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「もう少しで到着します」
「分かったわ」
運転手の言葉にそう短く返し、車内は静寂な空気が漂う。
なまえは窓の外に目をやり、流れ行く景色を眺めた。
(これで、いいのよね)
脳裏を過ったのは先程のやり取り。
マンションを出る際に見送りに来た双熾で、
他の皆には実家に戻ることは話をしていない。
きっと皆の顔を見たら気持ちが揺るぐ気がして、
朝早くに迎えに来てもらったのだ。
『お気を付けて行ってください』
『大丈夫ですよ、少し行くだけですから』
いつも通りの会話のはずなのに、少しだけいつもと違うと感じる自分がいて。
運転手の呼び声が掛かり、そのまま車に乗った。
シートベルトをし、運転手が確認すると車はゆっくりと発車した。
サイドミラーには深々と頭を下げて見送る双熾の姿が最後に映ったのだ。
「ふぅ……」
緊張や不安、様々な想いが胸の奥から溢れる。
青鬼院から蜻蛉とその母親が見えるとのことで。
両親もその席に参加するそうだと聞かされた。
両親に会うのは何年振りだとか覚えていない。
そもそも顔も朧気なくらいで、すれ違ってもあれが両親だと言える自信がないくらいだ。
さすがにそれは緊張してしまう。
(でも、大丈夫。私も)
手のひらをぎゅっと握り締め、気持ちが揺らぐことのないようにもう一度決意した。
どんなことがあっても運命だと受け入れた。
先祖返りであることを恨んだこともあった。
その事でたくさん傷付いて、傷付けた。
(でも、)
たくさんのことを乗り越えて、
たくさんのことを得た。
それはどんなものより尊くて儚いもの。
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