もう一度だけ


「あふぁ…」覇王丸があくびをする。
 この男は全く、本当に無防備な男だ、と幻十郎は思う。あくびだけならまだしも、ついでに気分かよくなるからと言って伸びまでしている。ついでに言えば、あくびも馬鹿みたいに長い。よく息が続くものだと思う程。あくびも終わり、涙目で潤んだ目で幻十郎を見ながら声を掛ける。
「おかえり。なァんか、イイ情報、あったか?」幻十郎は静かに首を振る。


“アノ日”以来、覇王丸は『義足』に成る物を酷く欲しがった。
 実際、義足なるものは太閤、とか将軍様、というものでしか手に入らないだろう。むしろ、今この世の中で「足になる、足の代わりになるもの」など無いのかもしれない。しかし、その事実は覇王丸には解らない。情報は都会でしか得られないからだ。そして、幻十郎には“金”がある。金を貯めればソレは手に入るのかもしれない。
 幻十郎の愉しみは、他にもあった。覇王丸は帰ったら必ずイイ情報があったか、と聞く。それに幻十郎は首を横に振り否定を示す。そすると覇王丸は、それに負けてたまるか、と勝負をふっかけてくる。
「花札の、三本勝負!」と。明日の勝負、否、明日の未来へと想いを込めて。


「賭けるものは?」そう幻十郎は聞く。
「……俺、…の、身体!」少し考えてから、迷ってから、覇王丸は答える。
 答えが変わる事もないのに毎度毎度、幻十郎は聞く。他に与えるもの、否、賭けるものなど無い事を知っていてなお聞くのだ。



 それは幾度となく繰り返され、時として、幻十郎は覇王丸に問うた。
「ならば、俺が賭けるものとは何だ? 貴様が望むもので、可能なものなら賭けてやろう」
 暫く共にあったせいか、もしかしたら情が移ったのかもしれない、と思うような言葉。幻十郎自身であっても、自分から出た言葉とは到底思えなかった。無意識に聞いていた。覇王丸の望むもの等、五体満足な身体に違いないというのに。
 ふぅん、と覇王丸は幻十郎の顔を見ながらにやりと笑う。文字通り読めば、何かを企んだ笑みだろうが、覇王丸という男は『何かを企む』といった器用な事ができる男ではなかった。ただ単に口を笑みの形に歪めただけである。目が合っても、その意思の強い瞳の色は変わらなかった。
「いいんだよ、俺ぁ。お前に勝てた、っつう、その事実だけで。」
 ざんばら髪が揺れながら、遠く、覇王丸の笑顔を隠している。ボロ小屋から覗く光は、今日の日が晴れている事を示していた。
「幻十郎、お前と違って俺は、…欲深くねえんだ」
 再び笑みの形に、先よりもその形はどことなくいびつな形だったけれど、そんな事は構わない。ニヤと笑った。その目は真っ直ぐに幻十郎を見据えていた。覇王丸の発した言葉の意味を噛み締めるように理解しながらゆっくりと、言葉を返す。
「ふん、欲が少ない等………戯言だと言う事を思い知らせてやろう」
 刀を構える代わりに、冷たい目で目の前の相手を睨みつけてやる。欲が少ない人間等いない。それは、幻十郎が与える淫らな快楽の中に身を浸す覇王丸のその姿を目にしている事からも明白だ。それでもこの男はきっと、綺麗事を抜かし続けるのだろう。そのくだらぬ命絶えるまで。



(だが――、その日も覇王丸は負けた)。


題:もう一度だけ/ひよこ屋

欲しいものを手に入れるために必要なのは、

本当はいちばん欲深いのかもしれない。
認めるには時間がかかりそうだけど。



つうか覇王丸って弱くね?
(武器ハカイとか含イロイロ。強斬以外カスじゃん)
という思いを込めてしまった(笑)

2011/02/23 23:39:58