※ 毎度まいど、姫川さんちの夫妻

※ 昨日、お花見に誘われたので
※ 今日、姫川たんじょびらしいので(覚えてなかった…ww



 去年とは違い、休みを合わせる必要もなかったが、竜也は夜しか空いていなかったので夜桜ぐらいは見に行こうかという話になって、二人で観に行くことになった。夜は長袖じゃないと寒いが、薄手のものでも充分なくらいに温かかった。いい日和でよかった、とほんとうに思う。桜を観に来ている人の姿はチラホラとみられる。
「去年は普通に花見だったけどな、こんなのも悪くねぇな」
 夜の闇の中に桜の花弁は白っぽく映える。心まで持っていかれそうだ。見たら気が晴れるだろうかと思ったのだが、もしかしたら逆効果だったろうか。隣に立つ潮の姿は前より華奢で弱々しいものに、竜也の目には映る。最近は雨が降り気味だったので桜の花弁は割と落ちてしまっていた。踏まれて汚れた桜の花の亡骸がどこか物悲しい。それでもめげずに舞って落ちてくる桜は健気にも映る。去年とはまったく違った気持ちで見ている自分自身が、竜也自身も不思議でならなかった。だが、思うことは言葉にならない。気持ちは、あくまで気持ちでしかない。ただ、やれることはこうして花を観に来ることと、潮の隣でそれを見るということ。
「夜桜はとてもきれいだ。心が洗われるようだ」
 潮は、こんなふうに穏やかで幸せな時間がやってくるだなんて思わなかったので、目を細めて微笑んだ。心が洗われる、その言葉になにか意味があるような気がして、竜也は心の中で潮のことを覗こうとする。だが、自分でも言葉に変換できない気持ちというヤツはどこまでいっても不器用。分かるようで分からないのが気持ちというものなのだろう。流れ落ちてくる花弁が髪や服に絡むようにくっついてくるが、こんな場所にいる以上はいくら取ったって取りきれるものではないので、そのまま放っておくことにする。
「飲む?」
 潮がバッグから取り出した安酒を取り出して、それを見て笑った。なんだこれ、と声を出して。
「こんびに? というところで、買った」
 生まれて初めて、こんな日だからこそ庶民的なことをしてみたくて、潮は竜也との待ち合わせ前に近くのお店やさんに入ってみたのだ。セレブじゃない店は、ただただ驚きだけがあった。見たことのないほどの安い価格の物という物が売っている空間。こんな価格で物が買えるなんてことを、みんなが当たり前にやっている当たり前のことを、潮は初めて目の当たりにした。それがなぜか、とても嬉しかった。反面、竜也もセレブではあるものの、石矢魔高校に通い出してからというもの、普通の暮らしというものを見て、やって、知っていた。それでもまだまだセレブな生活しかしていないのだが、潮はそれ以上のものだ。その安酒を手渡されてプルトップを開ける竜也の指先すらワクワクしながら見るといった有様。夜でも分かる目の輝きといったらない。
「おいおい」
 そんな潮の姿に呆れため息まじりに、竜也はひと口酒を啜りながらその味の悪さに苦笑いすら浮かべた。安っぽい味だ。酒というよりは、アルコールを混ぜたなにかだと思う。眉を寄せつつその酒を潮に渡す。相変わらず嬉しそうな表情の潮は受け取ってすぐ酒を煽る。飲んだことのない、コンビニの酒の味は潮の中では大事件だった。こんなお酒があるだなんて。しばらく目を瞬かせて、こくこくと何度か咀嚼するように飲む。その生まれたてのヒヨコみたいな態度は、今までの潮には見られなかったものだ。可笑しくて堪らない。竜也は別の意味でくつくつと笑うと、はたと気づいた潮は竜也のほうを睨んでどうして笑うのだ? と不満な顔をつくった。
「どうして、ってそりゃーお前…」
 あれ。今、俺なにいおうとした? はたと竜也は気づいてとどまる。言葉は想いが強ければ強いほどにうまく溢れ落ちない。桜はこんなに美しく舞うのに。やわらかな潮の髪を撫ぜ、軽く抱き寄せその唇に瞬間、そっと触れる。きっとこのほうが言葉よりよりよく伝わるだろう。その唇からの香りといえば。
「まずい」竜也は笑った。
「そうかな? 私は、嫌いじゃない」
「お前は酒の味がわかんねーんだよ」
 元来、そこまで飲むほうではない潮だ。竜也がいうように確かに味など詳しくはないからそんなことがいえるのだ。こんな安っぽい酒、頭が痛くなるぞ明日、といいながらもまたひと口飲む。うまくはないが飲みたくなる。桜の魔力だ、と竜也は思った。桜の魔力だろうか、目の前にいる潮はやさしいような微笑みを浮かべている。
「それはしかたない。私はお前ほど早く酒を飲み出さなかった」
 それは、ただの言い訳にしか過ぎない。アラサー世代の彼らの話すような内容じゃない。つまり、それだけ潮は世間知らずだということで。そんな潮でも分かることはある。酒に弱くても、少しだけしか飲めなくとも、感じられることは。共有できる思いは。
「じゃー、味の分からんお前に全部やるよ。飲めっての」
 竜也は要らないそれを、そういってのけ。潮はそれをまたもうひと口クイと飲んだ。そして目を互いに合わせて、理由は分からないけれど笑えてしまう。そんな空気だけれど、桜ははらはらと残りの花弁を地へと散らし続けているし、そんな背景の中で風情を感じられないほどに脳みそは溶けていないようだ。いつもより溶けたような笑みで潮は笑う。気のせいだろうかと思っていたら、急に真面目な顔をした。
「竜也、お誕生日おめでとう。私は、うれしい…とても、」
 え。
 竜也はそんなことなどすっかり忘れていたがいってもらえるのは、もちろん嬉しいことだ。潮は覚えてるというのだから、否、覚えていてくれているということなのだから、ありがたいことだ、とも思う。それは言葉にはならないのだけれど。竜也はそれをどういえばいいのか分からなかった。なぜなら、竜也自身としてみれば、歳は自動的にとるものであり、ありがたいものなどではないと思っていたからである。むろん、過去に誕生パーティなどというものを何度も体験している。
「あ、あ……そう、か…」
 潮が笑う。竜也は返事をするだけで終わってしまっていて、どうでもいい。竜也の心の中では誕生日なんて面倒で、ただ単に歳をとるだけのどうでもいい日に過ぎないのだった。だから、こんなふうに祝ってもらえるのは初めてありがたいけれど、複雑な気持ちだ。嫌じゃないけど、おかしなかんじ。これをなんと呼んだらいいのか、竜也は分からない。そんなことをまったく考えずに潮は、外とかそういうことすら構わずに抱きついてキスをして。
「竜也! 私からはあげられるものなんてない。だから、せめて私を、身から心まで、すべてをプレゼントしたい」
 竜也は、今までモヤモヤしていた思いなんてどっちらけ。まずい酒の味をする唇に再びキスをして抱きしめた。ああ、これもきっと、桜の魔力なんだろう。勝手に脳内で言い聞かせ納得。健気な潮に対して思ったことを言葉にすることなんて、きっとこれからもないのだろうな。そんな冷たくて甘いことを竜也は思いながらやわらかなところに吸いつくのだった。
 


桜の舞う季節に僕等は帰る




15.04.17
こんばんは、お疲れさまです。

前書きのとおりです。
姫川誕生日文になりましたが、そういうつもりはまったくないよーん!っていうやつです。
ちなみに、この二人は帰って?から、エッチなことをして寝ますw


前回の花見ネタとはまったくチガウんだけど、それをいいだせないまま終わってしまった。ごめんなさい。もう少し二人が前に進むには時間がかかりそうです。よろ。

水葬
http://knife.2.tool.ms/
2015/04/17 22:20:20