あなたになる細胞
Title by.Chloe



 時代は戦国。
 全てを燃やし尽くし、陥落したのは―――あの、『織田』であった。
 それは織田信長の部下である将の明智光秀が起こした謀反からの、大どんでん返し。
 だが、すぐにそれをひねり潰したのが、豊臣秀吉の力。明智は天下を獲れなかった者、にしかなり得なかった。
 そうして、明智は最重要危険人物とし、豊臣の城の牢の奥の奥の奥。つまりは誰の目にも触れないような奥へと、ただ独り幽閉された。
 世間は明智を少しずつ忘れていき、安心と平穏を取り戻しつつあった。
 だが、

 だが。

 だが!


 時が明智を忘れても、


 暗黒は、彼を呑み込まない。




「ぐっ、…う」
 明智光秀。秀吉によって幽閉された彼よりも、前に死んだはずの人物が、秀吉の目の前にいた。
「どうやら卿は、痛みでは陥落しないらしい」
 淡々と、感情さえ篭らない声色で、生きているはずのない人物・松永秀久が笑った。
 秀吉が、魔王・織田の周りをうろついていた彼を、討ち命すら奪ったはずであったのだが、どうしてだろうか。松永秀久、彼はこうしてここに生きている。

 手応えは、あった。
 死骸を残さぬと言い残し、彼は己の火薬で自爆したはずであった。
 そうやって姿を焦げたものへと変貌させた彼を、秀吉も、そして親友の半兵衛も目の当たりにしていた。
 その前には、秀吉本人の拳で、彼の身体をひどく傷付けた。何度も何度も。刃を凌ぐ強さを誇る鋼鉄の拳は、刃をものともしない松永の肉体にすら深く傷を負わせ、敗北をその身に叩き込んだのである。
 戦乱の世の敗北は、すなわち即、死へとつながる。
 だからこそ松永は自爆という道を選んだのだし、彼を取り巻く部下たちは皆、強大な豊臣の力により逃走や死へと追い込まれていたのだ。


 では、何故ここに松永秀久、その男がいるのか。



「“ただの痛み”が駄目ならば、」
 松永が誰かを呼んでいる。名は言わないが、手招きをしている。
 どうなってこうなったのだろう。気づけば秀吉が身動きの取れぬ状態へと追い込まれていた。
 松永が率いる者たちにより、あらんばかりの暴力を受け続け、何度気を失ったことか。
 そのたびに秀吉は顔をひっぱたかれ、小便をかけられ、蹴りを入れられ、何としてでもその正気を思い出すよう、仕向けられた。驚くべきことに、その身体は彼らの力程度では大した傷を負わすことができなかったようだ。だが、体力は奪われているだけに、そこから一歩も動くことができずにいるのだ。
「…私が“崇高なる痛み”を与えましょう」
 聞き覚えのある高笑いが、秀吉の脳内に木霊する。
 かつ、かつ。ゆったりと余裕の笑みで現れたその人は、銀色の長い髪を靡かせた死神・明智光秀。
 秀吉は、光秀の姿を目にした時、呼吸をするのを忘れ冷や汗をだらだらと流した。瞬時に空気の流れが変わった瞬間であった。
 ゆうらり、ゆうらり。地獄の鎌はまだ健在のようで、その重みに耐えきれないわけでもないのふらふらしながら眼前に現れる。
 確かに、光秀は松永と違い、死んだ、というわけではない。だが、いつの間に脱獄したのか。完璧なはずの投獄は、失敗していた。
 そして同時に悟る。彼らが一緒にいるということは、己の生命はないということだ、と。

 片や、秀吉の手により死んだ者。
 片や、秀吉の手にかかり天下を獲り損ね閉じ込められた者。
 秀吉を恨まない理由はないのだ。

 死期を悟れば、恐れるべきことはない。一度手にした天下。だが己と行動、夢を共にした親友も在る。彼が意思を継ぐであろう。
 さくっ、と軽々しく光秀の鎌が秀吉の皮膚を裂いた。今まで松永の兵たちが何をしても大した効き目のないその身体が傷み出した。
 さくさくさく。刃は次から次へと、秀吉の皮膚を裂き赤い線を綴る。近頃は無邪気に遊ぶことがなくなったその肌は、昔よりは白くなったようで血の赤がよく映える。このまま切られ続ければ、秀吉は出血が多くて死ぬだろう。
 痛みに何の反応も恐れも示さない秀吉の様子は、さすがに肝が据わっているというべきか。さらなる痛みは別のところにある。
 ざく、と音が鈍くなった。秀吉の左腕に深々と鎌が食い込んでいる。しばらくそのまま。そして、ぐりぐり、と内部を侵食するように動かす。
 抉られ削られ削がれていく肉片と、切れた細い血管たちが流す血液が辺りを汚す。硬い音がするのは骨のせいだ。
 ぐお、お、お、お、と痛みを抑え苦しみに呻く秀吉の声が屋内に響く。左腕はしばらくの間、使えないだろう。
「せいぜい啼いてください…。貴公が生きている限りは、私や松永公を愉しませねばなりませんよ?」
 秀吉ほどに頑丈ならば、そう簡単に死んでしまうことはないだろう。それを期待してまた二人は笑っているのだ。
「生きている限り?…否、殺させやせぬよ」
 静かに、再び松永が口を開いた。
 どうやら松永はこの有様を何食わぬ顔で酒を嗜みながら見ていたようだ。手にした洋風の銀の杯を態とらしくも掲げながら近づいてくる。
 ぱちん。松永が指を鳴らすと、がらがらがらがら、と何かを動かす音が聞こえてくる。重い扉が開いた音のようである。
 暗い場所からわずかに光が射し込んだ。その光の間から見えた光景。それは、
「き、……貴様ら!」
 秀吉が怒りをあらわにしたのは、その先の光景のせいに他ならない。
 罪なき弱兵と民間人。その中には松永や明智の兵も混じっているのではないだろうか。
 どうしてだろう。彼らはせっかく開いた扉から、一歩たりとも外へと出ようとしないのである。「お連れなさい」と明智が一言、兵に声をかけてやっと民らしき人物が嫌々ながら泣きながらに外へと出される。
 言うとおりにした兵は、民を嘲ったように足で蹴り明智の方へと押しやる。明智は常の高笑いと共に鎌を罪なき人の腹へと突き刺した。
「何を!」秀吉は叫ぶが、そんなことに意味などない。明智は腹を貫通させた鎌を振り上げ、人一人を持ち上げ嗤う。狂っている。
 やりきった顔でいる兵の腹にも、明智は容赦なく鎌を突き刺した。ずぶり。刃を抜いた時に一気にごぼごぼと血が噴き出し、口から流れ、腹を押さえながら彼はのたうちまわる。串刺しになっている民もまだ生きている。
 二人の悲鳴と、さらに秀吉が吼える声と、そして扉の向こうで起こる泣き声。
 この中で何もなかったかのように動き続けるのは、明智光秀と、松永秀久の二人のみ。まだ命が失われていないことが、不思議な空間。
「何故だ!」秀吉の必死の問い掛けなど、光秀にも松永にも届きはしない。彼らに何故?はないのだから。
 光秀が鎌から血を払うように屍に近いそれを、振るい投げると秀吉のすぐ近くにべしゃりと堕ちた。すぐ後に松永がそれの頭を足蹴にして嗤う。
「何故?簡単なことだ。私の欲望のためだ」
 そう言い終わるか終らないかのうちに、彼はそれを蹴りあげ頭をもちぶらぶらさせた。それが秀吉の眼前のことである。
 松永は一歩だけ、前へ踏み出しそして、秀吉の地面に這いつくばっている片手を踏み躙った。つい今さっき、民を足蹴にしたその汚い足で。
 松永から受ける衝撃は、先ほどまで受けていた光秀から受けたそれとは比べものにもならない。べきべき、びき、と鈍い音が聞こえたし、手は動かせないし、嫌でもその痛みに悲鳴を上げてしまう。
 ぼたり、ぼたぼた。
 秀吉は痛みに叫んでいる暇などなかったのだ。上から赤い湯が降ってくる。その臭気と、口に入ったその味で、それが何だかすぐに判った。血だ。
 秀吉の頭上で、先ほどの民は松永の手によって胸に穴をあけられていた。すっかり貫通した身体からは松永の、紅く染まった手が突き出している。
 逆の方の手で、松永は穴の開いた腹に手を突っ込んでぐじゃぐじゃと何かを弄っている。民の足はぷらぷらと生気を感じさせないものとなっていた。ただ、血だけが重力に逆らわずに松永や秀吉を濡らし続けている。
 あったあった、と探し物を見つけた松永は、ぶちぶちと血管を引き千切りながら片手では余る臓器を手にし、秀吉に向けて微笑む。
 それは、動きを止められた、心臓。まだ硬くなってはいない。生きのいい心臓である。
「押さえたまえ」
 松永がそう言うと兵が数人集まり、秀吉の身体を押さえつけそこから動けないようにされてしまう。もがく力はほとんどないが、それでも彼はもがいた。惨い仕打ちに耐えられず。
 何故ならば、彼の口の上で松永は、心臓をぎゅうと握り絞り、その血液を秀吉の口に流し込もうとしたからである。
 心臓は血液を司る器官。溢れるように血液は秀吉や、それを押さえている兵たちを紅く染めていく。そのたびに秀吉は啼いた。「やめろ、やめろ」と。


「卿は何故拒む?是は卿の細胞となるというのに。――逃げるのかね?」

 他人の血肉を吸収し、己の糧とする肉体。
 そんなものは存在するはずがない。存在しえない肉体だ。馬鹿げている。馬鹿げている!
 信じるわけはないが、痛みがなくなっていく気がする身体に、気が狂いそうなほど不安になる。有り得ないことだと己に言い聞かせる。だが、それに対する答えなど、己の身体の調子以外に何もあるはずもない。
 秀吉が気を失う前に見たものは、松永が、手にした心臓を握り潰し、そこから器官内の全ての血液がぶじゅり、と飛び出すところであった。


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松永久秀と秀吉シリーズ。
連作(予定)@だす。だから半端
エロとかグロとかをまぜこぜでいきたいわけです
ひたすらに秀吉がいたぶられ続けてる話(笑)頭悪っ

流血モノって気もしない…
秀吉は富国強兵とかもやったけど、基本的にヒーロー思考なので弱い者イジメするとキレます。
グロを目指しましたが、いまいちかなぁ。まぁ最初から飛ばしたら後に詰まるので、すこしずつバージョンアップしていきたいです。
光秀も活躍させるぞ〜


2009/03/19 09:19:49