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分かっていたつもりでも、こんなに早く話が来るとは夢にも思わなかった。
いや、分かっていた。
分かっていたからこそもっと時間があるものだと思って。
「早いのよ……」
明かりを灯さない部屋で、月の光だけが部屋を照らす。
その青白い不思議な光をぼんやりと眺める。
「はぁ……」
今は一体何時なのだろう、
それよりも帰ってきてからの記憶が曖昧だ。
狗崎の家に仕える古株の執事、田所。
彼から告げられた言葉。
その後は訳が分からなくて、彼から逃げるように足早にマンションへ向かった。
『また近くなったらお迎えに上がります』
確かそんなことを言われたような気がした。
でも、そんな言葉をも振り払うように走った。
「それから……」
それから、マンションでは皆がラウンジに集まっていた。
なにを言ったかは覚えてないけど、
みんなに調理実習の補習で作ったカップケーキを渡して。
そのまま部屋に戻ってきた。
よく見ると制服のままだし、シャワーを浴びることさえも忘れていた。
「着替え、しなきゃ」
ずっしりと重たい体を動かし、のろのろと着替えを始める。
思考が麻痺する。
どうしてあの言葉だけでこんな気持ちになるのか。
別に最初から決められて分かっていたことなのに。
自分の自由も運命も、狗崎という家に囚われている。
「……………」
暫くすると部屋のチャイムが鳴る音が耳朶に届いた。
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