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「お荷物は以上ですか?」
「あの、それくらい私が持ちますから…」
「いいえ、なまえさまにお荷物を持たす訳にはいきません」
洋服やお茶碗、それに生活に必要な物をとりあえず揃えに来たが、量が少々多めになってしまった。
自分で持てる物は持ちたかったが、全て双熾が持っているのだった。
買い物に付き合わせた上に荷物まで持たせてしまい、
申し訳ない気持ちだったが、双熾は笑顔でそれに応えた。
「申し訳ない気持ちになる必要はないですよ、主に仕えるその為に僕達SSがいるのですから」
「でも………じ、じゃあ、今度御狐神さんに紅茶をいれます!」
「僕に、ですか?」
「はい、私の得意なことはそれしかないし…、
いくらSSだからと言って全部御狐神さんにやらせるのも……」
彼らの仕事はこういうことだと分かっている、
だがだからと言って甘えて全てを押し付けたくない。
自分で自分のことをやりたい、だからあの家を逃げるように出てきたのだから。
SS付でも自立する為にここに来た、出来ることは自分でやると決めていたのだ。
「分かりました、今日は僕がなまえさまのお荷物をお持ちします。代わりにとびきり美味しい紅茶をお待ちしてます」
「ありがとうございます。最高の紅茶をいれますね!」
「本当になまえさまはお優しいのですね」
「っ、」
優しくなどない。
ただ、甘えたくなかった。
過去の惨事を繰り返さない為に、自分を守る為に。
甘えてしまって全てを失ってからでは遅い。
一種の防衛でもあった。
優しく接するのは、優しくありたいという願望から生まれたもの。
誰かを傷付けたくない、
だから優しさを持って接しなくてはならない。
「私は優しくないですよ。御狐神さんが優しいから私も優しくなれる、ただそれだけです」
「いいえ、あなたは本当に……」
「え…」
双熾が言った言葉の最後が聞こえず聞き返したが、彼はなにも言わずにただ微笑むだけだった。
「では車を裏に回して来ますね、なまえさまはここで少しお待ちください」
「あ、はい……」
荷物を持ったまま駐車場へと双熾は歩き出し、遠ざかる背中を暫く見つめていた。
彼は一体なにを言おうとしたのか、
気になったがやはり笑顔で無理矢理誤魔化されてしまった。
(なんなんだろ、これは…)
胸の奥でなにかが蠢く、だがそれを何でもないと思うしかなかった。
「御狐神さん、まだかな…」
双熾が車を取りに行くと言って数分が経った後になまえはデパートの裏に来ていた。
しかし彼が来る様子はなく、暫く待っていようとしたがそれでもまだ彼の姿は見えない。
「春休み最後だから混んでるのかな、そういえば駐車場もかなり混んでたし…」
春休みの最終日である今日はかなりデパートも混んでいる、
ここへ来た時も駐車するスペースを大分探し回っている双熾を思い出した。
それならば仕方ないだろうと思い、もう少し待つという結論を出したのだ。
「もうすぐ、夜になる…」
買い物に思いの外時間が掛かったのか、いつの間にか太陽が傾いて月がうっすらと映っている。
なまえがいるデパートの裏の方は人通りがあまりない、それを確認したのと同時に背後から人の気配を感じた。
「狗崎、なまえだな…」
「誰?だとしたらなに?」
「両手を上げろ、抵抗はするな」
いきなり背後に現れた男の手には銃のようなものがあり、
銃口を背中に当てられ、抵抗すれば撃つということだろう。
なまえはすっと両手を上げ、男に指示をされて近くに停められている車に乗った。
「なにが目的?」
「決まってるだろ、金だ。大人しくしてろ」
白い布のようなものを男が取り出し、なまえの目をそれで覆った。
完全になにも見えなくなってしまったが、不思議となにも恐怖はなかった。
(気付いてくれれば……)
きっと車を取りに行って戻ったらいないことに双熾は心配するのだろうか、
ふいに疑問に思ったが、それはいつも通りだろう。
"狗崎"という名前に支配されてる、
周りにいた人間のように彼もきっとその名前でSSになったに違いない。
彼の優しさも忠誠心は狗崎のブランドがあってのもの、誰も狗崎なまえという個人を見ていない。
そう考えると双熾の自分に対する態度に納得がいく。
(我ながらバカげてる……そんなの分かっているのに)
仮に双熾が助けに来たとしてもそれは自分があの家にいるから。
狗崎という名前に自分は勝てない。
個人の意志もなにもかもあの名には勝てないのだから。
(さて、どうやって逃げようか…)
走り出す車のエンジン音を聞きながら考え、
最後に見た双熾の笑みがふいに頭を過る。
あの笑みの真意を聞いておけば良かった等と考え、
なまえの意識はそこから遠くなってきた。
これは、あの夢の続きなのだろうか…
薄れゆく意識の中でふいに過去が過り、そのまま闇の中に意識を鎮めていった……
続く
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