きっと、あお



 あのドタバタした夏が終わった。今日も聖石矢魔は平和です。あのときと違う、ケンカや闘いなんてない、不良たちもいない平和な校舎で、少年少女たちは学んでいます。もちろん、この少年たちも───

「おはよー」
 間延びした声が耳に届く。梓の声だった。いつもの毎日が、石矢魔高校の面々がいなくなってからというもの、戻ってきていた。六騎生の彼らもそうだ。いままでどおりに戻った。色々とあったけれど。
「おう、おはよう」
 和也は男鹿にあこがれて、見た目が変わった。ただそれだけだった。変わっていない。もちろん、過去のガリ勉のときの彼とは違うけれど、それは勉強をほんとうはやりたくなかったのに、勉強しかできることがなくて、運動系はにがてだったから勉強をしていただけだ。すげーー賢いわけではない。それならそれで、いいな、と思うところもあるが。
 不良になりたかった、というわけではない。ただ、バカにされるような弱い男でいたくなかった。それだけだ。それから一番遠い男の存在、それが和也の思う男鹿辰巳その人だった。彼のそばにいることは、ただそれだけで強くなったと同意だ。だが、彼らの学舎はここではない。彼らは姿形さっぱり消えてしまった。和也のことだけを残して。
「カズくん、今日も学食?」
「ん、んー、ああ。そーだけど?」
 すっと目の前に出されたお弁当のファンシーな包み。どこからどう見たって女子のお弁当袋である。和也は言葉を失いつつ、梓を見た。これはなんだ、と尋ねたかったが声が出ない。意味不明だ。
「あのねえ、オカズ作りすぎちゃったんだ。だから、カズくんの分も。」
「……あ、ありがと、う」
 手を伸ばして受け取るには躊躇われる。もちろん受け取るつもりだけど。
「でも、…っ、コレはねえだろ!」
 強めにいう。やんわりいってわかる相手じゃないことは、百も承知だ。幼稚園も、小学校も、中学校も、そして、高校まで一緒の相手だ。わからないはずもない。だが、梓はきょとんとした顔をして首を傾げる。
 なんで、わかんねぇんだよ!
 怒鳴りたい気持ちと、ありがたいという気持ちがぐっちゃぐちゃに相まって、和也は何も言わずに梓からもらった弁当を自分のカバンへと放り込むように入れてその場を去った。まるで、逃げるみたいに。そこにいるのがダメみたいに。そんなこと、ないのに。

 結果だけいうと、弁当はうまかった。
 梓だけの仕事じゃないのも知ってる。梓のお母さんの味も入っている。そもそもマメに毎日弁当をつくるようなヤツじゃないことも知っている。ガキの頃から知っているというのは、そういうことだ。だからこそ、本当に『作りすぎ』て持ってきたのだろう。嘘がなくて気持ちいいくらいだ。
 和也は逡巡していた。この弁当箱をどう返そうか、と。包みは最初の通り直しておいた。どうせハンカチだって返すのだし、最初の状態に戻すのが筋というものだろう。もちろん、弁当箱はみんなの目をかいくぐって洗った状態で、だ。人から借りたものはキレイにして返す、当たり前のことだ。
 だが、返し方を知らない。家まで行くのは、さすがにどうかと思う。近いけど。だから、メールした。

> 弁当箱、どうすればいい?

 返事はすぐくるのかと思っていたが、きたのは梓自身だった。さも当たり前みたいに。
「カズくん」
 クラス中の視線が集まる。たしかにずぅっと一緒だと知っている者もいる。だが、知らないやつらもいるから、目立たないために一緒にいないというのに。これでは意味がない。和也は内心、頭を抱えていた。
 たしかに、思わないでもない。こんなに近いところにいるのだから、わざわざメールなんてしなくても、と。だが、恥ずかしい、そう思ってしまったから。どうしてそう思ったのか、それはまだ、考えたことがなかった。どうして恥ずかしいと、人は思うのか。その答えはどこにあるのか。
「受け取ってかえるね」
 梓はそんな葛藤を知らない。それを言われて何も出さないのもおかしなことだ。だが、迷う。だって、恥ずかしいから。それは、
「うん」
 和也はサッと弁当箱を出して梓に手渡した。この色って、まじ、どうなんだ。一部の周辺がどよめく。だが、素知らぬふりをするしかない。梓はその重さに納得したように頷いて受け取り、すぐカバンにしまった。それだけがありがたかった。
「よかった」と静かな教室のなかで意味ありげに、梓は微笑んだ。
 まわりの空気感がくすぐったい。それをきっと梓は感じないし、和也は感じてしまう。それだけの違い。何事もなかったように梓は帰っていった。弁当を持って帰る、それだけのことなんだと言い聞かせても周りも和也もやっぱりだめだった。梓が消えた教室は色めきたった。
「今のなんだよ?!なんだよ今の」
 クラスの男子がウキウキを隠せずに和也につめよった。こんなことは過去に何度だってあった。梓はいつだって変わらなくて、和也だけが下を向いていた。嫌なわけじゃないけれど、どうしてか恥ずかしかった。
「なんでもねーって」
 知ってるやつらは反応しない。いつもの梓と和也とのことだとわかっているから。だが、知らない彼らは、
「ただの」
 からかわれる。それが下に見られてるみたいで嫌だ。だが、そんなことじゃない。否定するのは、ほんとうになんでもないからだ。拒否しないのは、嫌いじゃないから。
「おさななじみだよ」
 昔から、からかわれたらかならずいうことば。隣にいるのが当たり前という関係に名前をつけるのなら、きっとこれがいちばんただしいのだ。いつだって、こういって返していたことを、和也は思い出していた。
 なぜかパタパタと足音を立てて梓が戻ってきて、一連の話を聞いていた。いいおわった和也の話をきょとんとした顔で見て軽く首を傾げた。
「アレ?カズくん、いつもとゆってること、ちがうね」
 またみんなの視線は二人に注がれた。だから、やめてくれよと和也は叫びたかった。いわないけど。なぜなら、目の前の梓の顔にことば、意味不明だ。
「帰ったんじゃなかったのかよ」
「わすれものしちゃったんだ。じゃーねぇ
 梓は忘れ物とやらをサッとカバンにしまい込むとこの場を後にした。答えもないままに。気になるだろうが!とまた叫びたくなるのを、和也は抑えている。代わりにクラスの女子が聞いてくれていた。ストレートに。そして梓はストレートに答えていた。
「え?わたしたちはねぇ、『クサレエン』なんだよ」
 ガン、と頭を後ろから殴られたようなきもち。衝撃だった。梓がそのことばの意味をわからないはずはない。ボーッとしているものの、テストの点などは意外にもいいほうなのだ。数学は和也の方が得意だが。
 いわれるまで忘れていた。そうだった。元々は和也がいい始めたことばだ。
『腐れ縁』。
 それは、きっといい意味が含まれてない。幼なじみとはまったく違うことば。
 縁ってきっと、腐れてなんてない。
 そう思ったって、あとのまつり。和也は息を呑んでばかりだ。だからといって何か発言できるわけでもない。ただ、去りゆく梓の後ろ姿に、すがりつきたくて堪らなかった。すがったところで、なにがいえるのかは分からないけれど。弱い自分が。
 沈み込んだ和也の様子にクラスメイトらは後退りながら、状況を(ある意味では間違ったものだったのだけれど。それを彼らは知らない) 察して引いていく。鈍感な誰彼が和也に声をかけるだけだ。
「なあんだ、ただの腐れ縁かよ」と。
 それだけの、たったそれだけのことでズキンと胸が痛んだ。まるで、そうじゃないよ、といっているみたいに。
 きっと、こんな気持ちを梓も、過去に味わっていたのだろうなあと思うと、和也はとてもいたたまれない気持ちになってしかたがなかった。ことばの意味を深く考えず、ただ遠ざけるように言い続けてきたことに反省しながら。そして、自分の記憶の間違いについて疑問を抱きながら、梓のことを考えていた。謝っていた。気遣っていた。
 そんな気持ちをなんというのか、きっと誰も知らない。


21.04.13
お久しぶりです!

なぜかカズアズブーム
勝手にカズアズ。ニライカナイそっちのけで。しかもキャラとか忘れてるけどxxx
一応、カズアズいろんなパターン描いてやろうと思ってます。受けなさそうだけど。

2021/04/13 23:47:17