私はそんなに弱くないから



ボールの音、バッシュの音、勢いがあるたくさんの掛け声。
それから、私の耳に届いたのはボールをリングに叩き付ける音。


たくさんの音がこの体育館には響いてる、そしてそれは私の心を満たしてくれる音でもある。


「ミニゲーム終了!」


一際大きな声と笛の音に騒がしかった音は一瞬静まり返り、部員たちは肩で息をしながら中央に集まって挨拶を済ませた。


ちょうど時計の針は終了の時刻に迫っていた為、このまま部活も終了となった。
そして一年達が一斉に後片付けを始める、それが私の所属する部活の大体の流れ。


そして私は終わって疲れて戻ってくる部員たちへタオルとスポーツドリンクが入っているカゴを手に駆け寄った。


「お疲れさま、ちゃんと水分補給と……」

「お疲れっス!せーんぱい!」

「黄瀬、うるさい」


バタバタと騒がしい足音が私に近付きカゴの中からタオルを取り出し、
わざと顔に当たるように目掛けて投げると見事に命中したのだ。


「ちょっとー!モデルなんスけど、一応……顔は止めてくださいっスよ!」

「練習後なのにテンションたけーな、うるせー!」

「笠松先輩まで酷くないっスか!?」


ここから先はどうせ他の人が集まって賑やかになる、
そうなると他の部員に飲み物やタオルが配れなくなるから私は早々にその輪から抜けることにした。


でも、その中心にいる人物の表情を見ると今までとは違った表情になっていて思わず小さく笑ってしまう。





あの夏から月日は流れた。


冬に向けて更なるトレーニングが始まったこの海常高校バスケットボール部。


そのマネージャーをしている私だけど、本当は女子バスケ部がこの学校にはないから仕方なく始めたマネージャー。


だけど、最近になってようやくこれもこれで悪くないかもしれないと思えるようになってきた。
それでも私は三年生だからもうあと長くは出来ないし、この冬で最後だと思っている。


「なまえ先輩、これ適当に配って大丈夫っスか?」

「え?」

「ボーッとしてるから疲れてるのかなって、オレが配っちゃうっスよ」


先ほどまで輪の中にいた黄色い髪の部員、黄瀬が私のカゴをひょいっと持ち上げた。


「いや、それは私の仕事だから大丈夫」

「いいから任せてください、それに監督に呼ばれてるから早く行った方がいいっスよ?」


そう言って彼はそのカゴを持って本当に部員たちへタオル等を配っていた。


確かに監督から後で今度やる練習試合について話があるから呼ばれているけど、
自分の仕事を部員にやらせてしまったことが自分では情けないと思ってしまった。


それに、


(また、言えなかった……)


後ろ髪を引かれる思いで監督が待っている場所へ向かうことにした。


後ろでは明るく笑う彼の声といつものメンバーの声が聞こえ、出てきそうになる溜め息をぐっと堪えながら足を進めた。




















「はあ……」


監督から貰った資料を鞄に詰めながら盛大に溜め息をついた。
冬に向けて色々なことを考えると正直頭が痛い。


だけど、中にいる選手達が真剣だから私も真剣に考えなければいけない。
今度こそ絶対にみんなで勝って最後を迎えたいと約束したから。


「うわ、こんな時間……」


手元の時計を見ると結構良い時間帯になっている、
この時期になると陽が落ちるのも速くなるし、道も真っ暗になってしまう。


靴を履いて足早に正門へ向かうと、正門にもたれ掛かっている人物を見つけた。


「あ、遅かったっスね?」

「黄瀬……みんな帰ったはずでしょ?」


私がそう言うと口を尖らせて、やっぱ携帯見てないんスか?なんて言われたから慌てて鞄にしまいこんだ携帯を開いた。


するとそこにはメールやら着信やら表示されていて、
『正門で待ってるっス』なんて文章が書かれたメールが届いていたのだ。


「ごめん、監督とそのまま話をしてて……」

「監督って話長いっスからねー、女の子をこんな時間まで残らせない方がいいのにその辺考えてくれてもいいと思うんですけど」

「というより、なんで待ってたの?こんな寒いのに風邪引くでしょ」

「なまえ先輩と帰りたいし、それに先輩を置いて先に帰るとかあり得ないっス」


にこやかにそんなセリフをよくも言えるな、なんてことを思いながらも口には決してしなかった。


それに嫌味でもなんでもない本人の素の言葉であるから余計にタチが悪い。


「手、繋いで帰りますか?」

「バカ、そんなとこ見付かったら……」

「冗談っスよ、さすがに正門はダメなんでもうちょい歩いてからならいいっスよね?」

「………あのね、」

「これでも我慢してる方なんですけど、彼女と手繋げないとか寂しいっス……」


少しだけ切なそうな表情をする黄瀬になんとも言えずにその横を通り抜けて歩き出した。


後ろからなにかを言いながら追い掛けてくる彼に足を止めずにそのまま歩いた。


そう、私はこの海常高校バスケ部一年の黄瀬涼太と付き合っている。
別に好きとかそういうことではないと思う、ただ彼のバスケが興味深かった、最初はそんな動機だった。


キセキの世代と呼ばれる彼のプレーは圧巻だ、
初めて見たときから目が離せないし、この海常高校バスケ部を今後背負っていく重要な人材。


好きですと言われて強引に付き合う形になったけど、彼はモデルでもあるしファンも多いから一応これは隠している。
そうしないといけないけれど、隠してることに別に私は苦ではなかった。


「あ、先輩!」

「………」

「上、上を見てください!」


その声に足を止めると言われたように空を仰いだ。


そこには澄み渡る空に無数の星が広がっていてキラキラと輝いている。
澄んだ空に広がるたくさんの星はまるで冬の訪れを知らせているかのようだ。


「はい、捕まえたっス、ここならもう大丈夫だから安心してください」


いつの間にか黄瀬が私の手を取って、空から彼の方へ視線を向けると無邪気な子供のような笑みを浮かべていた。


手を離そうとしたけどその手はしっかりと握られて、もはや抵抗を許さない状態になっていたのだ。


「じゃ、行きましょうか」

「はあ……」

「え、そこで溜め息っスか!?」


ひどいっスよー!と隣から聞こえてくるけどそれを無視してもう一度空を仰いだ。
キラキラと輝く星を見つめ、今度は前を向いて歩き出す。


こんなにも優しく真っ直ぐに私に向かってくるのに、私は一体なにが出来るのだろうか。


本当に好きかどうかあやふやな私をどうして選んでくれたのだろうか。


もやもやと抱えるこの感情を抱えたまま、ただ繋がれた手の温もりだけ離れずいた。










続く
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