん前からだし…もっと好きになっただけだし…」
「そう。それは嬉しいです」
背中に高尾の体温が熱い。そのことににんまりと黒子は笑った。
「…ね、さっきの続き。王子サマは靴だけ頼りにシンデレラを見つけたわけじゃん」
「そうですね」
「すげえ執念だよな。たった数分踊っただけの相手だぜ?どこの誰かも分からないで、国中探した」
「…そういうものだと思って、あまり考えてませんでしたが、言われてみると確かに凄まじいですね。…それくらい、もう一度会いたかったんですね。一目惚れってすごいです」
「一目惚れならさ、慌てて帰ってくシンデレラを追いかけて追いかけて、ちゃんと捕まえとけばよかったのに」
「そうすると魔法が解けてシンデレラは灰かぶりに戻ってしまいますよ」
「ホントに好きならどんな姿になったって愛せるもんだろ?美女と野獣がそうじゃん」
「ああ……」
「俺から言わせたら、まだまだだな、王子サマ」
「君にそう言われちゃう王子は可哀想ですね」
「にゃにおう?!俺執念深さでは負ける気しないぜっ?お前限定だけど」
「ははっ、それ、口説いてるんですか?」
「そうですよーーー」
「仕方ないので口説かれてあげます」
「やった!愛してるぜ、シンデレラ」
「僕は黒子です」
「もーそこは、はいっ王子サマっってハート飛ばしくもんだぜ?」
「次からはそうしますね、王子」
「…んふふ、マジ好き」
「僕もです。………着いちゃいました」
キイッと車輪が止まる。高尾が安く借りたアパートの前だ。ぼんやりそれを眺めて「…ありがとう、送ってくれて」と礼を言う。黒子も、はい、と返事をするが二人は一向に動かない。
「……シンデレラズタイム」
「はい」
「午前0時」
「…もうすぐ1時になっちゃいます」
「はは、どんだけ遠いのよ、俺のアパート」
「すみません、遠回りをしてきました」
「…気づいてたよ」
「、ですか」
高尾が自転車をついに降りた。軽くなった後ろが寂しい。寒い。黒子も降りて、ハンドルを高尾へ返した。
「今日はありがとうございました。途中でただの飲み会になってしまいましたが、また出かけましょう」
「うん。当たり前だろ」
高尾が笑うと、黒子も返すように笑った。高尾がベルをチリンと鳴らす。小さい音なのに、やけに大きく聞こえた。
「あーあ、俺とお前の日終わっちゃったな」
「…君と僕の日ですか?」
「10月11日。1年のときの背番号。昔なんとなく思いついちゃってから、ずっと特別な日だったんだ」
「……あ、だから毎年デートに誘ってたんですか?」
「あれ、気づいてた?」
「3年の時に、ふと」
「そっか」
高尾がまたベルを鳴らす。チリン、チリン、…チリン。
「…なんだか午前0時の鐘の音ですね」
「魔法解けちゃうな」
「シンデレラにかけられた魔法が解けても、好きですか?」
「聞かなくても分かるだろ。追いかけて追いかけて、捕まえた相手は運命の人なんだ。王子は絶対離さねえよ」
「そうですか」
「……なあ黒子」
「なんですか、王子」
「茶化すなって」
「君が呼べって言ったのに。仕方ない人ですね」
「わり、けど、真面目に答えてほしかったから」
「…なんですか」
二人の目が交わる。ゆらゆら揺れる高尾の瞳を、黒子はじっと見つめた。
「午前0時を過ぎても、俺だけのものでいてくれる?」
「そんなの、君が望む限りに」
「……ずっと一緒にいてくれる?」
「はい、もちろん」
高尾の瞳がぱっと輝くと黒子は笑って瞼を閉じた。次の瞬間降ってくるのは優しいキス。ちょっとだけお酒の味がする。
時には魔法を解いてしまうキスだけど、この恋の魔法はキスされるたびにかかるのだ。
高尾風にいうなれば、高尾くん限定で。









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