悲しみすらも君は




お前が見下ろす瞳を、
不思議に心地よいと思った。
  何故だろう。
喜ぶべきことではない、
恥ずべきことだろうに。
疾うに“普通”なんて無い。
変わらぬ物は一つだけで良い。



 ある日、親友の半兵衛は「まじないを知っているか」と秀吉に問うた。唐突な問いに、秀吉は「分からぬ。」と答えた。
「…勝利のまじないだよ。」
 後になってそう答える。最初から言えと一言つっこんでから、半兵衛が何を語りたいのか。その答えを大人しく待った。
 秀吉は口数が少ない。いつも半兵衛の言葉を待っている。半兵衛の行動を待っている。
 それは優柔不断にとられるかも知れないが、間違いなく、決定力がないわけではないことを、民たちは、兵たちは知っている。
「勝利に不可欠なのは、僕たちの深い絆だ。」
 意外にも今さらな話だった。
 そんなものなど、疾うに出来上がっているではないか。これ以上の絆など、築きようがないではないか。
「まだ、僕と秀吉は、二人で呑んでいない。」と間髪いれず半兵衛が続ける。
 そういえば。と気づく。半兵衛は酒が苦手ではなかったか。と問うと、「今日は呑めそうな気分なんだ。」と短く答えた。
 手早く酒を注ぎ、二人になみなみと注がれた盃を軽くかちんと鳴らす。灯篭の灯りに照らされた半兵衛の顔は、いつもよりも血色がよく見えた。秀吉はなんとなく安心した。
 気のせいだろうか。半兵衛の眼に揺らめくような炎が見えた気がしたのは。今は戦でもないというに。
 手酌酒を秀吉はすぐに何杯も飲み乾してしまう。実に旨い酒であると感じたのは、親友と呑む席だったからか。

 ごとり。
 酔いが回るのが少しだけ早い。座椅子に寄り掛かり、ああ、まだ酔うには早いのに。と唱えながら支えきれなくなった座椅子ごと後ろに倒れていった秀吉を、半兵衛は見ていた。
 半兵衛の眼には驚きの色が見えない。ただ、置いてあったものを見るかのように、ごく普通に酔いつぶれた秀吉を眺めている。
 倒れた格好はなんだかまぬけだった。動物みたいだ。
「っす、すまん…。お前と呑むのが、楽しくつい、酔いが回った、か。…みっともないところをみせた。」自分でいれるフォローはどこか滑稽。
「構わないさ。色んな姿を見せるのも絆を深める重要な部分だろう?」
 秀吉が伸ばした手を半兵衛はとったが、そんな重い身体が起きるわけもない。手を握ったまま、冷たい声でぽつりと告げる。
「効いたようだね。速効性の媚薬入りのお酒。」
 秀吉は耳を疑った。
 …謀られた?!
 頭がうまく回転しない。まさか半兵衛がまさか。とばかり焦る。騙す理由などないはずなのにどうしてか。「暑いだろう。とりあえず脱ぐかい?」半兵衛が半兵衛が。とばかり思う。言葉は秀吉の耳に届かない。
 答えなど待っていはしない。半兵衛が手を離し、「楽な格好をするといい。」と胸を肌蹴させ、腰帯を緩めさせる様を、ぐちゃぐちゃの思考の中、感触として捉える。
「半兵衛。何故…」思いは短い言葉に託される。
「僕たちの、より深い絆のためだと、初めに言った。」
 それが答えなのか。
 不思議と怒りは無い。悲しみがあるわけでも無い。無意識に恥ずかしさがあった。
「君には足りないものがある。」
 つ、と半兵衛の冷たい手が秀吉の胸板から腹にかけて、なぞる。同時に秀吉が冷たさに身体を震わせた。半兵衛の言葉に、それは何だと問おうとして、やめた。
 息を詰めて待つ秀吉を尻目に、半兵衛の長い爪が秀吉の腹筋を強くつねって薄皮を薄く裂く。秀吉は思わぬ傷みに小さく呻く。
 引っ掻き傷をつくりたかったわけじゃないのかも知れない。傷みに閉じた眼を秀吉が開いた時、半兵衛は毟り抜いた秀吉の体毛を指先に摘まんでいた。
「僕ならば、秀吉に足りない物を与えることが出来るんだ。」
 何処か恍惚とした表情で半兵衛が先の言葉を続けている。言い終えると、指先の体毛を自分の口に入れ、その指先を舐めて味わう。指先に一本も残りが無いようにじっくりと味わってから、自分の身体を両腕で抱き締めてその余韻に一人、美味だ、と酔い痴れる。
 食べてしまった。そんな半兵衛の姿を目にして、いいようのない不安と何かいけないものを見てしまったような感じが秀吉の身体を駆け巡る。それと同時にぞくぞくと鳥肌を立て悪寒と闘う。
 親友の言葉に出来ぬ姿を目にし、秀吉はすっかり委縮し動けなくなっていた。だが半兵衛はそんな様子には構わないようである。立ち上がりそんな秀吉の表情を、固まった身体を、見下ろしている。初めは視線を合わせていたが、徐々に下へ。態とらしくゆったり、ゆったりと。
 また半兵衛の冷たい手が胸板に置かれた。そのまま動かない。「秀吉。体が火照っている。見られて感じてるんだね?…僕に見られて。」かりかりと弱く胸板を数度引っ掻いてから、乳首をぎりりと抓る。
 秀吉の制止の声も虚しく、血が滲むほど抓り、爪先に秀吉の乳首から出た血を付けた手をようやく放す。多分、抓られたそこは紅く腫れているだろう。またもや半兵衛はその微量の血を、自分の口に含み吸い取ってしまう。
「硬くしている。いやらしい体だね」と秀吉の両の乳首を指し、冷たく揶揄する。やらしい想いなどない。傷みに身体が反応しただけだろうと思ったが、有無を言わさぬ迫力が、今の半兵衛にはある。
「目を背ける気かい?」上から投げかけられる、冷たい声。いつもの半兵衛ではない。親友の顔を見たくない想いで、目を逸らした。
 秀吉、と呼ぶ声がする。体から滲み出る冷汗が気持ち悪い。秀吉はいつもどおりの部屋を見て、気分を落ち着かせたいと思っていた。
 秀吉、ともう一度。こんなことをする半兵衛の意図を理解するまで、親友の顔を見ないようにしよう、と胸の中で思う。
 秀吉っ、と今度は今までより強く彼を呼ぶ声。と一瞬遅れてわしっと秀吉の股間を掴む半兵衛の小さな手。
「自分の体だ。自分で感じてもらおう。否定は出来ないよ…。」
 ほら。と言い手を離した半兵衛の視線の先に、股間に張りつめて震えている山が見える。
「こここれは、薬の所為だ。半兵衛っ、悪い冗談は、」
 解せぬ行為を見せられて、反応する体など薬のせい以外の何物でもない。今日の今のことは全て否定して打ち消す。
 そんな想いなど聞いてはいない半兵衛は腰帯を解き、座布団の力を借りて少しだけ上がっている腰に手をやり、褌の帯もするすると容易く外してしまう。
 ただ乗っているだけの褌の布と、その下に身を置く秀吉を眺める。「湯気が立ちそうな程に猛っている。」淡々と、半兵衛がそのあられもない様を口にする。秀吉の顔は恥ずかしさから、火を噴きそうである。
 また股間を掴み、今度はそこに長い爪を立てる。痛みが脳内を支配する。それと同時に、褌が無く直にそれをされたなら、もっと痛かっただろうかと思う。がりがりと半兵衛が布を引っ掻くと、秀吉が痛みに喘ぐ。
 最後に思いきり先の方に爪を立ててから、ぴんとそそり立った一物を爪弾く。ぶるんと大きく揺れたが、かろうじて布はかかったままだ。痛みが収まれば、止めていた呼吸をはぁはぁとそこで繰り返す秀吉。
「そうさ秀吉、冗談だよ。」半兵衛は前屈みになって座り、秀吉の太腿に肘をついて秀吉の顔も身体も股間も、全部間近に見渡せるそこに陣取った。いい眺めだ、と呟いたのが耳に届く。
「冗談なら、…っ、よせ。」
「言っている意味が分からない。僕は何もしていない。」確かに今は何もしていない。だが、さっきは…!と言ったところに、半兵衛の高笑いがした。
「僕が冗談だと言ったのは、媚薬など使っていない、という意味だったんだけれど。」
 今度は、秀吉の方が何を言われているのか、理解できないでいる。続けて半兵衛は、「痺れ薬だ。薬の効果など君相手に期待してはいない。多少はあったようだが。」褒めているのか、貶しているのか。
 これは、と半兵衛の手が一物の先端を軽く布の上から触れる。「おや、湿っている。」媚薬など使っていないのに。と言わぬばかりの視線を投げかけている。
 違う、と秀吉は全てを否定する。だが気づかぬうちに腰は揺れていたか。半兵衛はくすくす笑っている。手に何をなすりつけているんだ、と。
 それも違う、と言いたげに自制する。腰の動きが止まれば、代わりに我慢が効かずに一物そのものがびくびくと躍動して触ってほしいと主張する。褌には目に見える染みが出来ていた。
「さっきの続きだ。秀吉、君に足りない物は只一つ、」
 半兵衛の指が滑稽な染みを指でぐるりとなぞった。うああ、と秀吉の口から息が洩れる。
「…背徳感だ。」



「あの女を殺した時点で、君は背徳感に苛まれた。そんな君は美しい。
 だがそれを境に、君は道徳的になっていった。
 国が何だ。僕たちに重要な夢を叶えることに道徳など要らない。
 必要なものを手に入れるために、棄てねばならないのが道徳ではないのか。
 僕たちの国で、僕たちの道徳を一から作ればいいだけのことだろう。
 君の最後の道徳は、ねねだ。
 君が殺したねね。
 そうだよ、君が殺したんだ…。僕は見ていたさ。
 あの女は狂っていた、殺されていたのに笑っていた。誰が見ても狂気の沙汰さ。
 君も案外酷いことをする。頭を潰せば痛みなど感じなくなるだろうに。
 腹はね……死ぬまで痛むんだ。死ぬほど苦しむんだ。
 残酷な秀吉。ねねを存分に苦しめた。愉しかったかい?
 …認めていいんだ、この時世に道徳などないのだから。道徳の仮面を棄て、君は君になれる。」



 怒涛のように押し寄せる、過去の記憶。忘れていたわけではない。片時も忘れず、肝に銘じて生きてきた。
 汗と、涙と、鼻水。言葉にならぬ音を轟かせて、秀吉が泣きながら吼える。傷ついた野獣は美しい。
 忘れたい記憶。忘れたくない記憶。
 感情のやり場も、処理の仕方も解らない。ただそこには強い想いだけがある。
 脳内廻る言葉は、ねねに向けての御免なさい。慶次に向けての御免なさい。そんな想いばかり。
 …全てを許してくれる半兵衛、御免なさい。
 御免なさい、とぐずぐず言う秀吉の生まれたままの姿に、上から目線のまま半兵衛は股間を指差し、「粗相はいけないよ。」と笑った。
 こんなに滑稽なものは見たことがない。悲しくもあり、辛い想いでもあるのに、そこはぴんと天を点したまま。
 見せつけるように最後の布を、ゆっくりと剥いでいく。濡れた音が微かに耳に入る。濡れた部分から糸を引いて布は秀吉の足元へ捨て置かれる。
「君が何を望んでいるのか、僕には分からない。」
 興奮に赤黒く血管を浮かせ、さらに濡れててらてらと光りひくついている一物を舐めるように眺め回してから、半兵衛はそう告げた。
 そして、秀吉を振り返ることなく立ち上がり、襖を開き、そして今までどおりに閉じ、その場から消え去ってしまった。
 どうして。どうして、と秀吉は無我夢中で身体を起こす。
 そうして半兵衛よりも何よりも先に目に入るのは、自分のたぎった身体。熱を持っている。持て余している。
 半兵衛が無言でさよなら。と言った。とまたべそをかきながら、呟く。手で一物を隠す動作と一緒に。
 自分の身に触れた手から溢れる快感が懐かしい。周りには誰もいない。ねねも、慶次も、半兵衛も。
 苦しめたり、傷つけたり、殺したりした人を想い、泣きながら快楽に溺れる者はどうだろう? こんなにも、道徳を冒している。
 いいんだよ、と半兵衛の声が聞こえた。…気がした。
 許してほしい。けれど、許してほしくない。

「おや。流石は秀吉、薬など一瞬の効果だったようだね。」
 鞭を手にした半兵衛が再び秀吉の元へと戻った時、最初に口にした言葉だ。
 半兵衛が最初に含ませたただの痺れ薬は、すぐにその効果を無くしていた。もう秀吉は自由に動けるのだった。
 凌辱した半兵衛を殺すことも。苦しめることも。
 だが秀吉がそんなことをするわけはないと分かって半兵衛は、薬を呑ませたのだ。
 目にした秀吉の姿は、ただ欲望に従う猿。見下げ揶揄する。「激しいね。」
 右手には一物の竿を握りながら先端を指で擦り、左手は根元と毛を掻き毟るように睾丸を刺激し回す。あ、あ、あ、う。と苦しみにも似た声を上げ。
 かけられた声に我を取り戻し、そこで羞恥が、激しい羞恥が生まれる。かぁっと真っ赤に染まった顔と止まった手。だが欲望は止まらない。
「だが僕は、許していない。」ひゅ、と振り慣れた様で鞭が振り下ろされる。秀吉の手に容赦なく、ぴしりぴしりと。一物から手が離れるまで何度も。
 また始まる御免なさい、という悲痛な声と、それを咎める冷静な声。
 続く鞭での仕打ちに、ひたすらに謝り許しを乞うが、一向に許しが出ない。ただ鞭で叩かれた痕が赤く蚯蚓腫れになり浮き上がっていくばかり。
「弄っていいなどと、僕は未だ、」全て許しを乞うてからにせよ、と秀吉の愚かな身体に叩き込む。
 強いというのもある意味では不便と言わざるを得ない程に、秀吉はひどく頑丈だ。数十という数の鞭を受けてもなおまだ、自我を保って半兵衛を見つめている。
 その頑丈な身体は変換器を間違ったようで、打ちつけられた鞭の鋭さに耐えきれず、震えながらどくどくと精液を大量に放った。
「僕が今日許すのは、一つ。…君の望みを言うこと。」
 それ以外は絶対に許さない。と強い口調と視線をもって秀吉に冷たく告げる。
 やっと止んだ鞭の応酬に、身体を半ばぐったりとさせながらも半兵衛を見上げる。秀吉の身体と畳には派手にぶち撒けた白いべとべとが付いている。
 まだ気持ち悪いとか、余韻がどうのという頭じゃない。半兵衛の問いに答えなければならない、と必死にその想いにしがみつく。
「俺に、罰を。」秀吉の望みはそれだけ。「…くだ、さい。」
 今まで苦しめてきた人たちの苦しみを。そして、これから苦しめる皆の苦しみを全て罰してほしい。
 罰されるのが、苦しみから逃れる、救いの法なのだと、言葉にすれば支離滅裂な望み。
「徐々に、秀吉の望みを叶えるよ。…今日はそこに洩らした汚いのを、舐めて綺麗にするのが君の仕事だ。」
 秀吉は、自分の体液で生臭い部屋に這いつくばって、その夜は更けていく。




* * * * *

ヌルいSM小説を目指して書こうとしました。
ちなみに聞いてた曲はHYの366日。ドラマ赤い糸(原作はケータイ小説らしい)とか、もはや意味分からん。見たことないけど。
キツイのは松永さんがいるから!
と安心していたら、半兵衛が秀吉のギャランドゥを食ったり、ビーチクをつねくり回したりしだしたのです。
意外と松永よりダーク路線イケるかも。
というのも、松永さんはひたすらに嬲り凌辱系に突き進みそうです。
半兵衛はいたぶり系にいきそうな気がします。絶対にどちらも甘い恋バナはないでしょう。
SMだとか言いながら、性的なシーンがほとんどなかったことに驚きます。どっちかってーと、メンタル系っぽい。
話自体がないのでセリフが多くなってしまう…。だから今回はいつもと違う感じに仕上がってます。文章の組み立て方っていうか。セリフの代わりに文章をつづれればいいのだが。
文章力、ほしいなぁ…。無いながらも一応、初プレイ書き終えたっと。アナル慣らす方向にいくまで、だいぶ間がありそう。
秀吉のウンコほじりながら嗤う半兵衛が見たいぜ。とか言ってるおれはアホだ〜(09.03.17)

お題拝借:lis(閉鎖済ゆえNoLinK)


2009/03/17 09:14:55