「十年も、…待たせたからな……」
アーロンは、進んで懐かしい友の元へ旅立って行った。
消えゆくさまは、残される彼らは何より淋しく、悲しい。だが、死人はそれでよかった。存在を許されない世界、それこそが正しい姿であると分かっていながら、ただ友の遺言のために留まり続けている。そんなことは、シーモアなどに指摘されずとも分かり切っていた。
だが、はいそうですかと素直に聞くには、守りたい約束が彼には大きすぎた。
死人に安住の地など、夢の中のザナルカンドの中にすらもない。ただ、いつ幻光となって消えてしまうか。その不安が先に立った。それは、夢のザナルカンドであれば余計に。
そう、アーロンが知るザナルカンドの形を僅かに残したそこは、まるで桃源郷のようなところであった。

廃墟ではなく、千年前の姿が目の前にあるようで。きらびやかな眠らない街。しかし、諍いもなく、宗教もなく、戦争もない。
自分が今まで暮らしてきたべベルの街が愚かにすら見えてきた。あの街は栄えてはいたが、宗教に魅入られた街であった。
確信は廃墟のザナルカンド。ユウナレスカとその夫ゼイオンを崇拝し、奉る街の愚かな宗教の姿は吐き気がするほど見たくないものの一つ。
その宗教は、この十年間、胸の奥で守り続けた仲間であるブラスカとジェクトを死へ追いやり、脅威へと変えたそのものだったのだから。

そんなものがない夢の世界は実に美しく、ここで生涯を暮らしたいと思うほどに魅力的なものであった。だが、魅力的であるほどにこれが夢であると思えたのは、地獄のような現実に殺されたせいか…。アーロンは誰よりも冷静に、幸せな世界に溺れることなく時を過ごし続けたのであった。
それについては、ユウナレスカに潰された、死してなお痛む目のお陰か、とも思う。無論、ユウナレスカなどに感謝をするほど人間ができているわけではないが。

幻のようにアーロンを形作っていた思いの強さから、ユウナの異界送りは彼とスピラとの繋がりを断っていく。消えゆく体を案じたユウナをアーロンは制し、自ら向かうべき場所へと向かう。
ジェクトの息子であるティーダ。彼が祈り子の夢であるということは……と、消えゆく存在ながらも考えてしまうのだ。もはや性分というやつなのだろう。アーロンは最後に、ブラスカの娘であるユウナの姿と、ジェクトの息子であるティーダの姿を目に映しながら、ふと、目が覚めた感覚になったのは、もやもやとした不確かな場所。

浮かんでいるのか?
むしろ、存在している、と言えるのか?
十年ほど前に見た異界とスピラとの狭間で見た風景は、白くもやがかかったようなはっきりとしないものだった。元より、生と死は紙一重である。そうはっきり見えてはまずいのかもしれない。美しい思い出が一つ、薄れてしまうから。
そしてふと、ブラスカが異界で妻の姿を見、一筋の涙を流したことに、心うたれたものだった。それに引き換え、ジェクトは死人でも無いのに異界に入りたがらなかった。あの時、ジェクトは自分の妻に会いたくはなかったのだろうか。よく思い出してみれば、ジェクトの口をついて出る言葉は全て、息子に関する言葉だった。
「よぉ、」聴きたかったその声に、アーロンは思わず姿を捜す。「ーー遅刻魔。」斜め後方。品も節度もない、十代の若者がたむろすようなしゃがみ方をしているジェクトが、そこにはいた。

「大丈夫か?」アーロンの第一声。
相変わらずのクソ真面目、面白い事の一つも言えないその不器用さ。嫌いじゃない。むしろそれすら自分にないものだから好きだが、分かっていても呆れてしまう。
「大丈夫だって。なんたって、オレ様ァさっきまで『シン』だったんだからな」
アーロンの顔が僅かに歪んだ。痛みに触れたような表情。珍しい。ほんとうに僅かな変化だが、ジェクトは鋭く感じてしまう。感情を露わにしたのを見たのは、廃墟のザナルカンド以来か。無限の可能性ってヤツに賭けてみようと笑ったときか。
思い出しているうちに、アーロンが手を伸ばし、ジェクトの頭をむんずと掴んだ。そのまま乱暴に、実に乱暴に、まるで引越し業者の仕事のような粗末さで引き寄せる。その腕は、十年前のそれではなかった。前以上にごつごつと無骨さを増し、太くもなっていた。
死人のクセに成長するなんて、ヘンなヤツ。と心地良い体温を感じながらに思う。そう言いかけたタイミングで、アーロンは口を開く。
「お前に、一番…ーー背負わせた」

言葉は、実に強烈だ。
『シン』として生きた十年を、濁流のように思い出す。
街を壊す。故郷を壊す。人を壊す。命を壊す。"無"へと全てを還す。
ジェクトは、常に正気と狂気の狭間にいた。ユウナレスカは言った。壊すことが正しいことだと。あるべき姿に還すのが人として目指す道なのだと。
いくら諭されようと、無作為に壊したくなどない。"うた"が時に、ジェクトを揺さぶってくれた。そこで初めて、あれが祈りの歌であったことに気付く。あのメロディも最後の方はほとんど聴こえずに
壊して、
壊して、
壊してしまっていたのだが。



「う、…ああ、ぁあ、あ、ぁああ」

知らぬうちに縋っていた。



太く堅い筋肉質な腕は、縋り付くには実に心地の悪いものだったが、目の前にはそれしかないのだから仕方がない。いつもは息子に向けて飛ばす言葉も、こんな状態じゃ言えやしない。逆に言われてしまうだろう。
「泣くぞ。すぐ泣くぞ。ホレ泣くぞ。そぉーら泣くぞ…」
後から後から…、十年間の涙は洪水大警報だ。
悔しさや悲しさ、
やりきれなさに申し訳なさ、
虚しさと情けなさ…。



負を詰め込んだ感情たちを全て



子供のようにしゃくりあげるのもやっと収まり、泣き腫らした眼をぼんやりと開く。辺りに見える風景がないのは実につまらないものだ。見るところがない。仕方がないから近くにいる者を見るようになる。
「…おめえも背負ったじゃねえか。変わりゃしねぇーよ。その重さで、ああもう前はもちっと可愛かったんだがなァ、オレよりジジ臭くなっちまったじゃねぇか」
アーロンの無言は心地良い。特に、今のこの状況では、ヘンに気を使って無理に言葉をひねり出そうなどと、上っ面は要らない。
「痛かっただろォ…?……」
隣に腰を下ろしたアーロンの眼の傷に、そっ、と触れる。アーロンが救えなかった友への懺悔の証し。勿論、友は許してくれることをアーロンも知っている。だが、許されることを許したくない生真面目さが彼を駆り立て続けたのだ。
ジェクトはすん、と鼻を啜る。死人のはずなのに、泣いて笑って鼻水垂らして……
結局、死人とは、異界で生きる人間の姿なのではないか。ふと、そんなことを思う。この通り、アーロンもジェクトも何も変わらない。
「お前のほうが、痛い。」
アーロンはただの一言で告げる。共に歩んできた仲間として、何よりも理解している。そう告げたいがそれは、言葉にはならないから。黙っていることで示すアーロンと行動で示すジェクトは、気持ちがいいほどに正反対だった。
それを示すかのように、ジェクトはアーロンの肩に強引に腕を回してきた。アーロンにはそれを拒む理由がただの一つもない。されるがまま、ジェクトの温度を感じるだけである。常夏の島、ビサイドにでもいるならば暑さに拒むこともあるだろうが今の状態で拒む理由は一つもなく、不快ですらない。
「ここは、何処なんだろうな?」
前の会話とは無関係な疑問符。幻光虫が分解し本来いるべき場所に来たというだけのこと。何処でもよかった。
「分からん。……言うなれば、スピラと、異界の狭間だ。」
今まで行った場所の何処よりも不確かな場所だ、とアーロンは一人静かに思う。ジェクトはその答えに納得したように小さく頷く。胸の中には寂しいような、物悲しいような気持ちが溢れている。何故ならば、スピラにも異界にもジェクトの帰りたい場所はないから。
それと同時に、息子の行く場所もないのではないか、と、ふと不安がよぎる。しかし逆に、自分と同じ場所に来るのかもしれない。という可笑しな安心のようなものもある。まったく、自分勝手に喜怒哀楽を同時にして、勝手なものだと呆れることもある。
ジェクトの複雑で真面目な表情を読み取ったアーロンは、その意図を瞬時にして読み取る。彼の想いは全て理解しているかのように。
「お前の故郷のザナルカンド、そこにも繋がっている。」
「…よせよ。 …気休めは」
アーロンという岩石のような堅物野郎が優しい言葉を吐くのは、実に奇妙だ。違和感ばかりがそこにある。そんなことを言えるほどに、十年間は人を変えるには十分な年月だったのだろう。そう思えばまた、こみ上げる想いがジェクトの目頭を熱くさせた。
「気休めではない」
アーロンが何を言おうとも、またべそべそと泣きっ面を晒すのは情けない感じがして嫌だ。その想いがジェクトの顔を俯かせる。と同時に、思うことがある。『シン』だった間に自分も歳をとってしまったようだ、と。何かと感動とか、心に染み入るものがあって涙腺が緩くなってしまったようで、すぐに目の辺りに熱が集まってきてしまう。
「想いの力は、現実を凌ぐ。…ジェクト。お前は、俺がブラスカの元まで引っ張って行く。…約束だ。」
アーロンの言葉は重い。
それは、事実を伴っているからだ。ジェクトがそう感じた瞬間に、涙は堪えきれず溢れていた。
泣き虫だ泣き虫だと煽っていた息子よりも、もしかしたら涙腺が緩いかもしれない。こんな姿を見たら、間違いなく「泣いてやんの」と笑うかもしれない。もしかしたら、同じ想いを背負う息子は同意してもらい泣きしてくれるかもしれない。…そんなことを考えながらジェクトはアーロンに縋ってまた、子供のように泣いた。なりふり構っていられるほどデキた人間ではないのだ。


子供のように泣いて。
泣いて泣いて泣いて。
やっと泣き止んで、

笑う。

「ブラスカんトコ、行くぜ。」

仲間のもとにいれば、きっと息子も来るだろう。
それは予感ではなく、確かな未来予想。帰るところは故郷などにとらわれず、きっと一つなのだから。

アーロンが頷いたのを合図に、ジェクトはアーロンの手を取って歩き出した。道なき道を。

___________


長くなりました。
FFXエンディング後のアーロンとジェクト。です。

ELTの冷たい雨を聴きながらうちました。ケータイ作成です。
でも、機種変してからうちこみは早くなったので、最近はケータイで文書をうってます。推敲なんてしても変わらんよ。ヘタうんこだから笑。

ジェクトと奥さんとの馴れ初めとかも書きたいんですが、いつになるやら…。



まず。
うちのジェクトはノンケ寄りリバ。
惚れたんなら同性でもしゃーない。みたいな甘さがある。
アーロンは恋愛しないタイプ。

で、ジェクトは何より息子が大事。
でもこれは恋愛要素なし。親子間の無償の愛情ってやつ。実は慈愛に満ちている。


故に、今回はセークスとかエロスとかの要素なし。普通に友情物語として読んで頂ければ…と思います。
聴いてる歌はラヴソングだけれど。
絆は魂を超えて、そこにある、ということを実践したアーロンはスゲえ!と思いますね。おれはそこまでしたい相手はいねえ!



そして。
ジェクトと言えば!あのセリフを言わせたかったんですが、死んで還り行く彼らには相応しくないのかな、と。
いずれセリフを言わせてやりたいんですが、振り返る視点になってしまう(やはりプレイヤーとして見てしまう)ので、難しいかもなあ。
近々、ブラスカ視点や、若かりしアーロン視点なども書いてみたいもの。
時間と気力があれば。また。


配布元:Abandon
最後の一人になった君へ より




2010/04/22 00:21:18