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あの日、僕は唯様の家庭教師になることを命じられた。
それにただ従うだけで、僕と狗崎の家は利害が一致していた。
だから、僕はそれに逆らうことをしない。
自由が手に入るなら、他はほとんど関係ないと割り切ったのに。
僕の中にはあの優しくて温かい、だけどどこかに脆さを持ち合わせている彼女がいた。
不思議と離れない、彼女の最後の表情も言葉も全て僕の中に残っている。
「え、それは………」
いつも通り、唯様の勉強を終えて戻ろうとしたとき、この家で一番長くいる執事が僕に告げた。
それはとても意外なことで、それを直ぐに理解して飲み込むことが出来なかった。
「矛盾してるとは思いでしょう。ですが、どうかなまえ様にお会いになって下さい」
「ですが………」
二度と会ってはならないと告げられた彼に、今度は会って欲しいと乞われて。
その真意が判らず、下手に答えを出せなかった。
やがて彼はため息をついて重たい口を開いた。
「あなたとお会いにらない日から、日に日に元気をなくされました。最近では食事もまともに取らずに困っておりました」
「っ、それは、大丈夫なんですか?」
「今のところ医者に見せてもまだ大丈夫だとのことですが、このままという訳にはいきません」
信じられなかった。
あの彼女がそこまで弱っていたことに対して、そしてその原因は……
「とても、あなたを心配しておりました。初めてです。あの方が誰かに対してそのように言うのは」
「僕は…………」
「知っています、この邸の者は皆、あの方が自由を欲しているのに決してそれを口にしないことも」
優しい彼女はそれを口に出して言わない。
その心は誰もが知っていることだ。
「だったらなぜ……」
「主がそう望むからです、我々はそれに従わなければならない。あなたなら、分かりますよね?」
その問いに反論は出来ないから押し黙る。
主の命令は絶対で、それを違えてはならない。
彼女の両親がそう望むなら、彼らはそれに従うことしか出来ない。
「あんなに笑うなまえ様は本当に久し振りなんです、よほどあなたがお好きなのでしょう」
まるで我が子を想うような、そんな優しい瞳を彼はしていた。
厳しくしていても、それは主が望むから。
でも、彼はきっと彼女の笑顔と幸せを願っている。
なんとなく、そんな気がした。
「あと少しなのです、なまえ様が自由になるのは」
「え………」
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