気づいてお願い気づかないで



ただ、話をした。


二人で授業サボるのは良くないから戻ってという私の言葉に、
どうせ今さらっスよ、って言って二人で並んで腰を下ろすことにして。


思っていること、隠していたこと、全部話すことにした。
その間、黄瀬は私の手の上に自分の手を重ねて包み込んでくれたのだ。


最初はほんの些細なことだった。


黄瀬はモデルだし顔も良ければ女子にはモテる訳で、マネージャーだからって仲良くしてるというのが気にくわないって思う人はたくさんいる。


それを分かっていたから学校では先輩と後輩、部活のマネージャーと部員という立場をずっと守ってきたつもり。


陰口を言われてることは知ってるし、同級生で黄瀬のことを好きな子達からはある程度のことを言われるのは想定済み。


だけど、あの日、二人で隣町に出掛けたことをたまたま見た人がいて、
その噂があっという間に広まって、陰口ならともかくそれ以上のことになってしまったのが今朝の真相。


「前からあったなら、言ってくれれば良かったのに……」

「言えるわけないでしょ」

「笠松先輩の言う通りっス」

「ゆき?」

「なまえ先輩は素直じゃないのと、我慢する癖があるから誰かに頼ることをしないで自分だけで解決しようとするって、呆れながら前に言ってたんスよ」


一瞬、ゆきの顔が浮かんで怒りそうになったけど言っていることは間違っていない。
長い付き合いの彼だから私のそういう所をよく分かっている。


本当のことだからこれ以上なにも言えなかった。


「ねぇ、先輩……オレってそんな頼りないっスか?」


ふと、隣から少しだけいつもとは違った声が聞こえる。
黄瀬の顔を見ると、彼は寂しそうな切なそうな、とにかくそんな表情をしていた。


「違う……そうじゃなくて、」

「オレのこと嫌いだから?」

「違う!嫌いじゃない、」


胸の奥から熱いものが込み上げてくる、ずっとずっとひた隠しにしてきたものが、どんどん溢れて止まらない。


「迷惑掛けたくない、ただそれだけ……なの」

「迷惑掛けていいっスよ」


重ねた手に力が込められた。


温かい手は、どこか彼の心に似ていて。


「だって、なまえ先輩の彼氏はオレです、迷惑掛けていいじゃないっスか」

「そんなこと、出来ない……」


出来るはずがない、


誰かに迷惑を掛けるようなことはしたくない
重荷になりたくない、
大切に思うから私は敢えてそれを選んでいるのに。


「オレだって先輩にたくさん迷惑掛けたし、傷付けてしまったっス……」

「そんなことない、私は……」

「先輩が好きだから、守りたいっス。先輩の掛ける迷惑なんて迷惑の内に入らないっスよ」


真剣な眼差しに吸い込まれそうになる、
いつもキラキラと輝く彼がまぶしくて、こんな私にこんな言葉はとても勿体ないのに。


それでも、いつもいつも彼は真っ直ぐ私に向かって気持ちを伝える。
どれだけそれが羨ましいのか知っているだろうか。


「私……素直じゃないよ」

「知ってるっス、でも嘘はついてないです」

「年上だし」

「そこも先輩の魅力っス」

「他の女の子みたいに名前で呼ばないよ」

「それは少しずつ練習してくれればどうにでもなるっス」


それから、


それから、なにかを言いたいのに言葉にならない。
私の頬に熱いものが流れてきて、ちゃんと言葉にならなかった。


「これから、言いたいこと言えなくて、迷惑掛けると……思う、嫌な思いさせると思う」


だって、あの日、初めて試合を見た時から目が離せなかったから。
手の掛かる後輩だったのに、私は本当はどこかで気になっていたのかもしれない。


「そしたら、またこうやって話をするっス!オレだって先輩のことまだ分からないことたくさんあるけど、こうやって話をすればお互いの気持ちをもっと知れると思うんス」

「そう、だね……」

「好きって気持ちがあるから、大丈夫っス!」


その言葉に私は思わず笑ってしまう。


そんな不確かな想いで、こんなに自信に道溢れたように言われても。
以前の私だったらきっとあり得ないって否定すると思う。


でも、


「私も好きだから、大丈夫だね」


そう、私も同じ気持ちだから、同じように自信を持って大丈夫だって言える。


「……っス…」

「え?」

「初めて、先輩が好きって言ったっス」


重ねていた手はいつの間にかぎゅっと私の体を包んでくれて、
痛いくらいに抱き締められたけど、嬉しそうに笑うその声に突き放すことはしない。


「めちゃくちゃ嬉しいっス!」

「そんな大袈裟な……」


そんなに喜ぶことなのか分からないけど、
無邪気に笑うそれを見て嫌な気分にはならないけど、少しだけ恥ずかしかった。


「それから、キスしていいっスか?」

「……聞くな、バカ」

そう言い終わると同時に唇が一瞬で重なって、
最初は触れるだけの甘いものから、段々と痺れるような感覚になっていく。


離れた頃には私の息が上がっていて、それを見るなり黄瀬は嬉しそうに笑った。


「なまえ先輩、大好きっス」

「二回も、言わないから」

「えー、それ酷くないっスか?」

「うるさい、」


誰かに弱い部分を晒すことを恥ずかしいと思っていたけど、


彼のおかげで、それは大丈夫なことだと分かったから。


どんなことがあっても、今日みたいなことがあっても、
少しずつ話をしていこう、気持ちを少しずつ見せていこう。


弱いところを、彼なら受け止めてくれると信じられるから。










続く
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