「ほぅ、元気そうじゃな。幻十郎」
「貴様を…、殺スッ!!」
 常の死合いであれば牙神は、もろ肌脱ぎし上体を外気に晒す所、それすら忌々しいと言わんばかりに着物から腕を外す事もなく、衣服に腕を通したままの姿で目の前の爺を、それこそ何の前触れもなく斬り捨てた。
 金属らしい音もしない。ただ、刃のキラリとしたまばゆいばかりの反射の光り。それが光ったのは雲に隠れず浮かぶ半端な月のせいか。それとも、和狆が庭の灯籠に灯した火のせいか。それを解る者は誰か。
 答えなど知る必要もない。ヒュ、と牙神の刀が風を切る。宵闇に触れただけでは失せる事等ない風も、彼の刀から生み出される暗闇には敵わないと見えて、風すらもそこで朽ちてゆく。それは死せる者しか解らぬ哀しい傷み。
 ふぉふぉふぉ・・・と耄碌した爺・和狆の笑ゥ声が牙神の耳に届く。と、同時にそれは空耳かとハッと辺りを見回し不快を露わにする。何故なら牙神は確かに、肉を、骨を斬った感覚が己の刃を通して、この手にありありと残っているのだから。
「…ッ、何処だッ!殺スッ!!!」
 辺りを見回した。だが、数秒前に斬った爺は見当たらない。今や腰の曲がった爺、己が得物である杓杖を、杖以外の何物でもない間違った扱いをしてよろよろと歩いていた爺、歯が抜け落ちて言葉の発音も時折聞き取りにくい爺、そのような爺が斬れぬはずもなかった。
「変わらぬのお…。幻十郎、おぬしは儂を斬り、覇王丸を斬りにいくのよな」
 牙神よりも大分小柄な、無論若い時は多少は背丈もあったのだろうが、流石に牙神は日本人にしてはかなり大柄である。彼から見ればそれはもう、小人のような大きさだったのだろうが、そんな和狆の骸は牙神が足蹴にしている可能性すらあった。そう思えば彼はすぐに足元に目をやった。
 だが、すぐに視力が追いつくわけではない。暗闇の中のさらに闇に隠された足元というものは、夜行動物でもない限り瞬時に見分けるのは難しい。
「おぬしは………誰よりも愛を知らぬと豪語しながら、誰よりも愛を求める男よ…。それに気付くじゃろ」
 耄碌爺の声は消えた。牙神が爺の骸を拾い上げた、その時と同時に。
 軽い。その昔、周りを脅かす剣豪であった和狆は、その過去を感じさせぬ程に弱り衰え、酷く軽い体であった。このような醜態を晒すのであれば人間はそう長く生きるものではない、と牙神は感じずにはいられない。無論己は何処の誰に命を狙われているか分からぬ、金で人斬りを請け負う身である。よぼよぼと耄碌し死す事等有り得ぬとも解っているのだが。だが、その上で己が力を弱らせそれでも生き永らえる人間というものの姿を、酷く滑稽だと思った。その滑稽な爺の面を最期に拝んでやろうか、と意地の悪い気持ちで禿げ頭をぐいと乱暴に己に向けさせる。それと同時に牙神から、
「は、ははっ。…はははははははははははっ」
 闇に包まれながらも高い、それでも暗い笑い声が響いた。それは数十秒の事だった。
 



 爺の骸などに興味はない。(勘違いしないように。骸に興味はない。)
 それを捨て置き、牙神はその場を後にした。



「チッ…、逃したか。まあいい、愉しみは後に取っておく、とするか」
 牙神は依頼された最凶の剣豪と呼ばれた男を滅した。勿論、報酬である金はたんまりと懐に。



「……?!」
 牙神が慌てて体を起こす。
 見慣れた風景。都の遊郭の風景。遊郭と言えど、彼が興じるのは主に賭博。特に花札では負け知らず。イカサマなしの本物の勝負。イカサマをしようとする相手を見逃す事はない。手先をよく見ている。相手を信じてはならない。自分以外の誰かはいつ、嘘を吐くか解らないのだ。
 その証拠に、血の跡が点々と残っていた。
 イカサマ相手への罰として、牙神はその場で二度と出来ぬように指を落とすのだ。
「ッ、…阿呆ゥがッ。何と、」
 己を愚か、と思う。久しく抱いた自己嫌悪という感情。
 何故なら、点々と古い畳に残った血痕は見えど、それはいつ・誰によって付けられたものなのか、全く記憶に無い。傍らの徳利すら恨めしい。こ奴のせいで記憶を失ったのだとあれば、それは酷く情けない話である。
 余りの情けなさに声も出ず、暫くの間彼は己が顔を覆った儘、途方に暮れていた。



「あれは、夢現であったか……………」
 先に見た和狆の和服に身を包んだ、木彫りの人形を思い出す。口にしたは良いが、それが本当であったか夢であったか、全く夢と現の区別もつかない。己の感覚だけを頼りに、拳を握り刀を握ったかどうか思い出す。
「―――ふん、あの老いぼれめ。」



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題:ひよこ屋

サムスピだし。牙だし。牙とハオ丸だし。
にこちんジーサン出てきてもなんぼのモンじゃい!ってな感じで。

で、じいさんってば、ふわふわしてそうだからさすがの牙も斬れなかったみたい。
ゴムって衝撃を吸収しちゃうから最強なんだ、ってトリッシュが、ルフィが言ってたみたいに(笑)。


2011/02/23 23:21:59