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これは夢なのではないかと思い、自分の頬をつねってみた。


昔読んでいた小説に、夢か現実か分からない時は頬をつねって痛かったら現実だという表現が書かれていた。


それを実際に試してみたが、やはり痛い。


「現実……」

「どうしたの?」

「い、いえ!」


そう?といって蜻蛉の母親こと青鬼院菖蒲は小さく笑った。


とてもじゃないが、本人に息子さんと似ていませんねとは言えない。


このことは一生自分の中に閉じ込めておこうと決意したのだ。


「話に聞いていたものと違うのね、実際は」

「え?」

「あなたのこと、色々と伺ったの。辛かったわね……」


なまえの肩にそっと菖蒲は手を置き、悲しそうに目を伏せた。


「うちの息子も先祖返りでしょ?だから、そういうことが許せないの。あの子と同じ……」

「あ、の……」

「ごめんなさいね、おばさんの一人言!」


先ほどとは表情が変わって明るく笑い、肩に置いていた手をそっと離した。


菖蒲が何に対してそのような表情をするか分からなかった。


それでも、


「あの、私は大丈夫です。例え過去が辛くても今が楽しいです。幸せです。だから、未来は明るく見られるようになりました」

「なまえちゃん……」

「蜻蛉さんはもちろん、あのマンションに行って色々な人に出会ってそう思ったんです」


過去は過去で。


今は今。


そして、この先訪れる未来は明るくないかもしれない。


それでもいま今を精一杯生きれば、それで良い気がしたから。


大事なのは"心"


心さえ見失わなければいい。
心を、自分の意志を大事にしていけばそれで……



「凄く、凄く良い表情をしているわ。」


菖蒲はにっこりと笑い、なまえの両頬に手を添えた。


「うん、それでいいのよ」

「菖蒲……さん?」

「忘れないで、私はあなたの味方よ」


力強い瞳に吸い込まれそうな気がした。


菖蒲は手を離すと、優しく笑った。


「今日はよろしくね」

「は、はい!」


手をひらひらと振って自分が来た道とは反対の方へ歩いて行く菖蒲。


そんな彼女の後ろ姿を暫く見つめた。


(大丈夫、大丈夫だから……)


ぎゅっと手のひらを握り締め、様々な想いを胸にしまいこんで部屋へと歩き出した。



これが、最初で最後だから………











続く
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