水沫に消えた


【  ………伝説。知ってるか?
 この橋を渡りきったら、………】


 ずいぶん前に、言ったとき、彼女は『くだらない』と嗤った。



 ―――水沫に消えた   


「おーい。最近、ぼ〜っとしてるぜ。心ここに非ずってかさぁ」
「………」
 ほら、これだ。考え事ばかりしている。
「…かぁ〜すが」
「…! なんだ、いつもやかましい奴め」
 最近は、仕事の数がすくない。蓄えの時期のせいか。気候が変わったら、また自分らの血腥い仕事はてんやわんやになる。
 忍。依頼主のいうとおりにする、なんでも屋。言ってしまえばそんな仕事。スキマ商売って奴だ。因果な仕事。
「体、なまってんじゃない?」
「そんなことはない。……仕事はすくないがな」
「うそっ。プヨプヨしてきた」
 脇腹をつつくと、かすがはキレて佐助に掴みかかってくる。
 失礼なヤツには天罰を。かすがからの腰の入った回し蹴りをひとつ食らい、頬を腫らしたマヌケ忍・佐助。
「確かに、体はなまってないみたい。でも退屈じゃない?」
 かすがは静かにうなずいた。ほんとうはそうでないことはしっているが、別の方面に気を逸らせたほうがよい、と自分でもおもっているのかもしれない。
 佐助は“退屈しのぎ”を探す。辺りを見回して。ああ、見慣れた風景。山。山。山。
 …若者の退屈しのぎなんて、こんな山奥にはないかもしれない。でも、町まででるのは面倒くさかった。
「修行って名目。ガキんちょのときみたいに、山遊び、しない?」
 結局辿り着いた答えがそれ。かすがは意外にも、嫌そうな顔をしなかった。実は、ほんとうに体がなまっているのかもしれない。



 子どものときにいった公園の代わりに自分らでつくった遊具はまだそこにあった。
 昔と違うのは、草がもじゃもじゃしていることだ。邪〜〜〜魔、と言いながら木でつくった遊具のうえに立つ。
 木の棒が何本も立てられている。木と木の間は割と長い。だが、今の自分らならすぐに乗り移れる。
 だが、当時はそれが厳しかった。よく落ちた。
 今厳しいのは、足のサイズが変わってしまって、両足をつけないということだ。片足、片足で乗り移らなければならない。
 とん、とん、と飛ぶように移るしか方法がない。これは難しいことだ。
 ほっ、よっ、とちいさくかけ声をかけながら、佐助が先に、続いてかすがが三十本の棒をクリアする。
 棒のうえから降り、ぺたりとその場、地面に腰下ろし大袈裟に息を吐く。
「ったく、ほんとうに修行になっちまっちゃってるじゃんかよ〜〜〜」
「…まったくだ」

 ――そんな気など、最初からなかったのに。

 言わずとしれた気持ちが通じていることに笑う。
「あれは、さすがに修行にはならんかな」
 師匠と力合わせてつくった、遊具の定番、ブランコ。木と銅でつくられたものだ。
 昔は二人でよく漕いだものだ。ちゃんと二つある。だが酸化し茶色く色づいた銅が、古さを物語っている。
 錆を手拭いで落とし、手すりを確保するが、やはり赤茶けた錆は手のひらについてしまう。ついてしまったものは、しかたない。
 …ずしっ。
「……く!」
 思い出した。これはただの遊具のわけがない。修行に使っていたのだから。
 銅。実に重い。錆によってさらに重さは増していた。持ち上げるのに、ひと苦労する。
 子どものとき、自分たちはひとつのブランコに二人乗りをしていた。それでもなかなか動かなかった。
 いつか屈伸の要領で力を使い、少しずつ動かせるようになった。だが、ひとりではそれはできなかった。
 普通に遊べないことに、いまさらながら苛立ってきた…
「…な、んと、して、でも、うごかして、や、る…」
 かすがはなんでこんなにムキになっているんだろう?
 佐助はあえて、つっこまなかった。というか、今は話しかけないほうがいいだろう。
 微動だにせず、かすがは肌寒い今日の陽気のなか、ひとり額から汗を滴らせていた。
 動かすことにこだわらなくても…。
 他の、バランス感覚を鍛えるような遊具たちに乗りながらその様子を見ながら、ちょっと呆れる。かすがの負けず嫌いはどこからくるんだ…
「むりだって。これ、かなり重いから」
 とん。そういいながら、佐助はかすがを見下ろし角の部分に足をかける。
「昔みたいに、ふたりで漕げばすぐだ」
 佐助が、腰を落とし地面を蹴る。同時にかすがも地面を蹴る。
 ぎぎ…。
 ぎこちない動きで、ブランコ型の重いものはわずかに揺れる。
 昔よりお互い、力がある。昔よりその揺れは大きなものとなっていた。揺れの大きさが成長などと、誰が気づくものか。
 風を切る、そんなブランコではないが、なつかしさに目を細める。
 こんな時間も、悪くはなかった。
「……懐かしいな」
「ああ。昔に戻ったみたいだ」
 ブランコを降り、二人は力を使った気だるさに身を任せ、ぼんやりとしていた。佐助は空を見上げ寝転がり、かすがは膝を抱えて座っている。
「でも、」
 言葉を途切れさせる佐助に、なにを言いたかったのかと視線を向ける。
「…最っ低な遊具ばっかだよな〜〜〜」
 ごもっともだが、溜めて言うほどのことでもないくだらなさに、笑う。

 ――よくこんな所で少年期を過ごしたもんだ。お互いに。

 ひとしきり笑ってから、風になびくかすがの髪を見ていたら、ふと思い出す。
「髪。伸びたよなぁ…、それはいいんだけど、橋。覚えてる?」
「橋?………いや」
 橋。
 それは、山道につくられた今にも折れそうな橋のこと。薬草の材料が必要なときにはそちらに向かうが、師匠も佐助も、あくまで飛び越えて渡る。
 つまり、ほんとうの意味で渡ることのできない橋なので、『橋』という名前は厳密にはおかしい。『橋だったもの』というのが正しい気がしてならないが。
「久々に、見たくなってさ」
「………なら、行くか」
 まだ日暮れまでは間がある。
 昔は苦労した山道を歩くことには、苦労など微塵も感じない。それだけ自分らは強くなっている。
 かすがは薬草採りを久しくしていない。だからなつかしさを感じる風景に見とれながら、退屈を感じていない。
「まったく、なにもないな。ここは」
 かすがの笑い方がやわらかく、儚く消えてしまいそうなものに見えた。佐助は思わず手を掴む。
「…?どうした」
「えっ、ただ、…かすが、しみじみしてんなぁ〜って」
 茶化す。いつもの道化は佐助らしい。へんなヤツ、と冷たくかすががつぶやく。ぱっと手を離し先へ進む。
 記憶はあいまいだったが、見覚えある道を歩くたびに、過去の糸をたぐりよせる。ああ、ここもあった、こんな道もあった。この木の根でつまづいたことがある。
 他愛無い話は尽きることないままに、やがて辿り着いた橋を見て、かすがはげんなりした様子で溜息吐く。
「おまえ、こんな貧乏くさい橋を見せるためにわたしを連れてくるな」
 確かに貧乏くさい。
 というか、ほとんど風化してしまっている。橋のなりをしたなにか、の間違いだろう。
 もともと、これを橋、というのは間違いだったと思う。枠組みは木だろうが、荒縄のようなもので編み込んであるといった、ひどい代物だからだ。
 これをつくった人は、なにがしたかったのか。一度でも渡った者があったかどうかのほうが気になるほどだ。
 そう思いながら、同時にあの『伝説』を思い出さないのだろうか、と思った。
「これも修行に使ってたのか?なら、渡ってみるか」
 驚くほどのタイミングだった。かすががなにも考えたふうもなく、橋を渡り始めた。
 慌てて佐助も、それに続く。
「危ないって」
「なにを。わたしたちは忍なんだぞ」
 当然だが、重力に逆らって生きてるわけじゃないのだから…。
 橋のくせに、軋む音がしない。代わりになにかが壊れ、崩れゆく音がする。
 どう考えても、ふたり分の体重を支えきれる代物ではなかった。佐助は後悔した。
 渡りきるまで待っとけばよかった! ひとりずつなら、渡りきれたかも。けど……!

 と、ふいに崩れる音。壊れる音。目の前のかすがの頭の位置が、がくんと下がる。まるで地面がないかのように。
 かすがが、木の枠に手を伸ばした。乾いた音を立てて、その枠も剥がれ落ちる。
 どうして。このタイミングで。そう、すべてがこの狙ったかのようなタイミングで下降していく。
「かすがっ!」 
 木の枠を手放す間もないかすがの手を佐助が掴み、屈んだせいで余計にかかった重みに耐えきれず、あったはずの弱い地面は音を立てて下へ落ちる。
 ふたりで落ちていく。
 無理矢理な体制だが、なんとか佐助は下へ向かい俊足を使う。宙を走ったのは、火事場の馬鹿力みたいなもんだろう。
 落ちたのはほんの数秒のことで、地面に仲良く叩きつけられる。その間じゅう、手はつないだままだった。それだけ必死だったというわけだ。
 佐助が駆けたおかげで、かすがは佐助のうえに尻もちをついた。役得と言えば役得だが。見目麗しさのせいか…。
 その重みがかすがのものであると思えば、そこまで腹も立たないのは、彼女の
「ぐえっ。重…」
 なにか聞こえてはいけないものを聞いた気がしたが、助けられた直後とあっては、聞こえないふりをしてやるしかあるまい。
 その呻きのせいではない。さすがに、相手のうえにどっかり乗っかっているのは憚られた。だからかすがは慌てて佐助のうえから降りた。
 そしてうえを見上げ、結構な高さ、落ちてきたのだと初めて気づく。自分の不注意からだったと、痛感せざるをえない。なぜなら、佐助は一度かすがに静止すべく声をかけたのだから。
「……すまない」
「や。いいって。別に。ただ、…ちょっと、疲れたから、も少し休ませて?」
 佐助は相変わらず飄々としていた。そんなに重かったのだろうか、ぐったりと休んでいる様子だ。
 すこし休む、そう言った佐助が体力回復のためにこうやって休んでいる。そのときにどうこう口を出すというのは、あまりに空気が読めていない。そして、かすが自身もまた疲れが出てきたらしい。ゆっくりと休んでいた。
 しかし、休憩も少々長すぎやしないか? そう思う頃、かすがは佐助の顔をすこし離れた所から覗き込みつつ、おい、と声をかけた。
「…あ、わるい。かすが。うとうと、してた…かも」
 などと、間の抜けたことを平気で言う。
 そんなことは考えるまでもなく分かる。こんな状況で眠れるほど、忍修行を受けてきた自分らは無神経ではいられない。できるとしたら……………それは、…体調、もしくは、精神状態の不良である。としか、言いようがない。だが、佐助がそれを隠している以上、助けられた側であるかすがは、なにかを言う資格など、あるはずもない。
 夕焼けは暗い。相手の顔に深い影をつくる。もしかしたら、闇よりも、明るい分だけ暗さを感じる。佐助の横顔には哀愁の色すら感じられるほどに。
 夕焼けに照らされながら、それを意識する風もない佐助は、かすがに訊く。
「この、橋。…伝説があるんだ、って覚えてる?」
 いつしか、思い出していた。橋を渡り始め、落ちてからその懐かしい伝説を思い出していた。
 だが、言葉にするには、ためらわれるほどに、かすかな記憶。
 そんなことを思いながらも、かすがはあまり自信なさげに、目を伏せるように、黙ったまま頷いてみせた。
 頷いたときのかすがを見た佐助は、今までにないくらいにうろたえ視線を辺りに泳がせ続けていた。だが、かすがが「それがどうした?」とという目をして向けてからは、すぐにいつもの平静さを取り戻した。
「この橋を渡ったら、ずっと、…ずっと一緒、って」
「…前に聞いたな」
 懐かしい記憶の糸、辿りながらその言葉は素っ気ない色を帯びている。佐助は微かに首を縦に振る。―――それを肯定ととったか、そうでないかはかすがしか知らないが―――橋らしきもの、否、橋だったかも知れないものを見上げたまま。
 言葉にしてしまったら、なにかが崩れてしまいそうな想いがそこには、佐助の心のなかにはたくさんあった。だから、それは言葉にならない。
 見間違えたのだろうか。かすがの目には、どこか愁いの色が見えた。前にかすがが「くだらない」と言ったこの伝説を思い、今、彼女はどう感じているのか。…知りたくない、そう、思わせるような表情だった。
 佐助は、少なくとも、かすがには口にできない胸の痛みを抱えつつ、多少は休んだ体をゆっくりと起こし、「帰ろっか」と短く、それだけ口にしたのだった。





 自分のこころは、自分のなかでこそ『一番』に大きな問題かも知れないが、その元になる相手に気持ちを口にしなければ、まったく関係のないことなのだろう。
 そして、相手は自分の気持ちを口にされなければ、まったくきづくことがないのだろう。
 実は、そんなところすら、嫌いではない。 ……ミジメかも知れないが、そんな自分が、意外にも嫌いでない自分がいる。
 なんだかんだいって、自分に都合のいい自分が、きっと一番好きな「自分」の姿なのだろう。
 日暮れの空は、なんだか物悲しさを感じさせる。冷えてきた風がそれを増幅させている。



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やっと!
打ち終わった、意味不明だがレンアイ要素バッツン(?)さすが その6。
かすがベースになると長くなるのは、気持ちの問題か、それとも。。。

よくわからないので、アッシは文才もないし、キーボードうちとかって無謀すぎる推敲なしなクソ文章だし、
ダメダメなのはわかっているが、たま〜〜〜に、脳内溢れるネタを書き留めたくて。

じゃあ、睡眠時間足りてないから。おやすみ。

2009/02/23 10:12:02