※ 今までのと趣のちがった姫川と久我山のはなし
※ 過去捏造しすぎてビョーキですぼく

※ 姫川の一番目と二番目の??


ひみつのはな園



 小学生という年代は、軽く見られているがじつは一、二を争うほどに複雑な年代だ。最近、姫川はそう思う。数少ない友人の態度というか、挙動というか、なにかおかしなものを感じる時がある。それは、隠し事をしているとかそういうことではない。なんだか、大人びているような気がして、それを思うとおかしな気分になるのだ。おかしな気分というのは、モヤモヤしたような、言葉にするにはむずかしいような気持ち。
 そういう感じのする友人──久我山のことを、なんとなく気にくわないとも思うけども、なにかを分かっていることを気にもなる。羨ましいとまでは思わないけど、それに近い、ちょっとだけ悔しいような変な気持ち。それを誘発させたのは、久我山の何気ない一言だった。
 その時、姫川も久我山も、サンマルクスの小学校で当たり前のように育っていた。とはいっても姫川はリーゼント頭にしていたこともあり、他のものからは一目置かれていた。というと、聞こえはいいが、気味悪がられたり、変な目で見られたりしていた。だが、サンマルクスの中でもかなり出資をしているほうなので、上──というか、理事連中──からはべつの意味で一目置かれていたし、ヒイキのようなものもあった。それを感じてイキがっていられるほどリーゼントは姫川としては伊達ではないつもりだったし、あまりおもしろいことではなかったけれど、不快とも思わなかった。子供にしては複雑な感情を持っていたわけだが、それを正直に言葉にできるほどの語彙はとうぜんない。

「浮くよな」
「どうしたんだ急に?」
 姫川がある時ボソリとつぶやいた言葉に、隣でケータイをいじる久我山が反応した。
 どちらも親が忙しいので、放課後は一緒に遊んでいることが多かった。そもそも、姫川と久我山はウマが合うというか、考え方などは違うのだが今時の子供というと言葉は悪いが、ゲームが好きだったり、チートデータなどのプログラムを組んだりすることに興味を持ったり、小学生のくせにPCをバラそうと言い出したり。まさに興味の質がよく似ていた。むしろ、久我山は幼稚園の時まではそうではなかったのだが、姫川と知り合ってそういう世界に足を踏み入れたことで、興味を持てたのだったが。それがキッカケでこうして仲良く何年も友人関係を続けている。だが、ふと思ったのだ。それが、先の言葉。急に口にしたのだから、久我山が聞くのは当たり前だとも思う。
「俺ら浮いてんじゃん。べつにいーけど」
「それはそうだ。そんなもの気にするタマか」
 分かったようにサラッと返す久我山が、眩しいくらいで大人びて見えた。久我山ばかりが一歩先で余裕な顔をしているように見える。だが、他にも久我山に対して気になることがあった。だが、気のせいかもしれないと思うので今はとくに話さなくてもいいだろう。
「カネ、ほしいよな。もっと」
 小遣いは十分なほど貰っている。それ以上にほしいんじゃない。儲けたいと思ったのだが、その想いが、ちゃんとした言葉になるのは三年ほど先のことになる。その時、久我山は軽く首を傾けただけだった。ヤツもまた、カネに執着なんてしていないのだ。分かっていて、いった。なんだか姫川は伝わらないことが恥ずかしかった。

 体育の時間になると、時折姿を消す久我山のことが気にかかる。これは最近になってから多いような気がしていたからだ。だからある時、やはり二人でゲームをしながら聞いてみた。
「なぁ久我山、お前、体の調子悪いんじゃねぇの?」
 コントローラの手の動きは止まらないけれど、久我山が息を飲んだのはすぐ近くにいたので解った。もしかしたら、久我山は不治の病だとか? 子供ながらに心配になるが、それを素直に口に出せるほど、姫川はまっすぐな性格じゃない。しばらく久我山の答えを、ゲームをしながらに待つ。やがて久我山が平静を装いながらいう。
「急にどうしたんだ?私はべつに」
「…体育休むようになったじゃねーか。俺はつまんねー勉強よりはいくらかマシだと思ってんだがな」
「元々、丈夫なほうじゃないんだ。ふふ、心配してくれてありがとう。私なら大丈夫だ」
 きっと姫川なら余計なお世話だと文句の一つもいったろうが、その時、久我山は文句ではなく、むしろ、礼まで述べた。思わずゲーム画面から目を離して久我山を見てしまった。その時、久我山はこころから嬉しそうに、じつにやわらかに笑っていた。こんなふうにいつもは笑わないはずだ。どうして、余計な心配されてコイツは笑えるんだろうか。姫川には理解ができなかった。そして、ふと気付く。もしかしたらほんとうに不治の病だとか? そんなことは怖くて聞けない。友人といえどそれを聞いてしまって、実はそうでした〜なんてことになったら大ごとだ。今まで通り付き合える自信もない。姫川は黙って口をつぐむのだった。その時は画面から目を離していたので、アッサリとゲームは負けた。この後、容赦なくボコボコにしてやったが。


「久我山。夏休み時間空けとけよ」
 それは命令口調。だが、久我山はなんだとか食ってかかることもなく、了承した。いい舎弟。姫川はそれだけ伝えてあとは放置。そんなことは日常茶飯事だ。
 小学生最後の夏休み。姫川は珍しく家族で旅行に行くことになっていた。母親がそんなことを声かけてきたからだ。日にちについてはまだちゃんと決まっていない。決まり次第伝えるということを、デジタル機器を使いこなす彼らの間では言葉などなくても分かりきったこと。7月20日すぎに夏休みに入って、8月末まで学校にはいかなくていい。エスカレーター式の学校というものはそれだけで気楽なものだ。ただし、中等部に行くことになると、中学から例のお受験とやらを受けて入ってくるものもいる。学校の雰囲気は初等部と中等部ではだいぶ違うという噂も耳にする。姫川からしてみればどうでもよかった。こんなくだらない学校に入りたがるヤツらとは、きっと気が合わないだろう。

「旅行の日はまだわかんねーんだけど、アロハ買いたいから付き合えよ」
 これは夏休み最初の姫川からの召集文句。久我山はすぐに姫川の元を訪れた。都内の洒落た店をケータイで検索しながら歩く。
「アロハなら、原宿あたりの方が良さそうなこと書いてんな」
 ネットで情報を見ながら姫川がいう──アロハとリーゼントへのこだわりは誰にも負けない。それは姫川の家のものとして産まれたのならば、男子たるものリーゼント。これだけは譲れない。ちなみに、この部分については久我山は頑なに同意しない。というか、誰も同意してくれない──。二人は竹下通りへと向かった。どちらにしても、そこまでは車で移動、店の前に召使いを置いておくのだから親たちの支配下にある。姫川はそんな召使いたちの様子を横目に見ながら、久我山に店の中でコソッと声をかけた。
「つまんなくねぇか?」
「え?」
「撒いてやろーぜ」
 急にふと湧き起こる反発心。そして探究心と好奇心。少年はどこまでいっても少年だ。自由になりたいと広いところばかりを見ている。アロハを選んで金を払う。予想外に安い買い物に、何度も姫川はゼロの数が違うんじゃないかと店員に詰め寄ったのち、唐突に行動しだした。久我山の手を握って店の裏口からまるで子ザルのようなスピードで。そう、召使いたちに見張られてることが、つまらなくてたまらないような気がしたのだ。せっかく冒険みたいに二人で家を飛び出したというのに。久我山はそんな姫川に振り回されっぱなしである。
 店員の制止も聞かずに店の裏から飛び出すと、そこはゴチャゴチャとした汚い裏通りの街並み。そんな通りがあるだなんてその時の少年たちにはまだ分からなくて、冒険心が一瞬でくすぐられる。軽い足取りの彼らはいけないところなんてない。裏通りを歩くおっさんやおばちゃんのすぐ脇を通り抜けて表通りへ出る。西武新宿駅の近くに出たようだ。人通りが多いが、ここではさほど離れていないのですぐに見つかりそうである。姫川はすぐさま駅を指差して乗ろうといった。思いつきで行動するが何も考えていないわけではない。なにかあっても問題のない範囲で動いているだけだ。それを久我山は瞬時に悟って頷いた。
「…やっべー、よくわっかんねぇな」
 そうなのだ。駅に入ってすぐにぶち当たる壁。電車とか乗ったことない。思わず笑ってしまったが、駅の金額表を見て適当にここ!と姫川が決めて切符を買う姿に久我山は賛辞を送る。わからなくても行動できる。そんな強さを姫川は昔から持っていた。真似て姫川と同じ切符を買って必死についていく。こんなスリルも悪くない。
 すぐに乗り込んだ電車の揺れの中で、椅子の上から見る景色はどこか今までと違うような気がした。隣に姫川がいて、隣に久我山がいた。それはいつものことなのに、どちらも気持ちが違っていた。流れゆく景色を見ながら微笑む久我山を横目に、姫川は不思議そうにいう。
「なに嬉しそうにしてんだよ」
「ん、そりゃ嬉しいよ。姫川の行動力ってすごいなぁって思って。私だけじゃこんなこと、とてもじゃないけどできなかった」
 これ、なんだろう。姫川はこういうさもない時間にふと感じることが増えた。一緒につるんでる時間が延びてるはずなのに、どうして解らないことばかり増えてゆくのか。違和感と呼ぶには威力がなさすぎて、危機感みたいに危ういものじゃない。けれど、今まで感じたことがないから既視感でもない。久我山はきっと、しらないうちに大人になっているのだろうかと、豆粒みたいな気持ちを持ってしまうのだ。これをなんと呼ぶのか姫川はしらない。その言葉の代わりに、
「やってみりゃいーだろ」というだけ。
 二人は荻窪で降りた。少し電車でいくつかの駅を歩いただけなのに、どうしてこんなにも風景がガラリと変わるのだろう。ずいぶん田舎に来てしまったという印象。原宿から比べればゴミゴミしていないので、歩きやすくはある。駅から出て、だが、特に行きたいところもないので駅前のコンビニを覗く。あまり興味をそそられる店でもない。
「のどかわいた」
 子どもみたいにいう姫川は先頭立って二人でカフェに入った。本当はこの時点で分かっていた。近いうちに迎えのものがくるだろうと。だが、あえてそれを口にはしなかった。見張られるのはやはりつまらないことだ。どうせ姫川は怒られても反省などしないというのに。
「あれ? あの人……姫川のヴァイオリンの先生じゃなかったっけ」
 久我山が唐突にいう。ちょうど姫川は背中を向けた格好をしている。言われた言葉に反応して、姫川は久我山の指差す方へ視線、体ごと振り向いた。栗色の流れるような髪をした白いワンピースの女性が、あたたかく微笑む姿。その人と向かいあうように若い男もまた肩を揺らしている。話している内容は分からないけど、二人の間で話は弾んでいるようだ。終始和やかな雰囲気でお茶している。
「いわなかったっけ、俺、ヴァイオリンやめたんだぜ」
「知ってるよ」
 店員から届いた注文のコーヒーを飲みながら二人は慣れないことをした疲れをしばし癒す。少し大きめな椅子なので脚を投げ出しても地面につかない。むだに脚をバタつかせてブラブラさせた。そんな他愛ないことがいちいち新しい。
「君があの先生のことを好きになったからだろう?」
「……っ、あのなぁ」
 図星だった。前に久我山には漏らしていたけれど、どうやら親にもバレバレだったようで、すぐに先生を変えられた。子どものことなんて態度ですぐわかる。親はあまり子どもにかまっていなくても親なのだった。先生を変えられたことに反発して、姫川はもう楽器なんかやらねぇと騒いだことが数年前にあった。それ以来、彼女を見たのは初めてだ。そういえばこのあたりに住んでるとかいっていたような気もする。来たことがないので覚えていなかったが。
「姫川はああいうおしとやかな感じの人が好きなのか〜。意外とベタだな」
「っせぇなぁ…」
 こんな話をしたいわけじゃないのに、と姫川はイラついた。だが、口ゲンカは今の状態で勝てる気がしない。静かな攻防を久我山と繰り広げながら甘くしたコーヒーを飲んでいると、その若い男女の客二人が先に出ていった。会計は男が払う。彼女の髪は昔よりも伸びていて、お腹が大きかった。なんともいえない気持ち。ああ、そうか。と思う。子どもがいるのか。じゃあ、一緒にいたのは旦那かもしれないな。久我山もそれを見てはあ、と溜息を吐きだした。子どもがいるのか。
「……姫川」
「ん、」
 コーヒーは飲み終わっていたが、姫川はなかなか立ち上がる気になれなかった。白いワンピースの真ん中に、不自然に盛り上がる腹の大きさ。それが不気味に映った。品のないもののようにも見えた。ただ、不快だった。あれから、この店のコーヒーも不味い。胸がムカムカとムカつくような気分。それを見抜いてか久我山は特に今までなにもいわなかったのに、声をかけてきた。
「目が赤い」
 まったくこいつは。人が気弱になっているときにだってよくもヌケヌケと。そう思う。だが、それはいつも姫川がやってきたことだ。だからいう資格なんてない。でも、それを無視していうのが姫川という男で。
「お前にゃわかんねぇよ」
「わかるよ」
「いや、わかんねぇ」
 無意味な言い争い。言葉になんてならない気持ちもあるのだ。姫川から出た言葉は。

 子どもの恋なんていうものは、遊んでいるうちに忘れ去るもの。それなのに、ああして久我山の前でひどく動揺してしまった自分にショックを受けたというのもあるし、子どもがいるということにもショックを受けたというのもある。また、あの女はこっちがなに食わぬ顔で今、近づいたらどんな顔をしてくれるだろうかと考えたことも。
 結局、数少ない恋とかいうやつの経験はまだ引きずっていて、それをべつのなにかに置き換えたいと願う日々がゲームとか遊びとかにすり替えられていく。薄れてはいくのだけど、忘れはしないというのが記憶のつらいところだ。
 ちがう。
 恋がどうのってことじゃない。あの人に子どもができてたのは驚きだったけど、やっぱり初めてのキスの威力って、きっと記憶のなかですごいんだろうな、とそう思わざるを得ない。ヴァイオリンの家庭教師だったあの先生に、その時の姫川はたしかに夢中だった。好きなので顔を見てはドキドキしていた。どうやって気を引いてやろうかと、そればかり考えていた。学校の授業そっちのけで、教科書に落書きをしながら先生の顔を思い浮かべる。実際に会ったらはしゃぐ。騒いでみる。ヴァイオリンの練習。わざとからかう。恋人がいないという先生の照れた顔。そのピンクに染まった頬をもっと染めてやりたくて言い放った。
「嫁の貰い手がなかったら、もらってやるよ」
 笑われた告白と、コンクールで優勝したらキスしろとむちゃをいうガキ。すべてが子どもじみてて今になると情けない。

「俺、あの先生と、キス、したんだ」
 キス…と久我山が呟いた。ほかにはしばらく言葉がなかった。どこを見れば良いかわからず、視線をくにゃくにゃと泳がせたあと、久我山はどこか遠くを見るようにその目に、近くのなにをも映さなかった。無言のままだった。だが、それでも隣に誰かがいるということがこんなにも支えになったことは今までなかったかもしれない。
 時間にしてほんの20分くらい。久我山の使いのものたちがそこのカフェ店に入ってきて、二人を捕まえて強制的に連れ帰った。べつに怒られることはなかったが、あとから各々、母親から小言をいわれる。
 時限付きの自由は、いつでも尊い。



「日取り決まったから、用意してうち来いよ」
 8月に入ってから姫川は久我山に連絡を入れた。久我山と姫川の家族ぐるみでの船の旅だった。お盆前の一番暑い時期。沖縄にいくんだと聞いていたが、蓋を開けたらそこは沖縄ではなくて鹿児島の南西のほうにある小さい島を買ったとかいうものだった。話によると、沖縄より鹿児島の島のほうが隠れた名所というのが存在するだとかなんとか…。子どもたちにとっては遊ぶ環境があればそれだけでいいのだが。


「マジウゼーわ。絡んでくんだろ? あんなもん飲めねーよ」
 夜が近づくと大人たちは酒盛りが始まるので、子どもたちというか、一人っ子同士な久我山と姫川だけが大人たちから逃げ、甲板に出てきてゆらめく波を見ていた。さすがにテンションの高い大人たちの相手はしていたくない。数年後に自分たちも同じようにクダを巻くだなんて想像できない年齢だ。酒を飲んだ大人はウザいとしか感じられない。
「この前買ったアロハ!」
 夜風のなかに羽織ったのはそれ。ひと通り見せびらかして笑いあう。久我山の服装は、じつに品のいい麻の七分袖のシャツに短パンだが、かなりダブついたものを着ている。聞いてみると、この間原宿あたりをドタバタしていたあと、日焼けのせいで皮が剥けてひどい目に遭ったというので、あまり外では袖のないものは着られない、肌の弱さなのだという。この旅に連れてきてよかったんだろうか?
「ああ、それは安心してくれ。かあさんにいい日焼け止めクリームを教えてもらったから」
「お前も大変なのね」
 ガキでも、個々にたいへんなことはあるのだ。
 そのあと、他愛ないゲームの話やら、学校が休みだった間の近況やらを互いに報告しあった。話題は尽きない。境遇が似ていて、同じような環境にいる友人は他にいない。みんなもっと中流家庭だ。どうしたって上流すぎる二人は、嫌われなくても孤立する。それをうまくいえなくて、彼らはいつも「つまんねぇ」を合い言葉みたいに使っていた。物があるだけが幸せなんかじゃない。カネで買えるものに魅力を感じない小学生なんて、あんまり寂しいじゃないか。
「ところでさ、姫川はこの間大丈夫だった?」
 この間、ということは荻窪まで逃亡した時の話だろう。あの話になると、どうにも姫川はバツが悪い。結局、フられましたみたいな話になるからだ。気にしていると思われるのも癪なので、素知らぬ風を装って姫川は答える。
「なんてことねぇよ」
「うちも大丈夫だった。ただ、日焼けの件についてはいわれたけど」
 久我山は自分の腕を撫ぜながら困ったようにいう。昔より大人しくなったような気がする。ほんの気のせいなのかもしれないけれど。
「へんなこと、聞いてもいいか?」
「は……、ああ、ものによっては」
 この流れだと、あの先生の話だ。と理解したので姫川は先に布石を打っておく。思い出したい話でもない。でも忘れられることでもない。まだまだ時間が足りない。楽しいことだけしていたい。それが無理なのもわかるけれど。
「キス、ってどんな感じ?」
 そっちか。…つうかそっちかよ。なんとなく久我山はズレている。そのズレてる感じも居心地が悪くないのだけれど。
「…っ、そんなの、知らねえ」
 久我山は訝しげだ。したくせに知らないわけがない、といわんばかりの顔で、それは責めるような目。
「覚えてねえよ。ケッコー前だし」
 言い直したが、どこまでも自分の言葉は嘘っぽいな、と姫川自身も感じた。だからといって、女々しくぐじぐじと話すつもりもなかった。だが、これだけはいっておこうか、と思い口を開く。
「でも、この前はあの腹見て、ゲッて思った。なんかああいうの、冷める」
 本音だった。どうしてそこまで拒否感を覚えたのかは分からない。だが、大人になりかけの少年たちはいつの時代も複雑で、背伸びばかりしている。理解できないけれど、精神世界に潜り込めないことが気持ち悪いのかもしれない。
 気がつくと姫川の口は抑えられなくなっていた。彼女に届かない罵詈雑言だと判って、それでも女々しく吐き出す想いが昔の恋を風化させようと粘っているみたいだ。情けない。だが、形じゃない感情のうねりは、他へ漏れない船上ではどこまでも緩慢だ。ここでは久我山しか耳にしない。久我山しかいない。
「あの女、ヤリまくってます、って言って歩いてるようなもんじゃねーか。気持ち悪ぃ」
 しあわせそうに柔らかく微笑む彼女の顔を思い出して、たしかに悪寒がした。人の気持ちというのは、いつの世も勝手なものだ。自分の気持ち次第で見え方の一つ一つが、勝手に悪意を持つのだから。久我山はそんな姫川を見ても驚いた素振りも見せない。そういう冷たいところがあることを、昔から知っているからだ。それでいてずっと友達。むしろ、どこかホッとしたみたいにふうん、とだけ返事する久我山に、姫川はどこか安堵すら覚えた。毎度、こいつには救われる。
 だから、考えたこともないようなことをふぅっと口に出した。それは、ただの馴れ合いの言葉だったのに。
「俺、許嫁とかってのがいるらしーんだけど、ああいう女なら厭だな。どーせなら、お前みたいなのがいい」
「えっ」
 その時の、瞬間に耳まで真っ赤になって黙りこくって、俯いて顔をあげようともしない久我山の態度は、今まで見たこともないようなものだった。いや、これ、馴れ合いの言葉みたいなもんだって。だから姫川も慌てた。
「バッ、バカ。お前さぁ、そーいう意味じゃねぇって! 大体お前女じゃねーんだから、マジにとんなよ」
 すぐあとに慌てて顔を隠しながらバタバタと逃げていった久我山の後ろ姿を見て、なんだか気持ちが落ち着かなくなった。
「泣いてた…? わけじゃねぇよな」
 恋バナというやつは女がするもんだと思ってた。だから、ふと、同性のダチからされた時にこんなに動揺するだなんて、夢にも思わなかった。船上でも海風があるのに、まだ熱っぽい。あんなわけのわからない話なんかするからだ。姫川は久我山のことを心配しつつも、頭を十分に冷やしてから船内の室内へと戻るのだった。

 次の日の久我山はいつも通りだった。だから安心して島の旅は楽しむことができた。金をバラバラ使うわけじゃない、自然を楽しむ旅というのもいいものだ。とくに少年たちにとっては余計に。大いに遊んだ。だが、帰りにはまた久我山は真っ赤になった腕に苦しめられていた。姫川は反面、黒く焼けて余裕の表情だったのだけど。



 売り言葉に買い言葉ってよくいうよな。なんかそんな感じで、あの夜から、いや、ほんとうはもっと前からなのかもしれない。ちょっとした違いとかが分かるようになってきたのは。それが恋と呼べるものじゃないと思い込もうとしてるだけなんだろうか。姫川は自分の気持ちに、一人静かに頭を抱えていた。こんなこと誰にも相談なんてできない。顔色だっていつどおりにしていなきゃならない。おかしいところや、今までの関係に綻びがあっちゃならないんだから。
「やべー…最近、いろんなことがあって頭おかしくなってきたァ」
 せいぜい独り言だってここまで。
 あの夜から考えていた。許嫁なんて、親の勝手に決めた結婚とか、そういうレールに乗るつもりなんてない。親の七光りだとか言われたことも何回もあるけれど、まだ子供だから仕方ないと思って黙っているが、早いうちに親の金じゃなくて自分の金を使うようになりたい。馬鹿にされなくてもいいように。どうせ結婚するなら、肩を並べていられる同等の相手がいい。そこで名前が挙がるのが、久我山ということになってしまうのは、やはり生まれ育った境遇が似ているというだけのことなので、他意はないのだけれど。
 だのに、こんなに気になるのはどうしてだろうか。その理由を探せば探すほどドツボにハマるような気がする。姫川は自分が勝手にふわっと口にしてしまった、何気ない言葉について悔やんだ。一度口に出した言葉は取り消せない。記憶がなくなる必要があるのは姫川だけじゃない、久我山もだ。あの時は独り言じゃない、二人でいた。二人分の記憶が消えたなんて、確証が持てないことを期待なんてしない。魔法でも使えない限りは。考えは突拍子もない、ただの希望に変わる。いくら考えても無意味な願いは考えないほうがマシだ。
 あの時、願ったわけじゃない。隣にいる友達と結婚したいだなんて、思ったわけじゃない。そもそもできるものでもない。性転換でもしなければ。ただ、ずっと一緒を願う気持ちは確かだ。それは結婚でなくても構わないものだったし、あの大きな腹を見て不快に思ったのは事実。だが、時折覗く、久我山の女っぽいところにどこか惹かれている自分がいた。そして、大人っぽいところにも。押し付けるでもなく、自然に身につけたそれは、実に姫川には眩しく映ったのだ。そういう部分を姫川は持っていなくて、でも、素直に手を伸ばすことができなかった。なぜなら、それは自分がガキだと認めることになってしまう。負けたような気持ちになってしまう。そんなことを山のように、ぐだぐだと考えた。
 姫川はそれらを口にしないので、答えはない。そう、彼の頭の中で、その答えを断定しなかったからだ。答えを出すことが怖かったから、出さないことを選んだだけのこと。
 どちらかが、今以上のものを望んだのならきっと、今が壊れてしまうから。すこしでも今が長く続きますように、彼は気持ちを押し殺す。その気持ちは、あの先生を想った時よりも、もっと寄り添っていて温かで、相手寄りだ。こんな気持ちになんと名をつ付けよう? 誰がなんといっても、久我山の長い睫毛に見惚れても、荒れると嘆きながらリップクリームを塗る仕草にドキッとしても、伸びるのが早い無造作にハネ揃えられた髪に触れたいのを隠して、モジャモジャにいじくり回したとしても、姫川はその気持ちに“マブダチ”と古臭い名をつけるのだけれど。


15.06.17

気がある姫川のターン
まぁ捏造もいいとこなんですけど、、、
ええと、今回は絶対に「好き」といわないヤツに好きといわせる企画です。勝手にやってます、ありがとうございます。
しかも捏造すぎてさっぱりわからん上に、なにがいいたいかもわからんくなりましたね。ゴメンなさいね〜。文章がへたで伝わりにくいんですわ。というか、伝え方がまたひどいというか……わたしもまたブレてるんですよね、書きたいこと?が、まとまりきらなくて本当、申し訳なかったです。

簡単にいうとこれは、ただ姫川がひたすらに久我山のことを考えるだけの話ですね。もうアホかーってなりますからww
認めないってがんばってる姫川は間違いなく認めてるんです。認めてるから躍起になるんです。それだけです。

伝わりにくかったとは思うんだけど、どんどん大人になってく久我山を見て、まだまだガキのまんまな姫川はちょっと恥ずかしいというか、背伸びしたい気持ちになるんですね。
でも単に気にくわないっていうガキっぽいところをもっとうまく見せられたらなぁって感じです。
ここは男女の違いですよね。女の子は急に大人みたいな顔しますから、男はポカーンッてなるんです。

つ、次は男鹿だ…っ!
2015/06/17 17:49:38