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魔法だのなんだの、そんなものに憧れてはいない。
ただ彼がお前が見たことない世界を見せてやると言ったから、疑う気持ちは微塵もなくここまで来た。
彼は自分にとって言わば魔法使いのような存在で、
本当に見たことない世界を見せてくれた。
きらきらした、夢が詰まったような宝箱を開けた気持ちになってしまう。
この仕事を始めた時に思ったことは、今でも変わらなかった。
だから、もっと広い世界を見たいから、無謀にも主役のオーディションを受けたのだ。
「ふぅ……」
台本を広げながら自分の番を待つ、
緊張しながらもしっかり自分を保ち、逸る気持ちを抑える為に深呼吸をした。
周りにはベテランばかりで、新人の自分に対してはやはりどこか居心地が悪い。
「ほら、あの山田プロデューサーが推してる新人だって……」
「何度もミスしてるし、こっちの身にもなって欲しいよ」
「ちょっと聞こえるよ」
先ほどから遠巻きに同じ様なことを言われ続けている。
そこはやはり予想していた通りだった。
(聞こえてるっつーの。でも失敗している私が悪い……)
正直に言えば逃げたいくらいに怖い、
今でも足が震えて、泣きそうになってしまう。
でも、逃げない。
私はそう約束したから。
――お前が自分を変えたいなら、俺についてこい。
お前が探しているきらきらした、見たことない世界を見せてやる。
だから、二度と泣くな。
「本番でーす、出演者の方々はスタンバイお願いします」
そうだ、もうあの頃の自分はいない。
きらきらしたものに憧れを抱いて、
誰かが迎えに来てくれるのを待つだけの自分ではない。
〜♪
(メールだ、電源切らなきゃ…)
ポケットから携帯を取り出して中身を確認して、それから電源を切ろうとするつもりだった。
だがその手は止まった。
『前だけを見ろ』
――お前は前だけを見ろ、真っ直ぐ進め。
「遥、さん……」
前だけを見て、真っ直ぐ進む。
そこへ行く為にはそれしかなくて、
それを成せるのは紛れもない自分自身。
そう、
「よろしくお願いします!」
私はただ前を見て光に進むしかない、
そう約束して、あの人を信じていくと決めたんだ。
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