神崎は墓の前で手を合わせていた。
 物思いにふかく沈む。この墓の前ではいつもそうだった。きっと“彼”はそれを望んでなどいないというのに。そしてそれを、神崎も知っているというのに。だが、神崎の気持ちは神崎自身にもどうしようもなかった。根底にあるものは、変えたいと願っても変えられない。そのなかで、ただ、神崎は思う。
 ふ、と背後から翳り。誰か、なんて見なくても神崎にはわかっていた。時折ここで会うことがある。
「お久〜、神崎くん。俺も来ちゃった」
 明るく振る舞う素振りと軽口は、昔と何ら変わりない。神崎は合わせた両手を一本と一本との手へと戻し、ゆっくりと振り返った。軽く脱色した長めの茶髪が靡いていた。
「…よう、夏目」
「そんな顔してちゃ駄目。喜ばないよ」
 夏目はアゴをしゃくって墓のほうを指した。そんなこと、夏目に言われなくったって分かってる。だけど、後悔と哀しさしかまだ神崎の胸にはない。
 勝手に神崎を庇って銃弾に撃たれ、勝手に先立ってしまった神崎の盾のような男。もう盾のない矛にしかなり得ない神崎は、家業からは足を洗った。今は堅気の仕事を始めた。儲けも多くはないながらも毎月、”彼“の家族へ宛て仕送りをしている。それで命が返せるわけではないが、神崎なりのせめてもの報いだと思おうとしていた。そんなことをしても、残るのは苦しさと虚しさばかりだというのに。なぜなら、もう彼は還っては来ないのだから。
「神崎くんの幸せだけを願ってたんだから」
 そんなこと知ってる。神崎は夏目の言葉にただただ唇を噛んだ。言葉にならない想いだけが胸の奥に渦巻いていた。命を奪ってしまったら、幸せも何もないのではないか。
「俺だって願ってるよ。神崎くんが幸せでありますように、って」
 きっと、それを報告することが”彼“への最高の手向けになると知って、それでも、神崎はまだ己の幸せを願えずにいる。いつだって、墓の前では哀しみしか現れない。まだまだ時間が必要なのだと夏目は、そっとちいさく墓石を撫ぜて伝えた。
 願わくば、彼が哀しみから早く顔を上げて、昔みたいに笑ったりふざけたりできるようになりますように。いつだって、夏目と故人との思いはそこにあって、変わらない。だから神崎の側にいる。



(彼岸ネタなのはたまたまです)

2018/03/21 08:13:49