深海にて32

※ かなり初心に戻るともさ
  男鹿視点とか超めずらし



好きと思うことは、ふれたいと思うこと。恋というものは、誰かのために背伸びしたいと思うこと。
だけど、明確な答えなんてない。
ただ、目の前のその人といっしょにいたい。
それだけの、単純でわかりやすい想いを、二人で持つこと。それが、偉大なる幸せなんだって。



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 付き合うとか恋人とか、そういうものは生まれて初めてだ。いうまでもないけど、お互い。男鹿も葵も、どちらも、相手の立場がそういう色っぽいものに変わってしまったことに、ただそれだけに気圧されてしまって、どうすればいいか分からなくなってしまった。嫌いじゃないから付き合うのは構わないと男鹿は単に思っただけだ。だから、好きで好きでたまらないとか、そういうことを思ったことはこれまでなかった。とはいっても嫌いではもちろんない。むしろ好きの部類だから首を縦に振ったわけだが、だからといって、同じ気持ちになるかといったらそれはまた別問題で。だからこそ、好きだと分かっている相手と、どう向き合うべきか、それが分からないのだった。
 男鹿がぺったんこで何も入っていないカバンに、ポケットティッシュだけをしまい込み立ち上がろうとした。だが、その直前に自分に立ちふさがるように翳るその人影にはたと止まる。誰かが男鹿を見下ろしているのだ。こういう見方はアレだな、敵キャラだな、と思いながら誰だ、と身構えながら男鹿は視線を上げると、そこには葵の立ちはだかるような姿があった。
「邦枝…?」
 葵の顔はなぜか赤い。敵キャラよろしく立ちふさがっているキャラのする顔色じゃない。無言の時はどこか居心地悪く、男鹿から目をそらした。メンチ切りはいいけれど、他人とケンカ以外で視線を合わせるのは元から苦手だった。嘘をついているわけでもないのに、嘘つきと言われたみたいな、へんか気分になるからだ。そうして外した視線の先に、男鹿は葵の手もとにあるゴミ箱を見つけた。ああ、そうか。男鹿は思った通りにそれに手をのばし、葵からゴミ箱を奪ってしまう。いや、男鹿だって別に、いらないんだけど。それは反射と呼ぶに相応しい、そんな行動だった。男鹿はゴミ箱を持って立ち上がって、葵のすぐ側を通り過ぎるように歩き出す。驚いたのは葵だ。どうして。何も言っていないのに急にそんな。そんな表情がありありと出ているものだから、男鹿は笑えてしまった。何のためにゴミ箱持ってここまで来たんだか。あほか──それを言い換えれば、『可愛いなぁ』ってところなんだろうけれど、今の男鹿にはまだ、そんな気持ちすら理解できない拙さがあった──。
「捨てんだろ」
 力仕事は男の仕事。単にそれだけのことだ。男鹿は子供の時からそうやって姉に躾けられてきた。ただそれだけのことだったのだ。そんな些細なことが、葵の心をぐらぐらと揺さぶるだなんて知らないままに。邦枝は頷いた。
「ありがと」
 その言葉は、きっと葵から聞いたのは初めてじゃないけれど、真っ赤な顔のままの彼女から聞けた。そのことがどうしてだろうか、男鹿の胸をジンワリと温めた。当たり前のことのはずなのに、なぜか葵と一緒だと、まるで非日常の中にいるみたいな、そんな不思議な気持ちになれる。へんなやつだな、最初から男鹿が思っていたことだ。その気持ちはどんどん強くなる。もちろん口には出さないけれど。さらに男鹿が意味がわからなかったのは、その次だ。もはや強引ともいえる感じで、ずかずかと男鹿はベル坊を背負いながらもゴミ箱を抱えて、ゴミ焼き場の焼却炉にそれを入れ込みながら感じるのだった。葵が目を伏せながら、おかしな態度で、言いづらそうにまたありがとう、と言った。「ワザワザ、こんなことまでしてくれて」とも。だから男鹿は聞いたのだ。
「は? ゴミ捨てろや、って意味なんじゃねーの?」
「えっ…? ち、違う、わよ…っ!」
「あぁ? じゃ、何?」
 へんな間。どうしてかはわからない、葵のドキドキが伝わってくるみたいに、男鹿にもそれが伝染した。だって、あまりにも緊張してます、とか大事なこといいます、みたいなことを言いそうな、そういう雰囲気を葵が醸し出していたから。息を飲む。絶対今の「ゴクッ」っていうの聞かれた。そんなどうでもいいことを男鹿はゴミの焼却炉を前にして思う。答えまでは長い。まだ数十秒レベル。1分なんて経っていないだろうに。
「ち、違うの。いっしょに、帰ろうって…」
「は。そんな、こと」
 男鹿は一気に気が抜けてしまった。ドキドキして言うことでもないだろう、男鹿はそう感じる。けれど、葵のドキドキがうつったことが、そんなに嫌ではなかったことが不思議だ。それについて深く考えることもなかったのだけれど。男鹿は鼻で笑った。
「ふつーに言やぁいいじゃねぇかよ、ふつーによ」
 そう思ったから。ありのまま、思ったままの言葉を男鹿は言って、葵ももちろんそれに頷いた。構えて言うほどのことじゃない。そう思ったから男鹿は軽く続ける。赤い顔で俯く葵の様子などお構いなしに。
「じゃ、ゴミ箱戻したらかえろーぜ」
「……う、うん!」
 目の輝きが、今まで俯いていた時とあまりに違っていたものだから、男鹿ですらよろめきそうなほどに気圧された。葵がすぐに教室へ向かう道標となるべく先を歩き出したから、男鹿はそれに続いたけれど。よく分からないんだ、ただ、一緒に帰るっていうだけの、ただそれだけのことでそんなにも、目を輝かせる意味とか。だって、お互いに家とか知ってるし。別に真新しい情報とかじゃねーし。ただ、帰るってだけのことなんだし。大きなイベントってわけでもないっていうのに。
 男鹿の想いなどどこ吹く風、葵の畏まったような、ソワソワした態度は帰る時もずうっとそこにあった。これもなんだか居心地悪いけれど、でも、葵らしいとも、なぜか男鹿は感じた。そう感じることで居心地悪さは軽減されるのだった。恥ずかしがり屋で、時に強い彼女は、男鹿にとっては未知の生物だ。いい意味で。念のため。
 ゴミ箱を葵のいる教室に置いて、そうして思う。どちらも言葉にしたわけじゃないけれど、誰もいないがらんどうみたいな教室で、何で今二人だけなんだろう。そう感じることは、どこかこそばゆく、身を捩りたくなるようなへんな気持ちに駆られるもので、それはどちらも感じていることなのだということを、お互いの表情から読み取れるのだった。ただゴミ箱を置きに来ただけだというのに、おかしなものだと分かっていながらも男鹿は。
「カバンは?」
 どこまでもおかしなことを聞く、と男鹿は思う。肩に、ほとんど邪魔者みたいに背負っているこれはなんだ。ついでにベル坊も。アーダ、とか言葉ですらない言葉を吐く赤子は、葵がいるとはしゃぐ。機嫌もよくなる。よく懐いている。すべての条件を、苦手な足し算でイコールとかって答えにして、早くこいつが母親になれば万々歳だと思う。その気持ちは最初から今でもまったく変わりはなくて。
「持ってっし」
「ええ?」
「お前がカバン持てっつーの。」
 カバンはすでに持っていると分かった葵が目を丸くして驚く様は実に面白い。こんな当たり前のことで何を驚いてるんだろう、まったく違う感覚に男鹿はぐらつきっぱなしだ。これなら退屈なんてきっと感じないだろう。きっと楽しい。葵といることは、葵といられるということは。おずおずと自分のカバンを手にした葵のカバンをひょいと奪うと、彼女はあわてだす。中身なんて男鹿とほとんど変わらない。女だというだけで多い持ち物以外に、重いものなんて入っていない。からっぽに近いカバンなんていくつ持っても力は使わない。それなのに、葵は恥ずかしそうな顔でカバンなんて持たなくても、だなんて姉からは聞いたことないしおらしい言葉を吐くものだから、逆に持ちたくて持ちたくてたまらなくなってしまう。天邪鬼な気持ちは男鹿の中に山ほどあるんだと感じられるこの瞬間。
「いっしょにかえんなら、家んとこまで送ってく」
「………うん」
 なんだか、その静かに頷く葵の様子が、よく分からないけれど照れくさい。きっと、葵の照れ屋なところが伝染しているんだろう。カバンは2人分、軽々と手にしたまま。帰路をさくさくと進んで、帰宅部だけに、まだ沈みそうもない太陽をチラと見たりして、目を細める。いっしょに歩くいつもの道は、どこかいつもと違って思えた。間違いなくいつもと変わらない道だというのに。それは、きっと葵の醸し出す何かなんだろう。いやすくないのに、悪くないと思える、今まで感じたことない雰囲気。
「ここまでで、いいよ」
 葵の家の近くで、サッと姿勢をただしたその姿は、いつもの凜とした彼女のそれで。カバンはひったくられるように男鹿の手からするり抜けて、持ち主の手へと還っていく。
「今日は、ありがとう」
 葵のありがとう、は今日何度聞いただろう。しかも、すべて温度の違うそれで、なんだかよく分からない。だから、それを知りたくて。でも男鹿はそんなことを言葉にできるほど器用でもなくて。ただそこにあった「つながり」に縋るみたいに葵の手を取っていた。それは反射に近い行動。

 初めて、手を握った二人のその時の衝撃。脳みそのどこかが痺れてしまうみたいな、そんなひりついた甘い感覚。咄嗟に手を離してしまうのが、人間というものだけれど。それを追求するには、まだ何かが足りない。それを言葉にしなくても互いによく理解していて、ようやく出された男鹿の言葉に押されるように葵は動き出す。
「…あ、またな」
 そう。別れはもしかしたら温かいのかも。そう思えたのは、葵にとっては生まれて初めのことでとても嬉しいと感じられた。男鹿にとっては、さも当たり前の挨拶だったのだけれど。だが、その手に残る葵の、その存在の余韻が、今までにない存在感を生んで。それは今までにない感覚だから、どこにそれをぶつけていいのか分からなかった。ただ子供みたいに、また、の時を待つ以外には、何もわからないのだ。
 そして、ふと思った。また会いたい。それはうまく言葉にならない想いで、ただしばらく男鹿の頭の中をくるくる巡っている。きっと、葵に会えばはっきりすることもあるんだろう。この手を離したくない。そう思えた理由とか、そんなものが。



15.03.04

もう少しのばしてやろーかと思いつつも、「ずるずるべった、もーいいじゃん」と思ったので、やめたネギチョンぴーです。はい、こんばんは。



えーと、この話は…、ああごめんなさい。補足説明がないとわからんほど、前の話というか。付き合い始めの頃の、手をつなぐ、ということをコンセプトに書いてみたものです。たぶん執筆時間は3時間弱くらいかな。

えええと、ちなみに、ぼくの思いが反映されてますw ハイ、キんモーっ☆ …ごめんぬ。。
まあ、なんつーか、…手を繋ぐのはとても恥ずかしいのでやりたくないけど、やりたいような。そんなことだ。照れ臭いのです。だめなのです。顔真っ赤になってしまうのです。という想いで書いてます。恋というものは、そういうものだし、自分勝手だし、恥ずかしいのだよなあ、と。記憶のかぎり。。


えろえろしていた深海シリーズが過去に戻って、つうか初心にかえってみたのですが、そう悪くないんじゃないかと。
そんなこんなを、また書いたりしますのでよろ。
2015/03/05 00:16:28