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いつもより早く目覚めたその日はとても清々しかった。
心が少しだけ軽くなった気分で、カーテンを開ければ差し込む日差しもキレイに見える。
そんな朝を迎えるのは凄く久し振りな気がした。
「おはようございます、なまえさま」
「おはようございます、御狐神さん」
目の前で丁寧にお辞儀をする青年に挨拶をすると、
青年はじっとなまえを凝視していた。
「どうか、しましたか?」
「あまりにも制服姿が美しすぎて……
あぁ、他の方がその目になまえさまの姿を写すと思うと苦しいです」
「……………そう、ですか」
もはや彼の発言は病気かなにかだろうと思った。
第一、制服を着なければ自分の学校には行けない。
それに誰の目にも写らなければ自分は透明人間か。
いずれにせよ今の彼に常識な発言は通じない。
それを数日間できちんと学んだのだった。
「それより、朝ご飯食べに行きましょう!」
「はい、今日はパンですがクロワッサンとフランスパンのどちらになさいますか?」
「うーん……クロワッサンでお願いします」
「分かりました、あと昨日仕入れたばかりの良い茶葉があるので今朝はそれをお淹れします」
エレベーターに乗りながらそんな会話をし、
少し前に比べれば二人の距離は縮まった気がして、なんとなく嬉しくなった。
彼は本当に優しい人だった。
今まで出会った中でも珍しいタイプで、
初めて家柄以外で個人の存在を認めてくれた。
「そういえば、なまえさまは懇親会はどうなさいますか?」
「出なきゃダメですよね……」
「なまえさまは学年首位で入られたので、ご挨拶や諸々あります。ですからなるべくはご出席なさった方がよろしいかと」
あの家柄、学校もそれなりの身分に合わせて行かねばならない。
普通の公立に行きたかったが、それをあの家は許さなかった。
一人暮らしをする為にはセレブ校に通わなくてはならない、それは物凄く嫌だったが従ってしまった。
(マナーとか作法とか面倒だしな……)
それなりに振る舞うことは出来るが、やはり気は全く乗らない。
懇親会のことをすっかり忘れていた為、一気に気分が落ちてしまった。
ラウンジには既にみんながいて、カルタも同じ学校なので同じ制服を身に纏っていた。
「メニアック!!そのニーソがまたそそるわ。
絶対領域から覗く真っ白な絹のような肌、触っていい?」
「いや、普通にダメですよ」
「おはよーっす、朝から元気だな」
学ランを着ている連勝が目に止まり、一瞬挨拶するのが遅れてしまった。
「ん、なんだじっと見つめて」
「えっと、連勝もそういや高校生なん、だなって?」
「ぷっ、見えないわよね、ニッカポッカか取り立てにしか見えないわよ!!」
隣にいた野ばらは笑いをこらえながら言い放ち、思わず彼のその姿を想像してしまった。
「お、大人びているってことだよね、うん、学ランも似合ってるよ」
「学ランを着こなすなんて素敵ですね」
「フォローさんきゅーな」
そんなやり取りをしながら食事をする為に席に着くことにした。
既にカルタは食事をしており、隣のテーブルに座ったなまえの前に優雅に紅茶が注がれる。
「ストレートで飲まれますか?」
「はい、ありがとうございます」
「お熱くなってますのでお気を付けてください、
火傷してしまったら、僕がちゃんと手当てしますから」
火傷とはどこのことを言っているのか、まさか手が火傷をするわけではない。
彼のことだからまたとんでもないことを考えているのだと思い、悩むのを止めて食事を取ることにした。
「ここの食事って美味しいですよね」
「ええ、僕もそう思います。なまえさま、お口にソースが…」
「じ、自分で拭けます!!」
ナプキンをすかさず取り出し、なまえの口に付いてしまったソースを拭き取ろうとした寸前で止めることに成功した。
なにかと世話をする彼の行動はかなり驚いてしまう。
恥ずかしいセリフをさらりと言ったり、
トイレやお風呂に行くときでさえも離れるのを惜しむように見つめてくる。
自立するつもりでここに来たはずだったが、
実家にいたときよりも甘やかされてる気がしてならない。
(あれ……私…)
ふと違和感に気付いた。
何故かずっと頭の中には双熾でいっぱいで、
彼の顔がずっと離れずにいた。
誰かのことがこんなに気になって頭の中がいっぱいになる、それは初めてのことだった。
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