影は止まる

【有るかも知れない、まぼろしの様なセカイ。】



 身体を繋げ、共に想いまでをも繋ごうとするその行為。
 それは、行為が先に有ろうとも、後に有ろうとも。目的が同様ならば行きつく所も変わらぬ、と亡者は言った。
 覇王丸は、そう告げた優男の姿を忘れはしない。


 常のように情事を終えた後、射精したばかりの気だるい身体を起こし、隣で煙管を吹かす男の姿が目に映る。
「足りんのか」
 この男はそんな事しか口に出来ないのか、と殴りつけたくもなる。ああ、身体が不自由ですらなかったら!
「そうじゃねえ。おめぇ、こんなん、…何で俺を生かして、手ごめにしようなんて…、思ったんだ?」
 手ごめ。そうされている、と認めたくなくて、間は数秒空いてしまった。ひどく態とらしい間だっただろう。だが、それについてモノ申す相手ではなかった事が、今回ばかりはとても有難く感じる。
 その相手である幻十郎は、聞かれてしまえばはた、と考え込んだ表情で停止。おかしなところで糞マジメな部分がある。まったくおかしな同門である。覇王丸は呆れて小さく溜息を吐いた。もちろん、その同門には聞こえないように気を付けながら。ほう、と息を吐いてから幻十郎の様子に再び目を映す。この男はまだ何も答えていない。
「理由?……阿呆が。俺がそうしたいと思ったから、そうしたんだよ!」
 ああ、まるで答えになっていない。それが幻十郎の答え。明日からこの男を『考えなし』と呼びたいと覇王丸は感じる。
「だが、」
 幻十郎は言葉を切った。覇王丸の方を見ている。覇王丸は幻十郎を睨み付けるかのように見ていた。もちろん、二人は合わせようとして、ではなく願う事なく目が合う。それは自然に。まるで、合うべくして合った、かのように。
「――…籠の中の鳥になる…そんな心積もりは無かろう?」
 幻十郎は口角を上げてニィ、と嗤った。そんな事等言われるまでもなく毛頭、手ごめにされる気等ない。まるで挑発のように映る幻十郎の言葉はひどく不快だった。
 どうして不快に思ったか。それは実に簡単な事だ。『覇王丸自身が、籠の中の鳥になった覚え等ないから』である。
 覇王丸が思うに、彼をどうこうできるのは、それこそ地獄の閻魔様以外に何者がいるのだろうか、と。それは許婚の静ですらも彼の心を羅刹以外の何に変える事が出来るのか。それは女人一人だけではどうこう出来る訳もなく。ただひたすらに修羅道を歩んで、歩んで、歩んで…。歩いて走って、辿り着いた先に、今、この場所がある。それは敗北という情けない事実もある。それでも棄てる事の出来ない、忘れたくない場所には違いない。そして、そこに同門の幻十郎がいる。
「幻十郎。前に、右京が、言ってた」
 うきょう、と小さい声で幻十郎が呟く。その名の男の事を思いだそうとしているのだろう。そして、彼の事を思い出したようで、ぼそりと「あの歌を詠む気障な奴か」等と好印象とは言えぬ、幻十郎らしい彼への印象を正直に告げる。亡き者を悼まぬ姿勢、幻十郎らしいと覇王丸は感じる。もしかしたら、幻十郎は右京が亡くなった事実すら知らぬかもしれない。しかし、それを知らせる事に何の意味がある?
「身体を重ねる事と、想いを繋ぐ事が繋がっているのなら、それは動不順で同じ意―――…」
 覇王丸が言葉を切ったのは、無意味等ではない。同じ意味をぶつけるそこには、間違いなく恋愛感情があるのだと。右京は静かな歌にしていた。それを覇王丸は聞いていた。しかし彼の詠む歌の文句等、覇王丸に覚えていられる筈もない。
「順番は変わっても同じ意味であるならば、それは恋愛感情に他ならない。そう右京は言ってた。俺にゃあ覚えられねえ歌で」
 覇王丸が口に出す言葉はひどく軽いかもしれない。それでも幻十郎には馬鹿にならない。例の橘右京という男を知っているから。

「…して、答えは?」

 覇王丸の言葉に、問い掛けに、幻十郎の思考は無表情を装いながらもぐるぐる駆け巡る。
 愛だ、恋だ、と町のうつけと変わらぬではないか。
 反吐が出そうだったが、それを覇王丸が求めている訳ではない事を知っていた。だから、フンと鼻で嗤う。
「愚問だな。貴様が回復すれば、俺は貴様を殺ス!!」
「……相変わらず、熱ゥいね」
 覇王丸の感想は実に冷めたもので、そう答えるであろう事を当然知っていたからだ。
 どちらともなく、この温度差がどうやら心地好いようだ。それは口にはせずとも。
 温度差を確かめるように、幻十郎は静かに覇王丸の頬に触れる。不思議なものだ。身体の温度はそれとは裏腹に、先の情事を宿したまま熟れるように熱を保っている。しかし幻十郎の手は冷たい。そのひんやりした感触は覇王丸に、やはり心地好い。その感触に身を任せ、眼を閉じようとした所、
「早く、治レ」

 覇王丸、絶句。
 これ程理不尽な科白を聞いた事があろうか。
 幻十郎自身が斬り落とした足は、もうどこにもないではないか。それを治れ等と勝手な事を抜かす男である。あまりの理不尽さに、久しく脳内、沸騰。
 鈍い音と共に幻十郎が後ろにぶっ飛んだ。覇王丸の無意識の頭突きをまともに喰らったのだ。何があったのか数秒の間、呆けた眼をしたまま身体を起こす。鼻を押さえているが、痛むのはそこだけではない。あの髪の毛もあちらこちらに刺さったらしい。そちらの方が、より痛む。鼻血は出ていないようだ。「貴様、何をする!」と常の怒声を上げんと覇王丸を睨み付けてみれば、それ以上に修羅か羅刹のような形相のざんぎり頭の男が、これ以上ない殺気を身に纏って睨みつけているその有様。
「幻十郎ォ!おめえさんよゥ、自分で何したか分かって言ってんのか?!アァ? んじゃあ治してみさらせってんだよ!この脳内POCOTIN野郎(※ カタカナ自重)が!」

 にやり。
 幻十郎が修羅を見、嗤った。
「どうやら、本当に足りんようだな…」



 気だるい時間。
 幻十郎と覇王丸の温度差が埋まる時は、どうやら死合いの時か、性交の時しかないらしい。
 ケンカも闘いも何もかも。全て分かって共にあるのだから、コイやアイでなくとも構いはしない。
 どちらも分かっている。お前と共にある『腐れ縁』。嫌ではない。その温度差は実に心地好くて、それでも気を許せないのが逆に堪らない。根っからの退屈嫌いなのだ。まだしばらくこの縁は、切れそうにない。


題:影は止まる/ひよこ屋

故人が遺した、とあるウタ。

情 だけで語れるものなど、最終的には、無いのだ。


ンでも甘々。
これはハッピエンド版のこの話。


く、苦しいかな〜〜〜・・・・・・


2011/02/23 23:42:50