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「なまえちゃん、すっかり奥さんって感じだね?」
「そう、かな………冬華にはオニって言われるし、」
「そんなことないよ、なまえちゃんは僕にとって天使だよ!」
「もー、直ぐにそういう調子いいこと言うんだから…」
嘘じゃないよと言う立夏を余所に、なまえの顔は赤く染まっていた。
なんとか悟られないように努め、立夏にカバンを渡した。
「いってらっしゃい、今日も頑張ってね!」
「うん、その前に忘れ物」
「え、ハンカチ?」
「違うよー、いってらっしゃいのチュー」
笑顔でサラッと言った立夏になまえは一瞬だけ固まり、次の瞬間には先ほどより顔が真っ赤に染まっていたのだ。
「はーやーく、遅刻しちゃう」
「えっ、だって………」
「最近、なまえちゃんが足りてないからやる気出ないから」
「うっ………」
時計を見て急かす立夏に、ついに根負けしてなまえは立夏の頬に唇を当てた。
恥ずかしいあまり、一瞬だけになってしまったが、立夏は不満そうに頬を膨らませた。
「えー、唇じゃないのー」
「わ、ワガママ言わない!ほら、いってらっしゃい!」
「ちぇ、まあ、続きは夜ね。いってきまーす!」
笑顔で手を振りながら立夏は玄関を開け、職場へ向かうべく歩き出した。
ドアを閉めたなまえは深く溜め息をついた。
顔が赤い、幾つになってもこういうことに慣れない。
「はぁ………」
一つ年下の寅谷立夏と出会ったのは高校2年生の時、そしていつしか恋人同士になった、
立夏が病気に掛かっていると知り、恋人として彼を支えていくことを決意した矢先に彼は手術の為に海外へ行って2年も待ち続けて。
健康な身体を手に入れた立夏は同級生より遅く卒業し、大手の会社に就職をした。
身長も伸びた立夏は出会った頃よりずっと大人びて、会社の同僚からよく合コンに誘われていると聞いたことがあった。
社会人になった2人だったが、ある日立夏から思わぬ言葉を言われてしまう。
『なまえちゃん、僕と結婚してください!』
あれはお洒落なレストランで珍しく食事をした時、立夏はいつもより堅い表情だったことを今でも覚えている。
大好きな人とずっと一緒にいられる。
そう思うと笑顔で頷くことしかできなかった。
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