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たくさんの人間が紡いだ偽りの言葉より、
出会って間もない双熾の言葉は信用出来る。
何故だか分からない、ただ彼の言葉は不思議と信じようという気持ちになってしまう。
「僕の忠誠心はあなたあってのもの、僕は家柄に一切興味ないです、なまえさまだから仕えたい」
「………御狐神さんがどうしてそう思うのか分からない。でも、あなたが嘘をつくとも思わない、だから信じていいですか?」
家柄に惹かれて仕えているものは一切信用しないと決めている。
誰も個人を見ていない、だからあまり人が信用出来ない。
でも目の前のこの人なら信用出来る、不思議とそう思える。
「改めて、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします、なまえさま」
その瞬間、双熾はなまえを引き寄せて力一杯抱き締めた。
肺が空になるまで息を吐き、気付けば双熾の身体は小さく震えていた。
「なまえさまが無事で本当に安心しました。花の髪飾りがなかったら……」
なまえは今日は花が付いている髪留めをつけてきた、車に乗る前にそれを落として彼に気付いてもらえるようにと。
「鼻が効くのでなまえさまを追って来れました。
まさか誘拐されたとは、本当に僕の不注意で申し訳ありません…」
「匂いで追えるものなんですか?」
「なまえさまのなら僕は追える自信はあります」
そんな自信を持たなくて良いと思ったが、
そのお陰で自分を見つけてもらえたのだから感謝しなくてはならない。
震えがいつの間にか治まったのか、双熾はふとなまえから離れ変化を解いた。
なまえもまた変化を解き、いつもと同じ格好に二人は戻った。
「実は駐車場に荷物を置いた後にデパートに戻ってしまって…」
「駐車場が混んでたじゃなかったんですか?」
「いいえ、駐車場は比較的にスムーズに出れました。
ただなまえさまにお渡ししたいものがあって……」
双熾に手を引かれたなまえは男たちをそのままにしたまま建物を出た。
目の前に停められた双熾の車に乗り込むと、彼は徐に箱を取り出した。
双熾に促されたなまえは箱を空けると小さく声を漏らした。
「御狐神さん、これって……」
「なまえさまが気に入った先ほどのティーカップです」
先ほど二人で見た桜の花びらが描かれ、ガラスで出来たティーカップだった。
「私、別に気に入ったって……」
「凄く嬉しそうに見ていらしたので、店員さんに聞いたらそれがあと一点しかないとおっしゃったので思わず……」
「………」
「もしかして、気に入らなかったでしょうか…」
なまえの反応がないことに心配した双熾は彼女の顔を覗き込んだ。
「違い、ます、嬉しくてどうして良いか分かんなくて……」
今まで人から貰った贈り物はなんとなく偽物のように思えて、
気持ちが籠っていない贈り物ばかりだった。
でも双熾からのものは違った、
口にしなくともなぜ自分の気持ちが分かるのだろうか。
御狐神双熾という人間は今まで出会った中で、出会ったことないタイプの人間だった。
「私、これを一生大事にします……今度約束した紅茶を、これにいれますね!」
「ありがとうございます、僕も贈った甲斐があります……」
きっとこの気持ちを表現するのは難しい。
ありがとうなんかでは伝えきれない、
どうしてこの人はこんなにも優しいのか。
「そういえば、あの人たちどうするんですか?」
「もうじき警察が到着します、僕たちは逃げます」
「に、逃げる?」
「はい、多分彼らも僕たちのことを警察に話したところで気が触れたとしか思われないですし」
確かに今の時代に化け物だの妖怪を見たと言っても誰も信じないだろう。
それに双熾は早く家になまえを連れて帰って休ませることが一番だと思っている。
警察に見付かっては余計に面倒なことになる、
「安心してください、警察には僕の方で対処します。まずは先に帰りましょうか」
「そう、ですね」
「では、シートベルトを……」
「自分で出来ます!」
運転席からシートベルトを掛けようとする双熾を全力で止め、双熾に運転に集中してくれと注意した。
この1日でなんとなく双熾のことを知れたが、
やはり疑問が沢山出てくることに変わりはなかった。
だけど彼のことを信用出来た1日でもあった。
明日から始まる新しい日々に不安もある、
だが彼がいれば大丈夫だと、根拠もなくそう思えた。
続く
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