犠牲は少ないほうがいい




「傷を増やすつもり等、更々無い。」
 それは最初に言われたことだった。そして彼――松永秀久――は言葉通りに、磔けにされた片倉に対し、肉体の損傷を脅かすようなことはしていない。ただ人質の姿ともいうべきか、磔けにしたのみ。
 そのままの恰好で、竜から奪った爪を、片倉の眼前で踏みにじり燃やし焦がした。また別の爪は、沢山の松永の兵によって粉々に打ち砕かれてしまった。更にもう一太刀は、無意味にも歩いていた寂れた犬や、民の命を奪い、血に染まり濡れたまま、松永の部下の手にあった。だが血に濡れたまま、いずれ錆びて使えぬ時を迎えるであろう。
 気付けば、松永に奪われた竜の爪はもう、半数しか残っていなかった。死守…、それは無駄なことである、と片倉が悟ったことであった。

 初めに、松永が口にした言葉に意味があるのだろうか。真意など、正常な精神では測れるはずもない。
 竜は、爪を奪われた。だが、それだけだ。彼はまだ生きているし、民だって助けた。ここに片倉小十郎、その右目と言われた男がいる以外――何も違わない。
 磔けにされて、ふと思い出したのは、寒いところで会った少女の姿。お国訛りが抜けないあどけなさと、農作物を大事にする心に、心打たれたことは口にせずとも、それは主である竜に伝わったろう。彼女のような人を己の民として、自分のことを忘れこれからも胸に秘めた野望のため、突っ走ってほしいと願うのみ。
 片倉はそんなことを思い出しながら表情を和らげていた。だが、そんなひと時も長くは続かない。

 かつ、かつ、と、聞き慣れた男の足音。それは冷たい。足があるのだから霊的なものじゃないというのだけは判るのだが……
 片倉の眼に映る男の姿は、ここ数日共にある松永の、悠然とした笑みであった。間近に彼が迫る。空気が炎のように熱いのに、周りの人間が寒いと思う程に冷や汗をかく、この感覚はいったい何なのだろうか?
 ふに、と片倉の頬を人差指と親指で、松永が摘んだ。そんな行動に何の意味があるのか。否、ここにあることに、意味などない。
 ゆぅるり…、静かに、しずかに松永の指が片倉の頬の傷をなぞる。
 触れた松永の体温は驚くほどに低い。しかし、ちりちりと、焼かれているかのように痛む肌、そして昔より傷のせいで鈍感になった肌ですらもそれを感じることに、背中にひと筋冷たいものが流れる。
 その傷は頬だけのものではない。体中のあちらこちらにそれは消えぬ傷となって、竜と片倉をつなぐ絆となって存在し続けている。
 松永は笑ったまま、手を遠ざける。傷跡のかさついた感覚を確かめたかっただけかも知れない。

 不意に、松永が片倉の首元に手をやる。ぞく、と触られた個所から鳥肌が生まれる。
 しかしそれは首を絞めるわけでなく、少しだけ逸れて下へ。胸倉をぐいと掴み、そのまま力任せに羽織っているものなど構うことなく、破壊音と共に手は下へと。言うまでもなく服は破れて足元へふわふわと堕ちてゆく。
 片倉は一瞬驚いたような表情をしたが、だが、彼のその読めぬ行動は今に始まったことではないとすぐに思えば表情は読めぬものへと変わる。
 びりびりと服は剥がされ、剥かれたままの姿でそこに縛り付けられているだけ。
 そのような格好だから、片倉が今まで付けられた傷の数々は空気に曝されて、痛々しくも雄々しく、そこに露出していた。
「見たまえ。あれだけの傷を負いながらも、右目は、まだ足掻いている」
 松永が言葉を発せば、周りの松永の兵たちもそれに倣い、片倉へと視線をやり肯定の声を上げる。傷を確かめるように数えだす輩まで現れだす始末。
 片倉はその場の異様な、今までに感じたことのなかった雰囲気に、思わずごくりと唾を飲み込む。
「他人(ヒト)が足掻く姿は、…本当は欲に塗れていて、扇情的で美しい。」
 松永が手を打つ拍手の、乾いた音が耳障りである。だからといって、それを避けることなど今の片倉にできるわけもない。

 ふと、視線が合う。
 片倉の眼に映った、松永の眼は炎のようなものが燃えているかのように、見えた。脳裏に浮かぶ、松永のいつもの言葉。
『欲に、素直になるといい…』
 声色は優しくも、獲物を見つけた松永の姿は、生き生きとしていて、幸せそうであった。――そう、今のように。
 松永の、片倉に向ける視線は実に慈愛に満ちたもののように見えたが、その瞳は何かに燃えているのだ。
「目に見える【傷】に、何の意味があると言うのかね?」

 心は、どこまでも獲物を貶めるためにあるのか。
 片倉は、とうに“生”など諦めた、と鼻で嗤い、静かに目を閉じたのであった。


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2009.04.11
新年度あけでとうございます〜〜。

新年度になってから書いた初文章でござります。
ちゃらちゃらっと書いたので二時間くらいかな?
ふと、松永さんのことを思い書いてしまった。でも、カップリングでも、ホモネタでも何でもない。
まぁこのままいくと普通に考えたら強姦モノになりそうなんだけど、やめてしまった。かたくりこって意外と使いにくいね、そういう面では。
政宗以外どうでもいいっていうか、松永はライバルキャラだけど、憎んで憎んで仕方ないってほど、というわけでもない。竜の爪だって、ほんとうは鍛冶屋にいえばなんとかなるだろって思うし。
まぁ使いこなすまでちょっと時間はかかるかもしれないけど、師匠であるかたくりこがいるわけだから、そう苦労もあるまい、ってな。
まぁ本当はライバルキャラを殺すまでの拷問話を書こう!と思ったのですが、こっちで考えてる秀吉と松永の拷問話とカブりそうだったんで、ネタ取られたくないし、やめてみた(笑)
続きは、あんさんの想像力にお任せしますってな具合ですわ。
おれ、松永かなり好きすぎるぜ。…ただ、ゲームやんなきゃ思い出せないって。

ちなみに関係ないけど、この話は途中までケータイでうちこんで、途中からパソうちしました。
だからほんとにポッと出なので、意味はなくとも気にせんでくれい。うんこ。以上。…なんか最近毎日うんこって言ってる。意味分からん。


題:たかい より

2009/04/11 09:45:28