恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ 10




 古市は迷っていた。それは、葵のことだ。いや別に、俺自身は関係ないんだけれど、というか、それどころじゃない出来事が起こっていた。男鹿の身に。それを葵にどういえばいいのか。葵がショックを受けないように、誰に相談するべきか。寧々か、哀場猪蔵か。古市は必死で智将(自称)らしく頭をひねっていた。男鹿は無事なのか。今はどの程度の状態なのか。魔界から転送されてきた古めかしいビデオテープは、まず、再生するだけでかなりの気力を要した。今時VHSの再生機なんてねぇーよ!! と叫んだのも束の間、ラミアからの再生機の後付け便により再生は叶った。面倒ながらもコードは買わなければならなかったが。このくらいの出費は、男鹿のためなら致し方ないことだと内心言いきかせて、実は心の奥のおくで後から、無事帰ってきたら絶対に払わせてやると誓いつつ観た映像。それを見た葵はどう感じるのだろうか。もちろん哀場も。古市はモヤモヤしたままだった。
 で、寧々に相談した。
「寧々さん今日もきれいですね」
「は? 死ねキモ市」
 しかも挨拶で撃沈。鼻の穴にティッシュ詰めたろうか、と思いつつもじゃなくて〜と話を進めることにした。余計なことには目を向けない。そういう意味では古市は天才的な才能の持ち主なのだ。
「大変なんです。魔界からビデオテープが送られてきて、それに」
 寧々もはっとして言葉を失った。そして、先に上映会をすべきかとウダウダやったが、その日のうちに葵にも知らせるべきだという話になったのだ。しかも、ワアワアやっていたために神崎にも聞こえていた。「俺も見る」とさも当たり前のように短くいうのだった。寧々と二人きりの時を望んでいたわけではないけれど──それでも、すこしだけ期待してしまうのが男の性というものだろう。──やっぱり、そこそこ落胆した。恋人でも何でもないけれど、シャワーシーンを見たことのある古市としては、寧々といちゃつきたいという気持ちが強いのである。

 それはさておき、古市の家にみんなで行くことになった。メンバーは古市、寧々、哀場猪蔵、葵、神崎、花澤である。ううん、ある意味ではトリプルデートみたいで望ましい展開になっている、と思いたいのは男どものみ──神崎はどう感じているのか古市は知り得ないが──のようで。葵には男鹿のことで、と話したら哀場の前だとかまったく関係なく取り乱し、きっと哀場も少なからずショックは受けたろう。それを心にしまいつつ古市は彼らを招いて自宅のリビングにてビデオをセットした。誘い文句は、
「男鹿から連絡が来た。ビデオレターで。ただ、今、男鹿はピンチらしい」
 その言葉で、葵は顔色を変えながらも弱いことはいわなかった。ただ、「見せて」といった。もちろん、わざと哀場猪蔵も一緒にいる時にいったのだけれど、当然哀場は着いてくることになった。むしろ、男鹿がどうにかなってしまった時のストッパーは彼のことだろう、と古市は感じている。人とは弱いものだ。遠くにいる愛おしいご主人様より、近くに、否、隣にいてくれるやさしい男に縋りたくなるものだ。それを耳打ちした。そっと、できる限り葵には知られないように。だが、哀場猪蔵は大きく「任せとけよ!」などといつものとおりでかい声でいうものだから、あまりに無意味。今までの気遣いは一撃の元に打ち砕かれたのだった。訝しげに葵から睨まれて、笑ってやり過ごしたつもりだが、きっとバレバレだろう。
 そんなこともあったが、みんなビデオテープを見ると黙り込んだ。それはそうか。男鹿がピンチらしい。そんな謳い文句で集まったのだから。実をいうと古市だって信じられない気持ちだ。確かに古市も過去に魔界に向かった。けれど、まさか男鹿が。そんなことを思いながら本体の再生ボタンを押し込んだ。

 あまり鮮明とはいえない画像。どうやら魔界のデジタル事情はこちら人間界から比べれば大幅に遅れているようで、それを鑑みれば焔王があれだけオンラインゲームにハマっていたけれど、あまりにヘタクソだったのも頷ける。
 流れる映像はブレブレで、人によっては酔いそうな場面もあった。だが、そんなヤワなことで酔うものはいなかったけれど、その場面のあまりに、なんといえばいいのか。破壊力のある映像というか。上を映せばそれは気合弾みたいなものが空を舞っていて、今の日本みたいに高層ビルなんて建てられるわけもない。こんなビーム砲みたいなやつが飛び交う世界では当然。そして、男鹿が戦っている状況が映し出される。それは凄絶な光景だった。人間の戦いなんかじゃない。魔力と魔力のぶつかり合いだ。今まで見たことがない。男鹿が手から何やらよく分からん弾を撃ち出すとか。その色は黄色だったり、時に青だったりする。だが、その威力のほどは分からない。ドォン、という音がスピーカーからするだけで、地響すらしてくれない。それでも、みんな映像から目が離せなかった。
 男鹿が相手にしているのは羽の生えたやつで、意地の悪そうな、男鹿みたいな嫌味な顔をしていた。だが、それよりももう少し男前かな、と葵以外は思ったかもしれない。まとう雰囲気が違うせいかな。それはいい、そいつが「死ね」といって宙に浮きながら両手、両足をのばして、そこに気を溜め出した。マンガみたいに見えるやつ。ごおごおと風みたいな強くて揺れるみたいな音がしている。その音がなんの音なのか分からないけれど、だんだんと気みたいな塊が大きくなっていく。気の色はみどり色。生きる色が、目の前の男鹿を殺そうとしているだなんておかしなものだ。しね。
 それに合わせるように男鹿はぼろぼろの身体で構えた。身を固くしながらも、握った手には元気玉みたいなやつをためるつもりで。そう、いつかみたいに。それを見ると彼が石矢魔で培ってきたさまざまなことを忘れていないということを感じられる。それはこのメンバーたちにとっては、とても嬉しいことだった。だが、喜んでいるヒマなどない。男鹿は左腕に巻かれた包帯をビリリと勢いよく破いた。それは男鹿の手から離れた途端、気という名の風で舞っていく。そこには蠅王紋がグルグルと描かれていた。きっとベル坊の魔力によって描かれたものなのだろう。それは肩までを覆っていた。前にはなかった男鹿の身体の変化だ。
「こぉい!」男鹿が叫ぶ。
 すると、その呼び声に大地が揺れる。呼応しているみたいだ。男鹿の力が前よりも人間離れしているのがよくわかる。石矢魔の面々は言葉を失う。ぼろぼろの男鹿が映っていても、目が離せない。空が、大地が揺れている。VHSのしょぼい画面でさえそれが伝わる。雲の切れ間から黒い、長いヘビみたいな。あ、違う、龍が現れた。黒くて禍々しい、魔界に相応しい龍の姿だ。ごおごおと鳴る中で、そいつが男鹿へ目掛けて来る。大きな口を開けて。呼んだのは男鹿のはずなのに。そして羽の生えたやつが下品に大笑いした。
「まだまだ召喚なんて甘え! 喰われろ」
 その言葉通り、黒い龍は男鹿へ向かってそのままバクリと男鹿を飲み込もうとした。だが、それは逸れたようで。だが、男鹿の姿は遥か上空へ跳んでいた。着地する時に分かる。ない。あったはずの、ものが、ない。みんながビデオの映像を見ながら息を飲んだ。遠目に見ても男鹿はフラフラしながら、あったはずの腕を見つめる。血が流れていた。夥しいほどの量、ぼたぼたと。男鹿の、あの紋章だらけの腕が喰われた。葵が声を上げる。
「お、男鹿……。いやよ、いやぁああああああぁ!!」
 悲痛の叫びは、他のメンバーの胸にも痛い。特に、哀場猪蔵には痛むだろう。自分なら、こんな心配はさせないのに、と。神崎がずーっと呻いているが言葉は発さない。ちょっとウザい。キッと寧々に睨まれておとなしくなった。なぜか花澤も泣いた。男鹿は映像の中で諦めてはいないようで、弱々しい眼光にはなってきていたが、いつものように敵を睨みつけていた。土下座させてやる。いつもの男鹿の目だ。だからきっと男鹿は負けない。腕がなくとも。そう古市が感じた瞬間、パッと瞬間移動みたいに男鹿は黒い闇に消えて、すぐ羽のやつの真ん前に現れ、ある方の腕で思いきりブン殴った。減り込みパンチ・改、とかダサい名前をいった。ああそうか、古市は一人納得する。男鹿は見たかったのだ。ドラゴンボール改を。けれど魔界では見られないしイライラしているのだ。その気持ちを羽のやつにぶつけたのだ。そんな思いとは裏腹に、神崎が「ダサッ」といった。葵と花澤はこんなに暗いのに、石矢魔メンズは変わらない。羽のやつは吹き飛んで負け惜しみののち、去っていった。どうやら男鹿は勝ったらしい。だが男鹿はぼろぼろのままだ。その場に座って、画面はブラックアウト。男鹿は、男鹿は無事なのか? チラチラした黒い画面だけが流れる。そのまま、みんな動かなかった。ボーッとした感じになってしまった。葵は震えて何かに耐えていたし、花澤は泣いていた。そんな黒い画面の中でおかしな声が響く。
「アレ? 俺、今の見たことあるような…」とむちゃをいう神崎の低い声。誰もそれに同意もしないし、反応すらしないという。いないみたいな扱いをされても、神崎は本気で何かを思い出そうとしているので気にならないらしい。ううーん、と唸っている。黒い画面のままで時間は過ぎていくのに、神崎以外の声がまったく聞こえなかった。本気で心配する彼女らに、バカな男どもは余計な言葉なんてかけられなかったのだ。
「手紙も、一緒についてたらよかったけど………これ、だけだったんだ…」
 古市はそれだけ、絞り出すようにいった。誰もうんともいいえともいわなかった。音が失われた世界みたいだ。そんなふうに哀場猪蔵は感じていた。そして、一人で感じるのはアウェー感。それだけが少し痛い。時計の針はそんな間じゅうも、ずぅっと紡がれている。葵は思った。真っ赤な目をして、溢れ落ちそうな涙を必死に我慢して。だって、泣いてしまったら、それは男鹿が元気じゃないんだよと認めてしまうような気がして、絶対に泣くもんかと強くつよく思い唇を強く噛み締めた。それだけに、哀場猪蔵が感じたことがないほどの空気のピリピリ感。これも、知らなかった葵の姿なんだ、そう感じるしかない。それがどこか哀しくて、そして悔しかった。葵はまだ男鹿のことだけを見ている。男鹿のことしか思っていない。そうまざまざと見せつけられたようで。これだけ好きと言葉で、態度で伝えても。きっとそれは葵の胸にはまだ足りない。まだ届かない。男鹿への思いに、近くにいる哀場では届かない。それはせつなさという感情を、哀場猪蔵に伝えるのだった。
「なんかなぁ……、見たことあるなぁ。なんだっけなぁ…」
 まだ神崎はトロいセリフをいっている。だが、思い出せないみたいだし、この状況を理解していないみたいだ。それに葵は腹が立った。それは勝手かもしれない。自分が恋した人だから、そんなふうに軽く考えられたくないと思うのかもしれないけれど、神崎の今の態度には腹が立って仕方がなかった。隣にいる哀場猪蔵のことも忘れて、サッと立ち上がって神崎の真ん前に向かう。ふ、と陰る暗さに神崎も目を上げた。そこには、悲しみと怒りで、よく分からない複雑な表情をした葵の姿があって。その姿を見て、神崎は何かを思い出す。声が、
「───あ、」
 がっと胸倉を掴まれた。葵の力は思っていた以上に強く、ぐぐいと体が上がる。こんなに力があるのか、と神崎は少しだけ揺らいだが、今思い出したことを忘れるわけにはいかない。と、テレビの黒い画面がガサゴソと揺れて、それは十分くらい経った頃だったのか。ガタガタと、今までの映像とはまったく関わりなく画面が揺れ、そこに誰か人の姿が映し出される。あ、と古市も声を上げる。これは単なる驚きだ。
「男鹿………」
「ヒルヒル」
「…べる、ちゃん…」
 思い思いに、みんなが画面に映し出された彼らのことを呼ぶ。もちろん彼らには聞こえていないのだけれど、それでも構いはしない。ただの呟きなのだから。どう見ても三人が親子。そして、ベル坊を抱くヒルダの隣にいる男鹿は腕が着いていた。さっきのあの映像はなんだったのか。その答えは、男鹿たちの会話にあった。
「よぉ、久しぶりだな。ビビったか? 俺の超必殺技、黒龍召喚」と男鹿。
「あ、黒龍!」神崎が思い出して声を上げる。
「まだまだ修行が足らんな。毎度毎度、腕を喰われていては──…」ヒルダが呆れたようにいう。
「アレ、CGじゃねえんだぜ。まじで俺の腕は何回も喰われてる。でも、コッチじゃベル坊の魔力はむじんぞーらしくって、腕ぐれえ再生できんだ」男鹿は平気といって無くなったはずの、再生した腕をぐるんぐるんと振り回す。
「そうそう、飛影だ、飛影!」神崎がうるさい。その間にヒルダが男鹿に「しーじー?」と問うている。男鹿は「作ったえいぞーのこと」と分かったような分からないような説明をしてまたカメラに向きあう。
「まぁよ、今日はこんな日だし、ビックリできて良かったなー!」男鹿が手を振ると、カメラに向かってくるヒルダ。あ、胸。谷間。これはいいぞ。と野郎どもが思っている間に画像が消えて、テープが終わった。魔界のビデオテープはデッキの仕様により自動で巻き戻してから勝手にガーっと外へ吐き出された。その機械の動きすべてが、なんだか古くさい。そんな動きを見ながら神崎は「幽白かよー」とボヤいたが、誰もその言葉には反応しなかった。この部屋の中での神崎の存在は、ただのKY野郎でしかない。カタカタとアナログな音を立てつつVHSデッキから出てきたテープのラベルには、
『2015年4月1日 魔界より』とあった。
 そこで頭にきたのは葵だった。カァーっときた。こんなくだらない、しょうもない。しかも、撮った日がその日だったとしても、その日から日にちが経っていて、そんな熱だって冷めている。バレンタインだとかホワイトデーだとかハロウィンだとか。そういうくだらなくて、でもロマンのある日のことは、その日のうちに終えるべきだというのに。引きずって日にちがだいぶ過ぎている上に、たちが悪すぎる。腕が一本無くなったというのに、こんなくだらない話だったとは。堪らず葵はその場から勢いよく立ち上がって叫ぶ。
「だいっっっ、っ嫌い! 私は! エイプリルフールなんて、大っ嫌い」
 今までガマンしていた涙がポロポロと溢れ落ちる。それは、悔しさと悲しさと安堵と、いろんなものが入り混じった涙だった。ただ、痛そうだ。そう哀場猪蔵はその涙を想う。葵は男鹿のことだけを想っている。それは分かっているけれど、それでも。哀場猪蔵の気持ちもまた止められない。今は振り向いてくれなくても構わない。ただ、葵にそんな悲しい顔をしてほしくないだけだ。哀場はそんな涙を拭う葵の指先を握って、自分も同じように立ち上がった。石矢魔のメンバーたちに見られている。そんなこと知ったこっちゃなかった。俺は好きだ。俺が好きだ。男鹿のことしか見てない、そんな葵でも好きだし、なにより大事だ。その想いを込めて、後ろから震える華奢な身体を抱き締めた。ぜんぶ分かっている。男鹿のことを思うがあまりの喜怒哀楽。無事を確認して安心したがための怒り。それを含めて、やっぱりどうしたって邦枝葵のことを強く想う。嘘をつかないと誓うから。だからどうか────。


15.04.14

昨日書いてたデータが消えてしまった(諸事情あり、ネットつながらずセーブしたと思ってたのにできていなかったようで…しくしく(T ^ T))ので、最後ら辺の部分が少し変わってますが、流れなどは変更なしです。


このシリーズのくせに、哀場猪蔵と葵ちゃん、そんなに出てなくてすみません。
四月馬鹿ネタなんてやる気はなかったんだけど、男鹿のおちゃめっぷりはシャツだけじゃないんだぜ!ということで書いてみたw
こういう話を文でしちゃう時点で寒くなっちゃうというのはわかってます………でも、いろいろと散りばめてみた。ジャンプらしいネタとかw

神崎と姫川くらいしか幽白ネタが通じないつもりで書いたので、誰も反応しないKY扱いを受けるのは神崎のみになりました。ちょっと珍しいパターンw
あと、寧々空気でごめんなさーい。

細かいところでビデオテープだったり、VHSという話だったり。とにかく家電なワードまで盛り込めたのは地味に楽しい。あとは男鹿とヒルダの時代遅れっぽい会話とか。でも、たぶんべるぜ世代の方らはピンとこないかも?。



この哀場猪蔵と葵ちゃんシリーズなんですが、10という区切りもあって、ここからは二人の仲も進まないかなぁ、と思ってます。
区切りの意味でも、今までのラブラブっぽい雰囲気だったりというのがなくて、べるぜらしくまとまったんじゃないかなあ。いろんなキャラを出さないと、べるぜらしさは出ませんからね。


これを書いてて男鹿とヒルダもやっぱり書きたいような気もしてきました。今まで片手で数えるくらいしか書いたことなかったのだけど、、
でも「たつみ」と呼ばれてドキッとする男鹿は可愛いけどな。
2015/04/14 16:06:16