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『ねぇ、なんで私じゃないの?』


――お前が代わりに……






ごめんなさい、



生まれてきて、


ごめんなさい、私は……



















遠くに聞こえた目覚ましの音が急に近くに聞こえ、
勢いよく閉ざされた目を開けた。


頭の上で鳴り響く音を鬱陶しそうに止め、
休日である今日もいつもと変わらない時間に起きた。


あまり休日だからと言って生活リズムを変えたくない、明日から始まる新学期に備えて体の調子を整えないと後に響く。


だから休日である今日も学校に行く時と同様の時間に起きることにしたのだ。


「はぁ……」


肺が空になるまで息を吐き、全身に変に力が入っていたことに気付く。


我ながら昔の夢に踊らされてるとは、呆れて自嘲気味に笑うしかなかった。


忘れてしまいたかった、


出来ることなら記憶ごと消滅してくれないか、


何度も願ったがそれは無駄なことだと知っている。


だから余計にこの身を蝕み厄介なものとなった。


この血が疎ましくて仕方がなかった。


「今さら足掻いても無駄だと知っているのに、私はこれ以上なにを望んでいる……」


ふと呟いてからベッドの横の棚に飾ってある花に目を向けた。


『これは僕から歓迎の意味を込めたものです』


花は好きだ、


美しく気高く咲き誇る花もあれば、地面に力強く芽吹く花もある。


様々な形と香り、色鮮やかな花を見ていると飽きない。


元々家が華道で有名なこともあり、幼い頃から普通の家庭よりは花が身近にあった。


「そろそろ起きなきゃ」


ゆっくりとベッドから降り、まずは閉めきったカーテンを開けた。


朝の陽射しは思ったより眩しく、思わず手で目を覆ってしまう。


眩しかったが決して嫌な感じがせず、暫く陽射しの温もりに身体を当てた。


微かに鼻腔をくすぐる花の香りは心地よく、
今朝見た夢のせいで曇っていた気持ちが少しだけ晴れたような気がした。


「御狐神、双熾さん、か……」


ふと自分のSSになった彼を思い出し、
顔に少しだけ熱を帯びたが、頭を一つ振ってなまえは着替える準備を始めたのだった。



「おはようございます、なまえさま。朝からお会い出来るなんて夢のようです」

「はぁ……、おはようございます。というより来ていたなら声を掛けて下されば良かったのに……」

「っ、なんてなまえさまはお優しいのでしょうか、
僕のような犬にも優しく手を差し伸べるなんて…」


双熾は片手で顔を覆い、自身の唇をきゅっと噛み締めた。


そんな彼の姿を見つめたなまえは小さく笑った。


「私は優しくなんてないです。ただ御狐神さんが優しいからそれと同じものを返しているだけですよ?」

「なまえ、さま……」


少しだけ見開かれた瞳になまえは違和感を覚えたが、ほんの一瞬の間に元の穏やかな色に戻った。


何事もなかったかのように双熾は微笑み、なまえの手をそっと取った。


「ありがとうございます。僕はあなたに仕えることが出来て幸せです」

「いや、そんな大袈裟な……と、とりあえず朝ごはんを食べましょう!」


双熾から慌てて手を離し、そのままエレベーターまで小走りで歩いた。


(あれは、なんだったんだろ…)


ふいに見せた表情が頭を過ったが、本人が何も言わないのだから追及はしたくない。


自分の勘違いで相手を傷付けたくないから、


これに関しては自分が見間違えたのだろうと結論付け、気にしないでおこうと決めたのだった。





(本当に無意識におっしゃる……)


双熾はなまえの背中を見つめながら気付かれないようにそっとため息をついた。


自分は決して優しくはない、


優しいのは彼女だからこそのことで。


だがそれを語るのはまだ早かった。


「御狐神さん、早くエレベーター来ちゃいましたよ」

「あ、申し訳ありません。ご案内するのは本来僕の仕事ですのに…」

「いいから、早く乗って下さい!」

「はい、」





ふわりふわりと君の願いを風に乗せ。


優しさなんて持ち合わせていなかったあの頃。


誰かも同じセリフを同じ様に言った。


優しいのは、あなたが同じものを私にくれるから。


だから私はあなたに優しくなれる。


「御狐神さん?」

「さぁ、今日は朝食を取った後に出掛けますか?」

「あ、はい…」


未だに耳から離れないその声色は、


いつまでも鮮やかに残っている。




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