東条と仲間たちの話


痛みは多分、
 永遠じゃないから



 東条英虎はとても落ち込んでいる。それは、周りの誰が見ても分かるほどに。だが、それがどんな理由なのかわからなかった。それは、東条の仲間たちと言われる、相沢や陣野ですらも分からなかった。ただ、時折肩を落とす。それがケンカのやる気のなさにも現れているのに、相手は変わらずバッタバッタとやられるのだ。おかしな光景だった。いつものように強い東条の肩からはオーラが感じられないというのだから。
「強さって、なんなんだろーなぁー」
 やる気のない英虎を見て、思わず相沢は呟いていた。そんなことを口にするつもりなんてなかったのだけれど、声に出てしまっていた。それを聞いていた陣野は表情を変えずにいった。
「心配か」
 短い言葉はすべてを物語っていた。相沢はまるでお手上げとでもいったふうに困ったように笑い、外国のコメディドラマみたいに両手を広げ指も広げてヒラヒラとさせた。分かりやすいジェスチャー。その視線の先には東条英虎の姿がある。いつものようにいびきまじりに机に突っ伏して寝ている。夢の中では元気なのだろうか。友人たちはそれを思うのだが、口にはしない。
 東条はいつも大事なことを言わない。だから周りの、相沢や陣野たちのような者たちには伝わりづらい。それをいってくれるだけで、きっと心は今よりももっと軽くなるだろうことは、容易に想像できるというのに。だが、東条という男は饒舌ではない。きっと、すべてを伝う語彙が無いのだろうことは明白だった。それを分かっているだけに、聞くのも酷な気がするのだった。だが、悩みがあるのならいってほしいものだ。それは友人という立場なのだから当然だ。
「こういう時は……」
 みなまでいわなくても分かる。相沢は椅子の上に座りなおした。深く頷いてから相沢と陣野は見合って、息を揃える。なんとも微笑ましい光景だ。
「静御前、…だな」


*****


「はぁ? 私が分かるわけないじゃないの」
 それは辛辣な言葉で終結した。静は電話の向こうで冷たく、そして素っ気なくそんなことをいう。ええ〜、そんなぁ〜、と相沢がアホみたいに悶えた。すべてを分かっているのが彼女の存在だと思い込んでいたのだ。陣野は確かにそうだよなと思いながら、クスリと笑う。どんなに思っても、今一番近いのは静ではない。そんなことは分かっていたというのに。知りたいのは山々だろうけれど、きっと知りたくても連絡が取れなかったりして、知ることができなくて静はもどかしい気持ちで、何年も英虎のことを心配していたはずである。それを、さも分かっていてとうぜんみたいな態度で聞かれたのならば、機嫌も損ねるというものだ。どちらかといえば、同じ学校に通う自分たちの方が、間違いなく東条英虎という男と近い存在なのだから。
「それは、そうだな……すまん。だが、虎は最近とても元気がない」
「………ふうん」
 静はどうやら興味を持ったらしい。わざとらしく鼻を鳴らして、だが聞くことはなく通話は終了。どーなんだ、それ。静と陣野と東条は昔馴染みではあるが、そこそこみんな素っ気ないので周りからは馴染みにくいかもしれない。相沢が唐突に切れた通話に目を丸くしていた。陣野からしてみれば、いい加減慣れろ、と思うのだが。


*****


 態度は素っ気なくても、静は心配しないはずがない。東条の元気がないなどと、喧嘩も上の空だとか。そんなことがありえるだなんて、見たこともないそんな姿に想いを馳せて、堪らず東条の電話をプッシュした。
「おかけになった電話番号におかけしましたが、お出になりません…」
 機械的な女性ボイスがとても冷たくて、静ははああ、と大きな溜息を吐き出した。どうして彼はこうやってハラハラさせるのだ、私のことを。もちろん静も分かっている。勝手に自分でハラハラしているのだということは。だから、それを東条にぶつけることなど間違っているということも。だからこそ、心の中でぶつけどころのないモヤモヤは溜まるばかりなのだ。
 ぶつけどころのないままに、時だけが過ぎてゆく。それでも東条からの着信を待っているのは、いつものことだった。最近も変わらずバイトで忙しいのは分かっている。時折電話で話すけれど、聖石矢魔から東条らがいなくなってからは、前よりは近づいたけれど、それでもまだまだ遠い。近づけない、そんな距離感。それを思うのも静だけなのだと、分かってはいるのだけれど。

 その東条と連絡がついたのは、次の日の夕方だった。陣野たちから聞かなくても分かるくらいの、気の無い声を出す彼はあまりに珍しくて。
「なんとなく、気になったから………。で、どうしたっての? 一体。元気ないわねぇ」
 単刀直入。最高。
 男同士の友情というものは不思議だ。どうして、こんなにもすんなりと静ならば聞きだせることが、彼らには聞き出すことができないのだろうかと笑えてしまう。あれだけ、あの二人が心配していたというのに、その理由を、東条はあっさりと教えてくれたのだから。
「死んだんだ…」
「えっ?」
 死なんて言葉、東条には誰よりも似合わないと思っていた。それをいうだけで彼はつらそうで、「大丈夫?」静は堪らず聞いていた。ああ、と低く返す彼の声が、少しだけ濡れていた。

 東条英虎。
 喧嘩の鬼のように思われているが、誰よりも心優しい少年であったことを、静は知っている。自分が採取し捕まえた虫が死ぬたびに、彼は人知れず泣いていた。声を出さずに。それは、弱さを見られたくないからというのもあったのかもしれない。何より、悲しんでいる声を、死んでしまった彼らに聞かせたくないからだと、いつだったか東条はいった。涙は黙って流す。それが男というものだと。それを聞いた時の静は呆れかえって笑ってやったのだけれど。だって、どうせ仏さんは見えている。東条が悲しんで泣いている姿など、ありありと。
 笑いながらも、思った。どうして彼はこんなにもまっすぐで、純真な心の持ち主なのだろうか、と。これだけ穢れのない彼のことをすごいとも思ったし、ステキだとも思った。思うことは自由で、それを口にしないのも自由だ。彼のことをどう思おうとも、それを言葉にしてしまえばきっと薄っぺらな何かになってしまいそうで、それを言葉にすることを静はずぅっと長いこと、避け続けているのだった。


*****


 この日の、何時にここに来い。
 そんな短い誘いは、一方的で素っ気ないものだった。静がそこに行った時には、すでに東条の巨体はそこに佇んでいて、両手を合わせていた。それは、喪われた命を悼む合掌。何かに願いを込めて。他の誰も、気にもしてくれない、ささやかで、でも確かにあった命への祈り。東条は相変わらずだ。
「埋めて、あげたのね…」
 いつかのように墓を作り、神ではない何かに祈る東条の姿は、昔から変わらない。きっと、こんなしおらしい姿を陣野や相沢は知らないから、電話を寄越したのだろう。やさしくて、とても強い東条英虎という男の、ほんとうの姿を。
「残りの弁当とか、やってた…。来ないなぁって思ってたら、……死んでた」
 きっと自分も野良みたいな生き方をしているから、余計に感情移入してしまうのだろう。はらはらと溢れる涙は、まだ枯れてはいないようだ。語ることで、当時の記憶が蘇るらしい。
 自分にとって、決して近しい命ではなくても泣ける、東条という人のことを思った。それは、どこかせつない。そして、胸が温まる想いもするのだった。静は東条の大きくて硬い体を抱き締めていった。
「私も、好きよ。やさしい、あなたのこと。…虎のこと。」
 その言葉が宙に消えても。きっと同じシチュエーションならば何度だっていうだろう。その強い体を抱き締めながら。


15.04.24

title : 両手じゃ足りないよ、

おおい。虎と静の、ラブかどうかすらわからんやつですww

昔からのネタとか散りばめてみた。まあ捏造ではございますが。このぐらいならばみなさま許容範囲かなぁと、勝手に。
実は、一昨日だったかな、職場で某ねこの小説読んでチョー感動しました。そのせいで書いたような文章です。お陰でその本を買うために昨日の夜は本屋をはしごしてしまったほどです!

ほんとうならねこどうたら、と男鹿と東条にしようかなと思ったんですが、まぁ本音をいえちゃうのはやっぱり静かなぁと思ってラブ要素にしただけです。ほんとうは男鹿とのバトルもちょいと考えていました。一昨日、ボクシング見ながら東条と男鹿でボクシング試合してくんねかなーとかw 格闘技オタクですみません。

では、また書いていくのでよろです。
2015/04/24 00:39:35