静かな猟奇と窓辺の獣





 手に包帯をぐるぐると巻き、そのまま窓辺で佇んでいる。
 視線に映るのは何か。あの憎き男の姿か。それとも手当を施した有難き恩人か。
 まだ、手の痛みは癒えずにいるらしく、例の恩人とやらは数時間おきに包帯を巻きにいくのだという。
 だが、“彼”はその場所に入ることすら禁じられた。言葉はやさしいものだったけれど、瞳は物語っていた。
『お前が傷付けた。だから、彼に会う価値はない』
 その話の出所は彼だろう。
 それほどまでに恨んでいるのか。恨まれても仕方のないことをした。だが、一言でいいからいわせてほしかった。
「不可抗力だった」―――と。
 ああ、いいわけにしか過ぎない。やさしい彼は赦すかもしれない、赦さないかもしれない。
 いつもいっていたから。「悪ふざけも程々にしろ」。
 悪ふざけなんかじゃない。ただ、いっしょに遊ぶのが楽しかっただけだ。悪気なんてない。



「また来てたのかい?」
 恩人が声を掛ける。男を不憫に思ったのだ。寒空のなか。家にも入れてもらえず、ただそこにいて彼を見守っているその姿に、最初は冷たい言葉を掛けてしまったものだったが。
 男はごくちいさく頷くのみ。
 恩人の思いは分からないでもない。男も自分が悪いことは重々承知していた。
 天から、なにを思ったか、はらりはらりと雪が舞いだした。そういえば、今日はいつもに比べて数段冷えている。雨は天空で雪に変わったか。
 恩人の彼の様子はいつもとちがった。からからといつもは重いはずの扉を開いた。瞳はほほえみの形に弓型を描いている。男はありがとう、とちいさくいって恐縮しながらあがる。
「会うのは、だめだよ」
 恩人はやさしく男に、最初のころよりもやさしくそう告げた。
 理由も述べてくれた。彼の傷は癒えつつある。まだ手は自由ではないけれど、近いうちに元に戻るだろうとのこと。けれど、こころの傷は癒えていないのだ、と。
 男はとても反省した。恩人の彼のことを、最初はいやなやつだなんて胸のなかで何度もなじったものだ。こうして彼の面倒をみてくれていることに対しては、なにより感謝する。
「おれじゃ、きっと力になれないんだな。…おこがましいけど、頼む。こころの傷も、治してやってくれよ…」
 男は、自分ではできないことを恩人である彼に託し、深々と頭を下げる。折れるところは折れなければ、男ではない。
 恩人らしからぬ謙虚な態度で手を振り、自分などなにもしていないよ、と人間的にほぉ、と思わず感心してしまう程の彼の態度に男は拍手を送る。
 そういえば、と恩人は思い出したように提案した。彼の恋人を連れてきて、彼女にも看病を手伝ってもらえば、完治ははやいかもしれないと。
 そのとき、ひそかに男の表情が曇ったのを恩人は見逃さなかった。だが男は次の瞬間、何事もなかったかのように深く頷いて約束した。「おれが連れてきてやるよ!」と。




 男は彼女にことのすべてを話した。
 自分が悪いこと。恩人の彼のこと。そして、彼のこと。
 だが、彼女はそれについて男のことは何一つ咎めはしなかった。事故じゃないの、と笑った。
 そんな彼女のやさしさは、ときに男のこころをえぐる。やさしさは、ときに武器だとしった。
 だから、彼女の言葉を無視して、もう一度謝った。
 罪の意識を自分自身のこころから締め出すには、もっともっと時間が掛かるのだということを、身を以てしった。


 男と彼女は、恩人の住むそう広くない家に向かった。
 彼女は男の様子を心配し、ずっと手を握ってくれていた。昔から二人は仲が良かったのだ。彼と共に。
 その日は、晴れていた。この間のような寒い日ではなかった。いい陽気だ。
「やあ。よく来たね。……そして貴女が、――初めまして」
 恩人と彼女は握手をしてから、離れる。恩人の方から詳しい話をします、と座敷へ通される。三人で座る座敷は、前に入ったこの部屋とはなにかがちがっていた。
 話しながらも、窓からのぞく彼の姿に彼女はときに見入り、ときに深く頷いたりしていた。

 最終的に彼女は彼の部屋に通された。
 恩人は男と二人。「恋人の再会を邪魔するほど無粋ではない」などといいながら部屋のなかで待つ。
 部屋は離れている。どんな会話をしているのかも分からない。彼が他人の家を汚すような男ではないことを、二人はしっていた。
「彼女、すごく綺麗な女性だ…」
「ああ」
 男は気のない返事。ほんとうは彼らのことが気になって、うわの空だっただけ。
「僕は、君と、彼と、同じかもしれない」
 意味不明。男はもう一度気のない返事を返し、聞き流した。
 分かってない、と恩人は男に向けてふ、と鼻を鳴らした。
「こういうのを、なんていうんだろう……そうだな、世の中では、“一目惚れ”なんていうんだろうか」
“一目惚れ”。の言葉に男はカッとなった。誰もそんなこと、一言もいってないだろう?! そう叫ぶ。
 男は反射的に相手の胸倉をつかんで、その体格差上、軽々と持ち上げていた。
「ごめん。でも……きみは、」
 一瞬で男は我にかえり、その愚かな手を離す。だがしぐさは今までにないほど乱暴だ。投げるように放された恩人はそのまま尻餅をつく。
 恩人は男とはま逆の細くなよなよした体を、ふらつきながらに起こすと呼吸を整えている。
「はぁ…。まったく、ムキになるのは図星だからだよ」
 この呟きは実にいけなかった。再び男は激昂した。
 まるで首を絞めあげるかのように、恩人の彼の体を持ち上げているそのとき、
「―――何をしている?!」





 彼の声だった。
 隣には彼女もいる。

 彼は自分の恩人を傷付けられた、その怒りに任せてその場で、男よりも一回りもふた回りも大きなその体を使った。
 男がこころを痛めている、そのぐるぐると厚く巻かれた包帯をしている方の手。

 男がみたのはその拳だった。
 男の体が宙に舞い、彼女の叫びが木霊した。









「馬鹿だなぁ…僕が教えたじゃないか。
 きみは他人を信用し過ぎるんだ…だから痛める。
 親友っていってたけど、どうして彼は僕にこんな仕打ちをしたのかな?
 そういえば、彼女なんだけどね…、彼と仲良く手をつないで歩いてたみたいさ。黙っていようと思ってたけれど。
 でも彼ら、…いや、なんでもないんだ。ごめん。
 きみはきみのままでも構わないのさ。

 やっぱり、云った方いいのかな… 
 彼ね、僕が彼女と握手したら怒ったみたいだ。
 うん。もしかしたら、きみが信じていたものは、そんなものばかりだったのかもしれない。

 気を悪くしないでほしい。
 誓うよ。この命に賭けて。
 僕は決して、きみを裏切ったりはしない。
 こんなに傷ついたきみを、裏切るなんてそれは、ひとのこころがあればできることじゃない。
 けれど!
 僕にはどうしても許せないんだ。彼女を!
 彼よりも、彼女はきみをずっと謀ってきたのだから。
 僕は、夜叉になろう。きみとの友情に賭けて。」



 それを、彼は止めた。
「夜叉になるのは、自分でいいのだ」
――と。だが、彼の眼からはとめどなく涙が溢れていた。






 次の日。
 彼女の訃報が、流れた。
 それを男が聞いたのは、数日後のことだった。

 男の耳に、恩人と呼ばれた彼の言葉が耳から離れない。
 ああ、今、やつは、高笑いしている。聞こえるはずのない高笑いが耳触りだ。
 悔しい悔しい悔しい。悔しくて堪らない。目を真っ赤にして、男は拳を握り締めていた。

 さらにそれより数日後に、彼女を討ったのは彼である、と耳にしたのだった。


 まだ、彼に殴られた、腫れた頬が熱をもって、痛かった。










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誰かわかんないんなら、それもいいさ(笑)。
テーマ曲は遊助の曲とか、めちゃくちゃ明るいんだけど、最後には弱虫サンタになりましたけどね。

ずいぶん前に書いたやつの前の話みたいで、なんか物凄い。よく考えたら昼ドラみたいだ。

っていうか、腹黒い。
名前をだしてれば、もっと読みやすいのかもしんないけど、あえて伏せました。
話自体は別におもしろくもクソもないからね。ただ浮かんだままに二時間弱でぱらら〜っと書いた。
休日ってすばらしい。
09.03.14

お題拝借:GOZ


*ちなみにS政とMチカの話のときに、どっちか悩んだタイトルだったりして。
タイトルに合わせるわけでなく、話にタイトルを合わせるあっし。

2009/03/14 09:44:09