夢繋ぎ



 前の話になる。
 ほんの一時だけ、二人の弟子を同じ部屋に泊まらせていたことがある。
 よくよく考えてみれば、思春期ともいうべき年の頃の男女の別もある子ども――むろん、当人らは否定するだろうが。子どもは背伸びしたがるから、子どもだというに。――を同じ部屋に寝起きさせていたのは、なんとも間の抜けた話だったように思う。気づいてからすぐに部屋を別にするよう、申し渡したのだが。
 子を育てていない男というのは、この辺りがとても鈍いというか…。気づいてすぐに反射的に行ったことというのは、自分のアホさ加減に笑うことだったのだから。
 まったく、この年頃の子どもらの分かりやすさといったらない。笑わずにいるのがたいへんだったように思う。
 相手を意識しているのが、丸分かりなのだ。
 まぁそうかもしれない。年の近い男女が一室に一緒、しかも寝起きを共にする、ということは、普通に考えたら若さ故の過ち〜…などという間違いを犯さぬためにも、あえて外す部分であるはず。まして、これまで修行だ何だと己のやりたいことも押し殺して生きてきた子どもらだ。おとなになっていく異性を意識するだけで、勝手にやらしい想像をするというもの。あの十日間は、特に“彼”にはかわいそうなことをしてしまったものだ。
今さらだが、心のなかだけで言っておこう。
『……すまん』。

 一緒に寝泊まりしていた一日目。
 これが堪らなかった。部屋に行くときは別におかしな空気もなく、まだ互いに馴染みきっていないながらも何とか打ち解けようと、修業の話などしながらふたりで歩いていった。部屋の襖が閉められて、すぐに物音がしなくなった。このとき「疲れてすぐに眠ってしまったのだな」と思っていた。
 彼女はまだいい。修行は数か月を迎え、もう慣れたものだからだ。だが、彼の方はまだ来たばかり。わしのことも彼女のこともしらぬわけでもないが、気心がしれている間柄でもない。気遣うのは当然のことだろう。否、その暇さえなかったかもしれぬ。彼には家族との別れを超えるという、ひとつの試練があったばかりなのだから。それでも涙こぼさず気丈に振る舞う様は、見事としか言いようがない。
 だが、そんな精神的な疲れを吹き飛ばすが如く、彼は肉体を痛めつける、という表現が一番しっくりくる忍の修行を今日、言うとおりにやってのけたのだから。その疲れとは半端なものではなかっただろう。
 その予想を裏切って、次の日、ふたりはどちらとも負けず劣らず、眠そうな目を擦り擦り現れた。いかにも『寝不足』という奴だ。そのときは「おいおい…」と思わず呆れてしまった。その理由にはピンと来ずに、ふたりに別々に聞いたところ、まるで口裏合わせたように、
「眠れなくて………」
と答えた。そのときは思わず大声で笑ってしまったが、きっとふたりにはその意味は分らなかったろう。

 そして数日が過ぎていく。
 まだ眠りが浅そうな彼とは逆に、眠れている様子の彼女。同じ部屋に住んでいる割には対照的な反応だ。そのとき気づけばよかったのだが、ここでこちらは勘違いしてしまう。
「夢見が悪いから、よく眠れないでいるのだな」
などと! 我ながら本当に間の抜けたことを思ったものだ。
 忍とは、別に西洋の吸血鬼とやらのように甘い夢を見せて暗殺する〜…などというような、相手に幸福を味わわせるような術は学ぶ必要もないが、その昔に忍妖術とも言える術を覚えていたことを思い出した。かわいい弟子のためにひと肌脱ごう、などと考えて数日間弱音も吐かず修行にうちこむ彼にご褒美のつもりでそっと言ってやった。
「今夜はゆっくり眠れるぞ」
 もちろん、親心のような温かい気持ちで言ったのだ。その本当の理由、そのような術があるなどしらない彼はただ、疲れに任せてゆっくりと眠りに落ちてゆくのを想像したことだろう。複雑な表情で頷いたのみ。
 その夜、ふたりが眠りについたかな、と思う頃に部屋の前に行った。
 特に気になる物音はない。耳のいい我々は、ふたりが生きていることを示す呼吸音を耳にしながら、数十年ぶりに扱うその術のために立ち尽くす。両の目を閉じ念を込める。大丈夫、術はしっかりと思い出していた。不思議なものだ、昔のことは忘れない。新しいことは覚えられないのにも関わらず。
 しかし、ここでも間抜けなことに気づけなかった。
部屋にはふたりいた。そんなことは分かりきったこと。ちゃんと狙いを定めない術は、ふたりにかかってしまうではないか!
 さらには、どちらかが起きていればそれは半端に術にかかってしまうこととなり、術は飛散する。
つまり、どちらにせよふたりにかかってしまうということなのだ。
 どちらの理由かは分からないが、次の朝にその事実をすっかりと忘れていたことに気づかされる。

 次の日、ふたりとも初日よりもひどく眠そうな様子で起きてきた。
 よい夢と深い眠りを与えたはずなのに…と腑に落ちない。術のかかりが甘かったのだろうか? などとお門違いな勘違いを実は繰り返していた。そうやって考え込むのも性に合わないので、また別々にまた聞いてみた。
「ずいぶん眠そうだが、昨日はよく眠れんかったのか?」
 彼女の方は深く何度も頷いてその意を表す。
「へんな、…夢をみて……」
「…ほう、どんな夢だった?」
「………忘れたっ!!!」
 急に顔を真っ赤にしてくるりと踵を返していってしまった。理由は分からないが、半ば怒っているような様子も見てとれた。夢の内容を聞いて何が悪い。それに、明らかに忘れたって態度じゃないじゃないか。へったくそな演技しおって…。自分の術が失敗したのかとハラハラしていたこちらは、弟子らの思いなどそっちのけだった。どっちが子どもなのやら…。
 結局よく分からなかったので、今度は彼に同じ質問を投げかけてみた。
「……………へんな夢、をみたんです」
「夢見が悪い、と。…して、どんな夢だったんじゃ?」
 黙す。不自然な沈黙。彼は俯いたまま。彼の周りに流れる空気が、異様な形で歪んでいるような気がした。…不安定なのだろうか?
「どんな夢だった?」
 もう一度同じ問いかけ。今度はさっきよりも強い口調だ。あまり言いたくないのか、彼は時間稼ぎのようにわざとらしくごくり、と唾をのみ込んだ。
「笑わないでくださいよ」
 ひどく言いづらそうに、言葉を濁した。なんなんだいったい。
「……接吻した、夢です」
 …は?
 そんな夢なら普通に見そうなものだが。眠れなくなるような夢でもなかろうに。
 照れ隠しのように顔を歪めて困ったような顔で笑う。彼も顔が赤い。そこまでうぶというのも困ったものよ。
「馬鹿みたいでしょ?」
 いや、普通だと思うが。だからって何でふたりで眠れなくなるんだか…
 と考えていたところで、ハッと気づく。どちらが先とは言えないが、ふたりとも接吻した夢を見たのだ。彼の眠りが浅いうちに術を使い、術が飛散したのかは定かではないが。そしてこの照れの理由はそうだ、びっくりして起きたとき、夢に見た相手がすぐ近くで眠っている。これでは気分が高揚して眠れなくなってしまうというもの。
 術をかけた相手は、この夢の内容を『幸せな夢』であると認識していて、側で眠る彼女に術が飛散し、そのまま投影された夢を見てしまった、というわけだ。言うなればそれは『夢繋ぎ』。

 もちろん、この件をきっかけに彼にはすべてを白状して謝った。だが彼は、夢の中では幸せだったくせに怒った振りをして「いつかその術、おれに教えてくれないと許さない!」と言った。どうやらこちらよりも、一枚上手だ。…その約束は、未来に守ったのだからもう怒られる必要もないがね。
 当然このすぐあとにこちらから命じたのが、部屋を別々にすることだったんだが。間抜けな師をもったふたりの忍の、ある遠い日の平和な話。





* * *


さすがシリーズその3!です。

同じ夢をみる。
これはある意味ではすごく運命的なことなのですが、その運命ってものを物理的にやってしまった、すこし艶消しなお話。彼と彼女が誰であるかは、ご存じのとおりです。「名前をださない」という無意味なコンセプトのもとに目線を上からにして綴ってみた。このつかず離れずで好きとか嫌いとかじゃない、言葉にしがたい距離間はうまく伝わったでしょうか?ギャグ漫画にもありそうな話だけに「うっわ〜ベタ」と自分を蔑みそうです。

2008/12/29 10:08:35