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初めてその歌を聴いた時は衝撃を受けて、
目の前の人から視線を外せずにいた。
二度目にその歌を聞いた時は、
空っぽで全ての音が泣いているように聞こえた。
三度目、
その歌を聴くことは叶わなかった………
朝からきちんと登校するようになって、
自分自身でもその事実に驚いている。
(うーむ……どうにも体が少しダルいのう…)
まだ少しだけその感覚に慣れていないような気がするけれど、
面白いものを見つけて以来、それを見守ろうとしている自分がいる。
昔は、そんなことに興味を持つなんて思いもしていなかったのに。
そう思いながら歩いていると、少し前を歩く人物に目がいく。
(あれは……)
声を掛けようかと思うと、その人の周りに何人かの人が集まって足を止めていた。
見掛けない顔であったが、中心にいた『彼女』も知っているような素振りだった為、
もしかしたら普通科の生徒なのだろうかと予想出来た。
「お願い!」
「……もう一回だけさ……」
少しだけ声が聞こえたけれど、会話の内容は分からない。
相手はなにやら必死に頼み込んでいる様子だったが、
頼まれている『彼女』は戸惑ったような、複雑そうな表情をしている。
(ふむ、あまり良くない内容であるのは確かだろうな……)
『彼女』の過去は詳しくは知らない上に、
幼なじみの『彼』ですら本人が言わないのであれば自分は言うつもりはないと言っている。
ただ、学院のことを知りすぎている自分には、
あまり良くない噂というものを聞いていたから、ある程度は知っていた。
歌えなくなった原因も、少なからず。
「あの……授業始まるから、ごめん…」
「待ってよ、花!」
一人が彼女の手を掴むと、彼女の表情は一変した。
周りの生徒もちらちらと彼女らを見始めていて、
これ以上は騒ぎを大きくしない方がいいと思ってゆっくり彼女たちに近付く。
「彼女はこれから次のライブについて話があってのう、すまんが借りていくぞ」
「さ、朔間先輩……?」
我輩の姿に驚く花だったけれど、
そんなことお構い無しにその手を引いて前を歩いた。
「え、ちょっと…!」
「すまんのう、プロデューサーも忙しい身、それは分かっておるな?」
彼女たちはなにかを言い募ろうとしたけれど、
それを無視して無理矢理その場から連れ出す。
そうでもしないと、
彼女が、
近衛花が傷つきそうな気がしたから。
「あの、朔間先輩……」
「んー?」
「その……ありがとうございます…」
「次のライブの話をしたかっただけであって、お礼を言われることはなにもしておらんぞ?」
飄々といつも通りにそう返すと、
彼女はそれ以上はなにも言わずに、繋がれた手を小さく握り返した。
(可哀想に……こんなに手も冷たくなって…)
一体、囲まれたあの生徒達となにがあったのか詳しく知らなくても、
歌えなくさせた原因はあれらにあることを知ってしまった以上、
関わらせたくないと思ってしまった。
(なんでかのう……我輩まで嫌な気持ちになる)
彼女は不運にも、普通科から学院の都合でプロデュース科に編入させられて、
後輩の幼なじみで、
どこかの専属のプロデューサーでもないのに。
(あぁ、そうか……)
「もう一度、その歌を聴きたいと思ったからなのか……」
「え……朔間先輩、なにか言いましたか?」
「んー?いや、なんでもない。それよりもおぬしがいないと薫くんも練習に来ないから困っておってな…」
「またですか…」
後ろを振り向くと、彼女はいつもの表情に戻っていた。
その表情に一安心していると、
「早くUNDEADの皆さんが揃って歌っているところを観たいです」
「……そうだのう、我輩も日差しが強くないライブであれば大歓迎じゃ」
アイドルを輝かせるのはプロデューサーだとしたら、
プロデューサーに輝いてもらうには、
アイドルとしてどうしたら良いのだろうか。
その答えはまだ出ないけれど、
「皆さんがたくさん歌えるように、頑張ります!」
「若者は頼もしいのう、年寄りもそれを楽しみに生きてみるか」
いつか叶うのならば、
彼女の歌声を、もう一度聴きたい。
そんな小さな願いをそっと胸にしまいこんだ。
完
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