恋をしている君は誰よりも美しく誰よりも僕に残酷だ 8



 哀場猪蔵は最近の自分の思考について悩んでいた。葵と、どうしてもしたいことがあるのだ。まぁ悩むことでもないのかもしれないが、その哀場猪蔵の空気は周りへ伝染して、ごうごうと吹き荒れる嵐の予感を、石矢魔の不良たちの間では感じていた。
「で、何なんだおめーはよ」
 そう声をかけたのは寧々だった。不穏な空気すぎる件について、さすがに葵と何かあったのではないかと勘繰ったのだ。しかし、哀場猪蔵は「なんでもねぇよ」とプイと横を向くだなんて、さらに彼らしくない行動をしたから余計だ。寧々は面白くなかった。そして、葵だってこの様子では気にするだろうと心配もしていたのだ。
「あんた、アタシをナメてんのかい?」
 相手が男だとか、デコピンで1人をノックアウトするような力の持ち主だとか、そんなことは気にならない。寧々は哀場の胸倉を掴んで自分の方を向かせた。メンチを切ってやると、彼はぼーっとした表情からはたと気づいたように目を吊り上げて寧々をまっすぐに睨み見た。視線のぶつかり合い。不穏な空気が教室じゅうに広がった。葵がいない今のタイミングなら聞き出せるだろうと思ってのことだった。だが哀場猪蔵は口を割らない。ただ睨み返してきただけだ。
「ナメてなんてねぇよ。だいたい、レッドテイルはみーんな俺の恋路を応援してくれてねぇだろ」
 諦めたような、ふて腐れたような態度で哀場猪蔵はぶうたれる。確かに、レッドテイルのメンバーたちは葵の恋の向かう先については男鹿だと思っているので、そんな簡単に応援している者はいない。だが、由加などは「アイバッチ結構よさげっスけどねー」などといっていることは、当のアイバッチは知らないのだ。最近の葵は落ち着いているし、ぽうっとして男鹿のことを考えている時間は減ったように思う。やはり、哀場猪蔵が来てからというもの、葵は目に見えて安定していると思えるのだった。寧々はそんなことを口にするつもりは毛頭なかったけれど、哀場猪蔵の考えを聞きたいと思った。だから手を離して前の席に強引に座った。
「アタシたち、っていうよりは姐さんだからね……決めるのは」
 哀場としてはどうでもよかった。自分の恋路を邪魔する人が減ってくれるのを願うだけだ。いまだにアウェー感の漂う葵と俺との恋の道。というか、葵がまだとんぬらを忘れていないことも分かるから。あまりそういうことばかり考えてしまうと、泣けてきてしまうのだけれど。ここのところ、ずうっとそういった悶々とした感覚で困っていた。そんなことをレッドテイルの連中にいえるはずもない。
「姐さんが気にするから聞いてるんだ。アンタが何を思い悩んでるのかって」
「…葵が?」
 急にその言葉で元気が出た。哀場猪蔵は目を輝かせて、それが本当のことなのか聞きたくてねだるように寧々の顔を見つめた。そんな犬みたいな哀場の様子に、寧々は一気に疲れて重苦しく溜息を吐き出した。
「そりゃーそうでしょうが」
 そういったときの哀場猪蔵の目の輝きといったら。夢と希望を見つけたキラキラした子供の目にしか見えなかった。そこで、あ、と気づく。勘違いしていることが分かったからだ。姐さんが気にしている、という勝手な既成事実みたいになってしまっている言葉に聞こえることに、後から気づく。そうかもしれない、というのは後付けみたいだ。だが、哀場猪蔵のテンションの上がり具合により、それすらいえなくなってしまった。辟易した。
「そ、そ、そ、そうか! 葵が俺のこと、気にしてくれたかあ! そうか、そうかぁ! ううん、生きててよかったーー」
 元気になったみたいだ。その勢いで聞いた。
「で? 結局アンタはなんだってぐだぐだ考えたのよ?」
 その答えが、思っていたより小学生じみていたことに対して、寧々はもはや何も言わない。むしろ、安心したくらいだ。




「葵! 一緒に帰ろうぜ」
 いつもの放課後。葵はいつもと変わらず駆け寄ってくる哀場の姿をみて、べつに逃げたりもしない。彼は今まで葵に危害を加えようとしたこともないし、これからもきっとそんなことをするということはないだろう。それだけは信じられるから断る理由もない。何より、葵としても好かれるのは嫌な気分にはならないのが複雑なのだった。
「どうしたの、機嫌良さそう」
「おお〜、わかるようになってきたじゃん。実はさ、俺、葵に言いたいこと、あって」
「へえ?」
「んま、帰りながらゆっくり、…な」
 だが、哀場猪蔵は内心穏やかではなかった。寧々にはいった。だが、葵にそれと同じことをいうには、あまりに強靭な精神力が必要だった。寧々と葵では、それこそ雲泥の差だ。そんなことを考えながらの道中は、どこかいつもの道なのに何か違っていた。それは胸の中がどこか浮ついていたけれど、良い感じの緊張感。その緊張感の分だけ、いつもと空気感が違うということに、葵が気づかないはずもない。だが、きっと哀場から何かをいうのだろうと思って葵は何もいわなかった。ただ、足を運ぶその音がいつもより、少しだけ静かだった、というだけのことだったのだけれど。そんな些細な違いに気づけるくらいに哀場と葵は距離が近づいていたみたいで。
 葵が見た先には懐かしい公園の風景。ここは近所の。その公園には子供たちの姿が、今日は見えなかった。ママらの姿も。天気が曇り空だからだろうか。雨も降っていないのに。誰もいない公園は、まるでそこにこいと誘っているみたいで、葵はどきりとした。懐かしい公園の風景だった。そんなところで哀場から声がかかる。
「ちょっと座るか?」
 それは、まるで心を読まれたかのようで、飛び上がりそうなくらい驚いた。これを以心伝心とでも呼ぶのだろうか。哀場猪蔵はベンチではなくて、さも当たり前みたいにブランコに腰掛けた。へんなやつ。なるべく顔色を変えないようにがんばりつつ、葵は何気ないそぶりでふうん、と鼻を鳴らして隣のブランコに腰を下ろし座った。揺れるブランコはどこか懐かしい気持ちで子供の心持ちになれる。
「えへへ」
「うれしそーじゃん、超」
「この公園、好きなの」
 その理由を聞いたら、哀場猪蔵は怒ったり拗ねたりするだろうか。ふと葵はそんな思いにとらわれる。だからあえてそれ以上のことは口にしない。自ら悪い種を蒔くことはない。今でこそ千代という幼い妹を連れてはいないが、あの人と交わるみたいによく似たこの男。公園とは、あの人と出会ったところだ。葵は深呼吸をした。
「葵」
 哀場の表情が真剣だ。ちなみに、真剣と書いてマジと読む、念のため。見つめてくる視線の強さが痛みを伴う。殺気ではないけれどそれに近い何かだ。さすがの葵も身構えた。身を固くして何が起ころうとしてるのか、懸命に探る。哀場猪蔵に限っておかしな企みなどないとは思うのだが、この雰囲気では何が起こるか分からない。
「──すきだ」
 今さらなセリフを彼はいう。だから真剣だったのか。それが喧嘩っ気とか殺気に近いと感じられるものだというのはどういうことなんだとツッコミを入れたくもあるが、哀場猪蔵はどこまでも真剣だ。面と向かってこんなに真剣に言われたのは初めてかもしれない。葵は自分の顔が赤く染まるのを感じた。顔ばっかり熱が溜まる。カッコ悪いけれど、どうしようもない。いつもいつも、こういうことを照らいもなくいってしまえるのが哀場猪蔵だ。だが、こんなことをいうのになんの躊躇があるというのだろう。
「って、ちゃんと言ってなかったよな?俺」
「………」
 なにもいわなかった。否、むしろいえなかったのだ。ちゃんといってない? いわれた、気がする。それほどに哀場猪蔵は何度も葵へとまごころをぶつけてきた。何度もなんども。好き。その気持ちを葵はよく知っている。
「だから、こんなこといったら嫌われるかもしんねえし、気持ち悪いと思われるかもしんねぇけど…」
 まだ話は終わりではなかったようだ。むしろ、ようやく本題に入ったという感じで、さらに周りの空気がピリリと引き締まるような気がした。ふたたび葵は身構えた。なにが来ても大丈夫なように。
「好きだ。だい好きだから、ぎゅーってしたい、キスしたい、手をつなぎたい。…だめか?」
 こんなことをいいたくて緊張していたのか。葵は、なんだかみんな一緒なんだなと思って笑えてきた。恋するということは、きっとそういうことなんだ。だい好きということはきっとこういうことなんだろう。葵が返事をする前に、ブランコの上で手を握り合った。ただそれだけのことが、胸が温かくなるほどうれしくて、はずかしくて、やさしいと思えた。淡いドキドキの幸せに、葵はしばらくの間身を浸していた。きっと、哀場猪蔵のことを少しずつ、今よりももっと好きになっていく。明日よりも明後日。明後日よりも明々後日。きっと、もっとずっと。



15.04.06

久々ですがアイバーと葵ちゃんのお話し。
言葉にはあえてしてませんが、葵ちゃんはずーっと男鹿を引きずっててなんだか不憫だったりしますw
ふっと浮かんだのでほとんど進まないこの話ですよw


実はこのシリーズ、内容覚えてなくてね、、、付き合ってんだっけ?とかお前は読者以下かレベルですよ。どんな話だったんだっけなー??

男鹿と葵ちゃんだと子作りしてんじゃね?とかやるだけやらせちゃってますが、アイバーと葵ちゃんになると、とたんに中学生の恋愛模様に成り下がりますw
こんなん、どうですか?
2015/04/06 23:32:08