ひとりで生きたいわけじゃない




時刻は17時を過ぎた頃になっている、
携帯を見つめながら駅のホームを降りて改札へと向かった。


人混みの中から改札付近を見渡すと目的の人物が見える、
カバンから定期を出して通り抜けるとその人の元へと駆け寄った。


「お待たせ、早かったんだ」

「あ、先輩!そりゃもうマッハで終わらせて来たら遅れずに済んだっス!それに全然待ってないっスよ」

「モデルも大変ね……こんな人混みでバレないの?」

「意外と人混みの方がバレないんスよね」


そこそこ有名な黄瀬は街中を歩いてると誰かしらに声を掛けられる。
だからなのか、帽子を敢えて被ってきてるけど、その長身に顔だけで周りにバレてるような気がしてならない。


まあ、誰かしらにバレたら適当に部活のマネージャーとって言い訳することは既に私たちで口裏を合わせていること。


たまに隣町までバスケの練習をしに行っている、本当は二人きりだとなにが起こるか分からないからいつもはゆきに着いていってもらっているけど、
今日は家の用事があるらしくて、私と黄瀬の二人きりだ。


バスケの練習が出来るのは近場でも色々あるけれど、周りにバレるも面倒だからこうして隣町まで足を運んでいるのだ。


駅から少しだけ歩くけどそれは別に嫌ではない、どこか私をほっとさせてくれるような時間だったから。


「森山とか早川誘えばいいのに、私じゃ練習にならないでしょ」


練習場に着くなり私は黄瀬にそんなことを言っていた。
どう考えても私の実力では相手にならない。


いつもはゆきがいるのに今日はいないわけで、それなら練習にもならないことは分かっている。
それでも彼は大丈夫っスよー、なんていつも通りだった。


「なまえ先輩って、鈍感っスよね」

「ケンカ売ってるの?」

「違うっスよ、オレが言いたいのはデートもまともに行けないから、こういうことを口実にしないと二人になれないじゃないっスかってことを言いたくて……」


バッシュに履き替えながら黄瀬は真面目に答える。
まさかそういうことだったとは、私には予想もしてなかった答えだ。


「それに、」


そう続けた黄瀬はボールを手にしてリングに向かってボールを投げる。


キレイに弧を描いてボールはスパンっと入っていく。
だけど、それを黄瀬は溜め息をつきながら言葉を続けた。


「先輩のシュート、すげーキレイなんスよね……いくらオレでもそれだけはコピー出来ないんで」

「はいはい」

「本当に勿体ないっスね、女バスあればいいのに……」


転がったボールを拾ってそれを私の方へパスを出してきた。


「負けた方がご飯奢るってのはどうっスか?」

「私の方が不利じゃないの」

「手加減するっスよ」

「やだ、手加減だけは好きじゃないから」


ドリブルをしながらそんな会話をしているといつの間にかボールを取られて、
再び黄瀬はそのボールをリングへ向かってシュートを打つ。


そのボールはやっぱりキレイに入って、見事にシュートは決まっていくのだ。


「なまえ先輩は負けず嫌いですもんね、大丈夫っスよ手加減しないので覚悟してください」


そう笑いながら私に再び拾ったボールをパスしてきた。


そこからは二人でたっぷりと1on1を楽しんだ、
やっぱりキセキの世代の名前は伊達じゃない。
いつもは外側から見ていることが多いけど、実際にプレーするとよくわかる。


黄瀬涼太は本当に天才だった。








「はー、疲れたっス……」

「化け物……」


もちろん点差は圧倒的で、どう頑張っても勝てることはないと分かっていた。
それでも負けたことで悔しいとかなく、スッキリした気分だ。


「あ、先輩が飲んでるそれ欲しいっス」


サラッとそんなことを言う黄瀬に危うく飲んでいたものを噴き出すところだった。


「自分のあるでしょ」

「そっちの方が美味しそうだからそっち欲しいっス」

「………やだ」


そりゃそうだ、飲み欠けているものを渡すということより間接的になるから嫌なだけ、


断るけど引き下がらない黄瀬はそっと私に顔を近付けた。


一瞬なにが起きたのか分からなかったけど、
顔が離れた瞬間なにが起きていたのかすぐに理解できた。


「なっ、なにすんのよ!」

「なにって、キス」


しれっとそう言った黄瀬は嬉しそうに笑ったけど、当の私はそれどころではない。


「いきなり……!それより、誰かに見られたらどうすんのよ!」

「大丈夫っス、誰もいないし」

「だからそういうことじゃなくて……」

「彼女にキスしたいってオレだって思いますよ、そろそろ手を繋ぐだけじゃ満足出来ないっス……」


ほんの少しだけいつもと違った表情を見せた黄瀬だけど、
私が彼のその表情を見たことを察したのか、直ぐにいつもの明るい表情に戻った。


今のは、一体なんだったのか、


そんなことを考えさせる暇がないくらい、黄瀬は言葉を続けた。


「そうやって照れてるなまえ先輩可愛いっス!もっと好きになりました」

「うるさい、バカ!」


嬉しくない訳ではない、


こうされたことが決して嫌な訳ではないと、心のどこかで思ってしまった。


ただ、キラキラと輝いてるように笑う彼の前でそんなこと口が裂けてもいえなかったけど。
同じように私もいつの間にか笑ってしまう。


どうか、


どうか、明日も同じ笑顔を見られますように、












続く
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