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御狐神双熾さんは、とても不思議な人。
それが第一印象だ。
この家の人間にないものを持っている。
「では、今日はここまでです。なまえ様は飲み込みが早いので僕が教えることがもうなくなりますよ」
「双熾さんは教えるのが上手いです、ずっと独学だったので新しい発見があって面白いです」
「ふふ、それは良かったです」
御狐神双熾という青年がなまえの家庭教師として訪れてから時間が過ぎていく。
何回ここに来たか分からない、短いかもしれない。あるいはもっと長い時を過ごしているかもしれない。
この部屋を訪れるのは使用人くらいで、外の世界を全く知らないなまえにとっては双熾の話が唯一の楽しみになっていた。
それに、彼は同じだと言った。
彼もまた、なまえと同様に先祖返り。九尾の妖狐だというのだ。
今までは幼なじみの連勝しか知らない、それが双熾が来てから世界が一気に変わった気がした。
「なまえ様」
「はい?」
「あなたは、ここにいて幸せですか?」
突然切り出された質問に一瞬、戸惑った。
幸せ、
こんなとこで、そんな考えをしたことがなかった。
物心が付いた頃からずっとここにいて。
周りは家柄目当てで集まり、世話をする執事やメイドはいつだって個人を見ない。
ずっと、そんな中で生きて。
私は、幸せというものを知らないのかも知れない。
「確かに、私は幸せとか分かりません。ここにいるのは私が弱いから。本当はこんなところ壊すぐらいの力はあります………」
「なまえ様………」
「出来ないんです。ここが無くなったら私は生きる術を知らない。だから私は弱い」
外をほとんど知らない私は、この箱から出た世界を恐れている。
両親に逆らえない、それがここを出られない理由。
私は、いつだって弱い。
「でも、一つだけ………一つだけ幸せがあるなら、双熾さんに出会えたことです」
「僕に、ですか?」
「はい、双熾さんに出会って色々なものを教わり、新しい世界を知りました。だから、私は双熾さんに出会えて幸せですよ」
恐れていた世界が、キラキラしたものに変わっていく。
それは、彼という出会いがあったから。
彼に関わり、知らないことをたくさん教わり。世界は私が思うよりずっと広いものだと知った。
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