金の雨降る



 秋。
 実り。たわわに色付き。田舎は風が強く。
 薬売りの少年が、忍の者になるために始めた修行も、ずいぶん板についてきた頃。
 慣れてきたからか、少年はお師さんとともにあることが当たり前になっていて、一緒にいたはずの父がいないのが、とてもさびしいと、どこかこころの底で思ってしまっていた。
 お師さんのことも大好きだ。けれど、お師さんでは彼のこころを埋められない。
 やはり、父は父であり、お師さんは、お師さんなのだ。

 父は、いなくなってしまった。
 ああ。さむらいに巻き込まれて。父は少年が忍の者に預けられると決まったその日に、父は死んでしまった。

 その日から、少年は涙を流さない。


「芯からの忍かもしれん…」
 少年のお師さんは、彼のそんな心情を読み取ってか、実は思っていた。口にせずとも。


 少年は、つらい修行にも耐えてがんばっている。
 刃の扱いも大人顔負けで、余計な口は利かない。
 もう今では、闇に紛れることも容易だ。
 だが、子供。やはり、子供だ。
 一人佇むそこで、人知れずきっと涙を流す。声を出さずに。
 いつしか少年は、涙を流さずに泣くことを覚えて。
 …泣かなくなっていった。


 少年は幼い頃、父に、拾われた。
「お前は拾い子なのだ。強く…強く生きよ」
 父は、育ての父は、少年が傷つくかもしれないことを承知で、それでも、口にした。
 そして少年を名づけてくれた。生みの親よりも、ずっと親だった。
「佐助」
 そう呼ばれた、その日から少年はずっと、佐助だった。薬師の倅・佐助。

 父と佐助は二人、父は薬草を採り、佐助は薬を売り歩いた。
 決して媚びない商売の仕方であろうと、彼の作る薬はいつしか飛ぶように売れるようになっていった。効き目は本物だからだ。
 そうして、あちこちの村々を転々としていた。何年もの間、ずっとだ。

 しかし、ある山はとても広大で、生半可に回りきれる広さではなかった。父はしばらくここにいると宣言した。
 最初の頃は、佐助の薬売りの仕方があまりに無愛想で、山里の者たちからの評判はひじょうに悪かったが、やがてその薬の効き目が現れてからは、佐助たちが住む掘っ立て小屋にさえも人が訪れるほどになった。それほどまで、地域に密着したのは初めてだった。
 実は、佐助はすごく、嬉しかった。
 ほんとうは、人の愛情というものにすごく飢えている少年だったのだろう。


 そんな佐助少年が出会った、近所の一人の女の子。
 異人のような愛らしい容貌をした、年下の女の子。彼女だけが、佐助がこれまで山で培ってきたすばやい動きについてこれた。他の誰もがついてこられなかったのに、彼女とは鬼ごっこも、かくれんぼも、かけっこもすることができた。
 佐助が子供らしく振舞えたのは、「ほんとうの自分」でいられたのは、彼女と無邪気に遊んだ、その短い日々だけだったかもしれない。
 それだけに、佐助が「故郷」と呼べるのは、ここだけしかない。


 それが打ち破られたのは、ある日のこと。
 薬を売り終え、我が家であるお粗末な掘っ立て小屋に戻ってみれば、父は見知らぬ老人と話し込んでいる様子だった。なにを話しているのか、そこからでは聞き取ることはできなかった。その様子があまりに神妙な様子だったので、佐助はしばらくもじもじしていたが、日暮れに負けて家に入った。
 佐助もその老人と素っ気ない挨拶を交わしたが、二言三言話すと、彼はすぅっと空気に溶け込むように消えて行ってしまった。父は途方に暮れたような顔をしながら、それを見つめていたが、やがて佐助に向かって、
「すまぬ……。行かねばならん」
 頭を垂れ謝った。

 話を聞いてみれば、老人は父の師であり、その人が呼んでいるから行かねばならないのだという。
 佐助の面倒を見る者は、アテがあるから明日にそこへ行ってみようと言われ、その言葉のままについて行くしかなかった。
 佐助はその時、頭のどこかで感じていた。
「ああ、また捨てられるのだ」と。
 一度ならず、二度までも。親に捨てられるのだ、と。子供心に悲しかった。


 そんなにいらない子なの?
 いらないなら、どうして産んだの?
 いらないなら、どうして拾ったの?
 聞きたかった。だが、聞けなかった。
 黙っていた。歯を食いしばってこみ上げるものを抑えていた。


 黙って父の後について、現在いるお師さんのところに向かった。
 お師さんは快く佐助を受け入れたし、その身のこなしを見て「素質がある」とひと目で見抜き気に入ってくれた。昔からの父の知る人だという。そういった面では、佐助は恵まれていたのかもしれない。

 だが。
 帰り道。木々の間を縫うような、強い風が二人の間を駆け抜けていく。その風の強さに思わず身構えて、後ろを振り向く。
 木以外のなにもないはずのそこには、数人の黒装束が立っていて、殺気立ったものを感じた。
 父が佐助を思い切り叩いてふっ飛ばす。なにがなんだか分からないままに、佐助がその場からはるか遠くに吹き飛ばされ倒れる。そしてくらくらする頭を押さえながら起き上がる。

 一瞬のことだったはずなのに。
 父が腹部から大量の血を流して倒れこんでいた。まだ、父は生きていた。温かかった。だが、傷は深く助からないことは、これまでの薬師の経験上、すぐに見て取れた。
 それが、逆にとても悲しい。すごく悲しい。
 よく見れば首の後ろに毒針が刺されていた。父はほんとうに、助からない。

 その体に触れてみれば、弱っているはずのいのちは死のその直前まで力強く生を感じさせるもの。
 ひと呼吸ひと呼吸がどれだけ生の奇跡なのか。その苦しそうな呼吸からも読み取れる。たまに口からごぼっと音立てて粟立ちながら吐き出される血が、その呼吸をムダに止めていることを知らせる。
 声にならない声で、何度も何度も、父は佐助に謝った。捨てようとしたことに対して。
 人の体は実に不思議だ。こんなにも血が溢れ出るものなのか。ごぼごぼと腹からも血が湧いているように見える。それが、実にきれいだ。
 佐助と父との二人が腰を下ろしているそこは、美しい黄色い菊畑で、煌々とした目をチカチカとさせる明るい黄金色の中を、父の血が真っ赤に染めていく。
 途中から、黄色の中に赤があるのか、赤の中に黄色があるのか、分からなくなってしまった。
 止まらない涙が、色さえも霞んで見せた。



 父が絶命する様を、ただ見つめているしかなかった。
 どんな名医にも、彼の命を救うことなどできやしなかったから。



 その後、一人血に塗れた体でお師さんの元に向かい、すべてを知った。
 父は師にさむらいに仕えよと言われ、父は師の言うことなので承知した。それが渋々だったのは、父の浮かない顔からも、想像がつく。
 父はその昔、ほんとうにすばらしい実力を持った忍だったのだという。
 その父の元に、師が行くことを見越して、別の忍部隊が闇討ちに来た。
 それで、父は死んでしまった。
 ただ、巻き込まれてしまっただけではないか。父の死は、あまりに浮かばれない。

 確かに、父は彼の「育ての親」というだけであった。
 しかしそれでも、彼は数年もの幼少期のうち、時を共にしていた。
 だが、他人だ! けれど、他人じゃない…。



 現在も佐助の眼前に広がる金色の海。稲穂もそうだが、菊の畑だってある。
 視線を動かせば、紅葉が赤く色付いて、悲しいまでに赤と黄色のハーモニーを奏でていた。父のように。

「佐助」
 お師さんが、そんな佐助の気持ちを察してか、彼を呼ぶ。彼は呼ばれるままに師の傍に立つと、
「実はな、わしのよぅしっとる…ホラ、隣の家の忍仲間の者が、弟子を育て始めたのじゃ」
 隣といってもそれは人里離れた山の中のこと。当然かなり離れている。近所の家、という感じではない。
 佐助が、その言葉に視線を上げようとすると、重ねて言葉が投げ掛けられる。
「この子なんだが…かすがという娘っこだそうでな」
 言葉が終わるか終わらないか、その時に佐助が見たそのお師さんの友達の弟子…


「…かすが」
 稲穂も、菊の畑もそうだが、彼女の髪色は悲しいほどに黄金色に輝いていた。
 佐助の姿を、顔を認めた途端に微笑みの形に変わっていった口元目元。
 故郷の風を思い出す。
 ああ、変わっていない。

「かすが」
 もう一度、その名を呼ぶ。異国の少女のような愛らしい風貌をした、素早いかすが。
 どこか、ちょいと裕福なところの娘ではなかったか。
 故郷の懐かしい風が、父と別れて、初めて、彼に向いて吹いてくる。



 秋。
 実りもたわわだが、育ての父と言えど、父のいのちを奪った悲しい季節。
 しかし、故郷に巡り逢えた、懐かしい季節。

 父が死んだ時に見えた、重さを増した稲の穂と菊畑が悲しいほど美しく、彼女の髪がそれに酷似していて、やはり美しいのだと気付くまでに、幾年もの時を費やしてしまった。
 それらすべてはどこから見ても、ああ、金の花と言うしかない。



 再会が、金の花からの呪縛を、解く。

 金の花、開く。
 いずれ、降る。





佐助の過去話(これは真田十勇士を読んでのものと、俺の創作が混じってます)
かすがとの関係が好きじゃ(笑)
これからかすがと佐助がどうなっていくか…それはとりあえずゲームを見て分かるとおり、なんとも言えない感じなわけで…そんな感じの見ててイライラするような、ジャンル分類も難しいような作品を書いていきたいと思います。


●さすが




さすが = 佐助&かすが の略です。
二人が主人公の小噺を、お題に沿って(?)書いていきます。

つーてもしばらく更新してませんし、続きがあるのかどうかは不明です。
お声があれば、またはゲームやれば奮起するかもしれません。



( ..)φ{メモメモ…
  ※本文ではありません




長くなるけど、
チョイスしたお題…




華喪曲
  Lost Capriccio/10title



01. 君が居た永遠
02. 翡翠に溶ける
03. 目隠し闇
04. 夢繋ぎ
05. 机上の空論
06. 水沫に消えた
07. 千の夜を数えて
08. 金の花降る
09. 神様の失態
10. 滲んでく世界

06. 水沫に消えた
水沫[みなわ] みずのあわ、あわと言う意味です。

なんとなく耽美系…耽美と言えるほど美しくもないのですが……。
華喪は、なんとなく華やかな単語で喪失系のことばかり言っているから無理に当てはめてみました。御題サイトやってるくせに、タイトルセンスがありません(致命的!)

協奏曲
  Freak concerto op.2/20title


01. きみの重力
02. 懺悔
03. 守れない可能性
04. 消えそうな熱
05. 夢の外
06. 冬の雨は冷たいけれど
07. 眠れない夜に
08. 鍵
09. オレのものになればいいのに
10. 春を待つ
11. 目を閉じて、伝える
12. 衝突
13. ともしび
14. 水色のかけら
15. 負けず嫌い
16. あいまいなあやまち
17. 玲瓏
18. 待ち続けた冬
19. 緑
20. やさしくない告げ方で


つらつらと少し長めのものを入れてみました。09の「オレのものに〜」は、オレの部分の変更可です。
20のやさしくない告げ方で、が、なんとなく好きです。




サイト capriccio、カプリッチオ、綺想曲(どれでもどうぞ)
アドレス http://yucca.b7m.net/capriccio/index.htm

URLまで書いてるけど、放置かなにかでそのまま閉鎖になってしまいますた。だから規約は存在しない。好きに使っていいんだと、思う。

一応、今のところは、華喪曲の部分のみお題として使ってます。けれど!
ごちゃまぜになる可能性あり。



以上。

2006/11/30 10:04:09