「おまえ」 ニ 『な』







「おまえ」

この 一言が なにかを変えるなんて、予想もしなかった。





凌統はクソ面白くもない日々を送っていた。

 なんだっつぅの。
 なんでだっつぅの。

 なんで甘寧がのうのうと、しかも前衛の部隊長なんか任されてるんだっつぅの。

 父上の悲願は、どうなんだよ?
 俺の悲しみは…?

 みんな、みんなみんな、人ごとだからソレ見ろ、いけしゃあしゃあと…
 誰だって、父上の仇が隣にいて冷静でなんていられないっつうの!


 言いたくとも、言えないし言ったところでやんわりとそれは咎められるだけの悲しみ。

 当たり場所がないから、甘寧のことを、甘寧のスキを、どんなに咎められても構いやしない。
 父の無念を晴らすためならば。
 いや、違う。本当は………

 許せないでいるだけ。
 甘寧も自分と同じ目に遭えばいいのに。
 というより、同じ目に遭わせてやる。

 大事なものを奪って…



 地獄を、
 見ればいい。










 ―凌統はうぜぇ。
と、甘寧は思っている。
凌操が死んだのは、自分のせいではない。乱世に、弱く生まれた者の運の悪さとしか言い様がない。
凌統は、そんな父の弱き姿を認めたくないと駄々をこねている、ただの、ガキだ……。

 ―認めなきゃならないもんも、あんだろうがよ…?
口にしたところで、どうせ聞く耳の持たない凌統は、睨みつけてくるだけだということは分かってる。
 ―うぜぇ野郎は願い下げだぜ。
甘寧は、意識して凌統を避けるようになった。



しかし、そうもいかないのが折り合いの悪いところ。
同じ軍にいればそりゃあ顔もつきあわすしヘタすれば同じ敵を追わなくてはならない。


 今日なんて…最悪だ。

 寝る位置が、近い。



仏頂面した2人を、仲間たちがなんとか離すように移動してその日はなにごともなかったけれど。





ある、晴れた夕暮れの中に酒を片手に佇む無造作に髪をおっ立てている甘寧の姿を見つけた。
まだ明るい時間なのに酒なんか飲んで、だらしないヤツだ。と、吐き捨てるように息を吐く。
なにをするのかと思えば、夕暮れがキレイに見える位置に座り酒を飲み始めた。
珍しく、スキだらけ。
いつもスキはあるものの、どうしてなのか部下たちに好かれ人望の厚い甘寧は、ひとりきりでいることはなかったはずなのに。


気のせいだろうか。
甘寧の傍らに、誰かが座っているような気がした。
そして、甘寧の表情にはどこか翳りがあるみたいな。
気のせいだろうか?
もちろん、その「誰か」の姿が凌統に見えるわけではない。ただ、傍に誰か、甘寧以外の者がいることが、感ぜられたというだけのこと。気のせいかもしれない。

 でも、そうでなけりゃあどうして甘寧が、ただひとりで酒を飲んだりしているんだ?

本人に聞かなければ分からぬ答えを聞けぬまま、燃え盛るような夕陽の中、その夕陽とはまるで親子のように保護色の髪色をしたヤツのことを考えていた。



「なにしてんだァ? 凌統ちゃんよぉ」

甘寧のバカにしたような口振り。自分がぼーっとしていたことを悟り、ハッとして向き直る。
「アンタこそ、なにしてんの? 一人で酒なんか飲んで。クサレ甘寧?」
もちろんヌンチャクに手を伸ばすのも、忘れちゃいない。さらには、そのヌンチャクを甘寧の目に映るように構えるのも、当然忘れちゃいない。
 いつだって、アンタを殺すことができるんだよ。
 って、罪の意識を脳裏に埋め込んでやりたいから。…ねぇ?

「けっ、やってらんねぇぜ。オメェみてぇなバカとァよぉ」
いかにも嫌そうに甘寧が吐き捨てる。
 ―こんな、ヒトの話も聞かねえような野郎とは、話になりゃしねえ。
甘寧が空になった酒瓶をドンと置き、睨みつける。いわゆる、ガンつけってヤツで、脳ミソ空っぽな野郎しかやらないような芸当。恥ずかしくないんだろうか。
だが。

「アンタさァ、誰と飲んでたワケ?」
素直に聞く気にもなれず、人をナメきったような常の口調で訊く。

その言葉を聞いた途端、甘寧が意外そうに目を瞬かせ、信じられない、というなんともマヌケなツラをした。
言わずとも、口にせずとも、 そう見えたか? という、意外そうな瞳の光。
そして、凌統がひけらかすヌンチャクを、気にも留めず地べたに腰落ち着け。なんだか酔いが醒めたみたいな顔になって。
「オメェがわかんのかよ。…へっ、参ったね、こりゃ」
と、凌統がわけも分からずにいるのに、ひとりで自嘲気味の笑み。やがてふいと顔向け、

「今日は、逝った日でよ。…マブと飲んでた」

親友の、命日。
 マブとか言っててハズくないんかい?
なんて、常の減らず口も叩けず、甘寧の先ほどのどこか翳りのある表情を思い出していた。

それと同時進行で、兄のように、師のように、幼いころから共にあった呂蒙との何気ない、しかし甘寧を擁護するかのような、それはそれは凌統にとってはクソ面白くもない会話を、こんな時にフ、と思い出す。



「おまえの言い分も分かる。だが、興覇だって、言わんってだけで、俺たちのしらんところで大事な人をなくしてるかもしれん。両親はすでにいないようだしな……」
その時は、甘寧みたいな野郎を庇うなんて! 信じらんねえ、と嘆いたものだったが。

そういえば、甘寧が泣きながら懇願して孫呉に招き入れたとかいう男が、ずぅっと前に戦死しただなんて、傍観主義気取った冷めたツラのまま、聞いたような気もする。
それが、甘寧に残る傷痕か。目に見えぬ、胸の奥に奥に。


死は平等に、そして不平等に、乱世という理由づけに彩られて、頭上に降り注ぐもの。
それは、凌統の頭のうえにも。甘寧の頭のうえにも。
悲しみの度合いは人によって違えど、見送る側はいつだって冷炎に焼き尽くされるが如く、胸をつんざくような痛みの中に押し込まれるんだってことを。

しらなかったわけではない。
しっていたのに、しらないフリをしていた。
ヤツはヒトの姿をした、『悪鬼』なのだと言い聞かせていた。



狼狽えながらも凌統は、平静を装って常の小生意気なクチを利く。
「じゃぁ………アンタにはもう、大事なお相手はいないってワケ?」
とりあえず、ダっサい田舎モンが使うような「マブ」なんて言葉は使わないで。

 ―ははァ〜ン、こいつ……まァだ根にもってやがるからな。ダチの名前なんて迂闊にゃだせねえな?
日ごろ狙い定めてくる凌統相手に、甘寧じゃなくっても、当然警戒心を持つのが人間ってモノ。
特に甘寧のような、賊徒なんかだと、保身についてはかなり機敏に反応して然るべき。
バカだバカだと周りから言われているアタマ、瞬時にフル回転させ口を開く。
「いるぜ」
ずい、と歩み寄り、目の前のタレ目野郎指差し、

「 お ま え 」

よく聞こえるようにゆっくりと発音してやる。

そこからの凌統の反応は、見ものだった。
甘いマスクのタレ目が、いつも人を見下したように煌めいているような光を失い、驚きの色に見開かれ、絞り出された声は、

「…な…ッ、…」

なんて、裏返り気味なほど。
もはや動揺は隠し切れず、慌てふためく様が妙に滑稽。常にクール気取ってるから、余計。



笑い堪える甘寧の震える背中を一蹴し、その場を離れた凌統だったが、こんな甘寧の半ば実験的な何気ないひとことが、戦という名の『傷』を癒すわけではないけれど、「ナ」の字を足して、『絆』に近づける奇蹟。





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…とは言っても、(同人娘の大好きな)甘寧×凌統ではなく、甘寧と凌統の「邂逅」の話。
まぁ甘凌とか凌甘とかに萌えてる方ならきっとこの後のカプる話を妄想できるんじゃないかと。狙ってねえけど
ちなみに、関係ないけど甘寧のマブ(笑)は蘇飛。呉に来てからの生死が謎だったので、戦死に………嗚呼…

他人を憎むってのは、相手をヒトならざる者だ、と思ってなきゃできないことだと思うし、許すってのは、相手を人間だって認めたってコトだろうな、と。
キズ ナ の部分は、なんとも歌詞に胸打たれた感じで、バッチリ自分の書きたいテーマに合っていたような気がしたモンで。曲はCadence。本日発売激マイナー曲。気になったらオイラに聞いてください。調べてもすぐには浮かんでこないだろうから。
最初に浮かんだキーワードは「極道の妻たち風」というモノだったなんて…まァお笑い草(爆笑)


2006/10/18 08:12:11