素直になれなんて馬鹿げてる 今日も体育館にはバスケットボールの音が響いている。 練習試合まで期間が残り少ないともあって、練習はいつも以上に気合いが入っている。 特に主将は。 「ゆき、ちょっといい?」 「ん?ああ、今行く!」 ちょうど休憩時間になり、各々に飲み物などを渡して主将であるゆきに話を掛けた。 監督に言われた今度の練習試合について彼に言わなければならないことなどたくさんあったからだ。 「なにそんなふて腐れてるんだ、黄瀬」 「ふて腐れてなんかないです、森山先輩」 「当ててやろうか?」 「いいえ、結構です」 「あれだろ、みょうじが……」 「わー!いちいち言わないで下さい!」 こちらの話が若干聞こえなくなるほどの会話に一瞬注意しようか考えたけど、 私が動くよりも先に目の前の人が振り返って大声を張り上げた。 「うるせーぞ、黄瀬!」 「なんでオレが怒られなきゃならないんスか!森山先輩の方がうるさかったっス!」 「そこじゃねぇよ!なまえとの話が聞こえないから静かにしろって言ってんだよ!」 始まった、と声には出さずに心の中でその言葉か出てきた。 こうなると子供のケンカみたいにお互いで言い合いになって最後はゆきの手が出たりする。 そうなると私がなにを言っても聞かなくなることは既に経験済みのこと、 高校生にもなって恥ずかしくないのかと思ったけど、これはこれで彼らにとってはじゃれてるものだと最近覚えた。 「ちょっと、真剣にこっちは話をしているんだから黄瀬はなんなの」 「ほらー、森山先輩と笠松先輩のせいでなまえ先輩にオレが怒られたじゃないっスか!」 「知るか!」 「怒ってるんじゃなくて話が進まないから、言いたいことあるならさっさと言いなさいって言ってるの」 私がそう言うと黄瀬は少し迷っていたけど、意を決したのかようやく思っていることを口にひたのだ。 「名前、」 「は?」 「笠松先輩だけ名前で呼んでるのがズルい、オレなんていつまでも名字だからズルいっス!」 黄瀬のその言葉に一瞬辺りが静まる、 なにを言い出すかと思えばそのことを言いたかったのか。 言った後に黄瀬は不公平っス、なんて小さな声でポツリと呟いている。 その横で森山は下を向いて肩を震わせているし、あれは確実に笑いを堪えているしそれを知ったら黄瀬の機嫌がもっと悪くなるだろう。 「あのな、黄瀬」 「なんスか森山先輩、あとそんな笑いを堪えなくていいっスよ」 「あ、バレた?じゃなくて……笠松とみょうじは幼馴染みだから仕方ないだろ、現に笠松以外はみんな名字呼びだし、笠松もみょうじだけは平気なのはそれが理由じゃん」 「そうっスけどー……」 「おまえが名前で呼ばれてたらオレだってこの三年間名前で呼ばれてたはずだ」 一体なんの話をしているのだろうか、黄瀬はともかく森山までそんな訳の分からないこと言い出すから話に終わりが見えなくなる。 今は監督がいないからいいものの、本来はこんなダラダラしていたら完璧に怒られていた頃だろう。 「おい、黄瀬」 いつもより低い声で黄瀬を呼ぶゆきの声にさすがの黄瀬も一瞬怯んだけど、時は既に遅かった。 「練習中上の空だったのはこれが原因か?」 「え、いや、それが原因というか、まあ……」 「練習中にくだらねぇこと考えてる暇あるなら死ぬほど練習に集中しろ!今から外走ってこい」 「はあ!?なんで走らなきゃならないんスか!」 「つべこべ言わずに行け!森山もだ!」 「ちょっ、オレまでなんで!?」 完全にとばっちりを受けている森山にいいから行けと二人とも摘まみ出したゆき、 外では横暴っス!なんて声も聞こえてくるけど暫くするとその声は遠ざかっていく。 本当に走りに行ったのだろう、相変わらずやることは厳しい。 「ったく、やっと静かになった……」 「なにも外周させなくてもいいのに」 「いいんだよ、これくらいやんねぇと……お前も黄瀬甘やかすな」 「甘やかしてる訳じゃないけど」 ゆきは溜め息をつきながら少しだけ真剣な目になって私を見た。 「ちゃんと黄瀬に話してんのか?」 「してない、関係ないし……」 「理由言わないとまた拗ねんぞ、あいつ分りやすいからな」 「考えとくよ、それより話の続きしないと」 ゆきの言ってることはよく分かるし、それは私がずっと隠してきたこと。 だけどそれを今、彼に伝えることは出来ない。 伝えることが出来ないのではなく、伝えてはいけないことだというのが正しい。 「素直に言えばいいだろ……」 ポツリと呟いたゆきの声は私の耳には届かなくて、なんでもないと言ったその顔は少しだけ切なそうに見えた。 続く . ×
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