アンタたち二人が付き合い始めた。
 そう聞いたときはさすがに参った。
 なんでか、って?
 本当は、アタシも意中にあったんだよ。ヤツのことが、さ。


 それは、とある天気のいい昼のことで、由加はヘコヘコと情けない風体で、なんだろう、って思うくらいに低い姿勢だった。よくよく、あとから考えてみたらそれは、アタシ自身が屋上のうえで足をブラブラさせてたからだったんだな、って。そう、いつだってアタシのが上から由加を見下ろしてた。それが当たり前で、ごくふつうで。
 だからそれは、けっして[見下してる]なんて意味のつもりなんかじゃなくって。それをもちろん、由加だって分かってくれてる、そう思っていた。由加の気持ちの奥のほうなんて、アタシにはまったく分かんない、ってのが本音だけど。



「ウチ、付き合うことに、なりました!ッス!!」
「へえ?そうなんだ、オメデト」
 この返事、ガチガチになってなかっただろうか。心配になったけど、由加はいつもの調子で、でも少しだけ照れくさそうに顔をくしゃっとゆがめて笑うから、きっと大丈夫だったのだと、アタシには感じられた。そう、由加に対しては。

 でも。
 

「おう、大森」
 ヤツの声が、耳慣れない二年の教室に響く。一つ上の三年だから、いつもはそこにいないはずの、顔面ピアス野郎・神崎。今は由加のカレシ。
「なんか用」
 聞きながらも、相手の言うことなんて聞くつもりない。アタシは疑問符のない言葉を神崎に投げつける。それだけで、しくしくと泣くみたいに胸の奥のほうが痛む。
 ほんとうは、胸の奥底で意中にいた相手。隠してた気持ちが、こんなかたちで出てくるなんて望んでないし、願ってもない。ただ、今の自分の気持ちなんて邪魔で仕方ないだけ。顔も見たくない。
「パー子、あっちにいなかったからよ」
「こっちにもいないわよ」
 冷たく言い放つ。神崎の顔も見ないで。見たくないから。神崎の顔なんて。
 由加のカレシになったことについて、聞いてないなんて思ってないだろう。由加は口が軽いから、誰にも隠し事のできないタチだ。自分のことだってあけっぴろげに話してしまう。当然、神崎と付き合うことになったことだって、校内スピーカーででも伝えてしまいそうな勢いだ。そんな由加のことを神崎だって(いくらバカだからといっても)理解できないはずもない。
「…そうか。じゃ、見かけたらオレ帰った、って伝えてくれ」
 アタシの返しも聞かずに神崎は足音を遠ざけていく。アタシは「そんなの自分でいいなよ」と言いながらも、神崎を意地でも見ない。アタシの言葉は、神崎には届かなかったかもしれない。

 どうしてだろう。
 由加にはいうことができても、神崎には伝えられない[なにか]がある。そこまで激しくつよく、想っていたわけじゃない。あのほんのりとした温かさを恋とよぶには少し違うのじゃないか、そう感じる気さえする。それでも、どうしてかわからないけれど、まだ、まっすぐに神崎の顔を見て言えない気がする。
「オメデト」だなんて。



2018/03/18 22:05:24