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風が頬を撫でる。


足元で咲き誇る小さな花、


空を自由に駆け抜ける鳥。


そんな日常のありふれた光景。


本の世界だけでは分からない、この目に映す全てが色鮮やかなもの。


あの中で一生を暮らしてもいいと思った。
それが運命ならば受け入れるしか生きる道がないのなら。


でも、目の前の青年に出会ってそれは全て変わった。


外の世界へ行って、そんなありふれた光景をこの目に映したいと思えたから。


「きっかけを与えたのは、紛れもない双熾さんです。あなたがいたから私は前へ進めた」

「前へ進めたのはなまえさまのお力です」

「それでも何も覚えていなかった私の背中をずっと押してくれた、見守ってくれた。それがどんなに
心強かったか……」


側でずっと見守って、背中をそっと押してくれる。


振り返れば、あの優しい笑みが待っている。
言葉ひとつひとつが心に染み込んで。


どれだけ救われたか、


「僕は、あなたが思うような人間ではありませんよ」

「でも、双熾さんがいなかったら私は前へ進めませんでした!だから……」





だから…………………















「あ……」



ふと気付いた。


胸の奥に突き刺さっていたものがいつの間にか消えていて、
自分がどうするべきかという答えが浮かんだ。


こんなことでずっと悩んでいたのかと、


答えは昔から出ていたはずだったのに。


「なまえさま?」

「あ……ごめんなさい」

「大丈夫ですか?」

「はい、ちょっと考え事してしまって……」


顔を上げると双熾の後ろには真っ赤に空を染める夕日の赤が広がっていて。


その光景に無性に涙が溢れそうになった。


(そうだ、私は自由なんだ)


この景色を自分の目で見られることができる。
自分で歩いて、この目に全てを映せるのだ。


だから…………




「ありがとうございます、もう少しゆっくり歩いて帰りましょう!」

「よろしいですか?」

「はい、なんだかすっきりしたので……」


元へ来た道をまたゆっくりと歩こうとした。
その瞬間、双熾に手を掴まれた。


「双熾さん?」

「どうか……どうか、ご自分の想いを忘れないで下さい。あなたは自由でいいんですよ」


その言葉の意味が分からず戸惑っていると、
双熾は小さく微笑んで掴んでいた手をそっと離した。


帰りましょうか、そういつも通りに笑いながら二人で並んでマンションへ向かった。


(きっと、これが最後)



そっと目を閉じて、この瞬間を忘れないようにと胸に誓った。










続く
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