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心がふわりと、風が撫でるような。
そんな不思議な感覚が広がっている。
これが望んでいた、自由。
「あの、それは無理です」
「なまえさまがこのままでは汚れてしまいます。遠慮せずにどうぞ」
先ほどから同じような会話を繰り広げている二人だった。
狗崎家を出てから、双熾はなまえを抱えたままとにかく走った。
どこまで来たかと思えば、昨日一緒に歩いた土手だ。
そこまで来るとさすがに誰も追って来ないだろうと判断したが、
なまえを部屋からそのまま連れ出した為、靴など履いていなかったことに気付いた。
そして、双熾は着ていたジャケットを脱いでそれを草むらの上に敷き始め、その上に座ってくれと言ってきたのだ。
それでは彼のジャケットが汚れるから無理だと伝えたが、それは構わないからこの上に座って欲しいとの一点張りだった。
「僕のジャケットが汚れるのは構いませんが、なまえさまのお着物が汚れるのは嫌です」
「そ、そういう言い方はズルいです!双熾さんのジャケットも汚れたら嫌です!」
「生憎、ベンチが空いていないので申し訳ないですが、今日だけ許して下さい」
いつもと少しだけ態度が違う双熾に戸惑ったが、今回のことを説明してもらいたい気持ちもあった。
このままでは話も出来ないと判断し、双熾に言われるままに彼のジャケットの上に座ることになってしまった。
その隣に双熾は腰を下ろし、二人で同時にため息が重なった。
「ふふ、初めて人を連れ去って来ましたが中々大変ですね。」
「それよりこの状況、楽しんでないですか?」
「まさか、このような形になってしまい申し訳ないと思っております」
申し訳なさそうに言っているが、隣から聞こえる双熾の楽しそうな声になんとも言えずにいる。
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