弱い私なら愛してくれた?




パタン、とロッカーを閉める。
登校時間ということもあって周りには多くの生徒が行き交う中、
手に持っていたものをくしゃっと丸めてカバンにそっと入れた。


(アホらしい、)


心の中でそっとそんなことを漏らして後ろを振り返ると、そこには険しい顔をしたゆきがいたのだ。


「どうしたの、朝から怖いけど」

「なにしてんだ」

「具合が悪いから帰るの」


じゃあね、と言ってその横を通り抜けようとすると思い切り腕を掴まれて、
突然のことで思わず前に倒れそうになったけどなんとかそれを堪えた。


私の腕を掴んだまま、ゆきは私の下足箱を開けようとしたが、
私が阻むよりも先にその扉を開けてしまった為、言い逃れが出来ない。


「なんだ、これ」

「見ての通り、だから一回帰るの」

「黄瀬は知ってるのか?」

「関係ないでしょ、」


私がそう言って彼の腕を振り払うと、ゆきの拳は思い切りその辺の下足箱を叩いた。


「関係ないわけねぇだろ!」


一瞬、辺りが静まり返る。


生徒達の視線はこちらに集まっているけど、それでもゆきは構わず私へ向ける言葉を止めなかった。


「そういう性格直せって言ってんだよ!バカか!」

「な、なによ、いきなり……そんなことゆきに言われたくない!」


その言葉にカチンときて私も負けじと言い返した。
思えばこんな言い争いするのはいつ以来だろうか。


短気だからすぐ手と言葉が出るけど、いつものそれとは違う雰囲気だということは私にでも分かる。


「ちょっと、なにしてるんスか!」


今、まさにゆきの怒りが頂点に達しようとした時、
ゆきの体が私より離れていったのだ。


「ってーな、黄瀬……」

「そんな大声あげて、止めるに決まってるじゃないっスか!」


私とゆきの間に割って入ったのは黄瀬で、彼の表情には少しだけ怒りが混じっている。
それに気付いたゆきは更に顔を歪ませて、彼の胸ぐらを掴んだ。


「元々はてめぇが悪いんだろ!」

「はあ?なんなんスか……」

「だから……だからなまえが!」

「っ、ゆき!止めて!」

「うっせー、黙ってろ!」


ゆきの手が再び私の下足箱に掛かろうとした、
それだけは絶対にさせたくなくて、見せたくなくて。


私は手に持っていた自分の靴を彼らの方に向かってぶん投げた。


「っ、バカ!」


そう一言だけ残してそのまま反対の方向へと走って行く。
騒ぎを駆け付けた生徒達がいつの間にか私達の周りには群がっていたことにその時気付いた。


だけど、私はそれに構わずその群れを掻き分けて走った。


誰もいないところへ行きたい。


どこかへ消えてしまいたい。


そんな想いを抱えながら、ただひたすらに走った。





















初めてだ、授業をサボるのは。


そんなことをぼんやりと考えながら空を仰いだ。
昼間だから星なんて見えないけど、ただ流れる雲を見つめているだけ。


ああ、本当にどうしよう。


考えも無しに飛び出したのはいいけど、結局誰もいない屋上に逃げてきた。
誰にも会いたくないからこちら側から鍵を掛けて念には念を入れる。


靴も投げたし、上履きは下足箱の中だし。
よく見れば靴下を履いてるとはいえ、素足なことに間違いはない。


我ながらとてもはしたないことをしている。


「はぁ、」


もう一度、空を仰ぎながらこれからどうしようか考えようとすると、
鍵を掛けたはずの扉がガチャっという音と共に開いた。


「やっぱ、ここにいたっスか」


今、一番会いたくなくて一番顔を見られたくない人物がそこにいて、
開いた扉を閉めてそのまま鍵を掛けて私に近寄ってきた。


「来ないで」

「嫌です、だからそのまま動かないでください」

「だから、来ないでって言ってるでしょ!」


彼に向かってそう言っても距離がどんどん縮まる、
思い切り走って逃げればいい、そう思ったのに私の足は上手く動かなかった。


その間に黄瀬の体が目の前に来て、私にすっと何かを差し出した。


「とりあえず、これ先に履いてください」

「は?」


目の前に差し出されたのは新品らしき上履きだった。
黄瀬はそれを私の足元へしゃがんで置いて、早く履いてください、ともう一度言った。


反射的に言われた通りにそれを履くと、今度は体をすっぽりとその腕の中に閉じ込められたのだ。


「ごめんなさい……」

「…………」

「ごめんなさい、なまえ先輩」


ただ、ひたすらその言葉を紡ぐ黄瀬になにも言えなくて。


そっと、手を回して身を委ねてしまう。













続く
.

 
×