何時の季節だったか忘れてしまった。それは幼い頃のこと。
俺はゆっくりと、人より遅れて登校する。やる気のない児童は何所の学校にも必ず居るものだ。
でも別に勉強が嫌だった訳じゃない。何となく朝はボ〜っとしてしまうから。それ以外の意味なんて、今思い出したって見当たらない。
それだけ、俺の生活習慣は幼少の頃から乱れっぱなしだった。悪い見本だね。

或る日。今日は少し早めに外に出ることが出来た。
俺の家から学校は目と鼻の先。二十分と掛からない間近に位置してる。それでも毎日遅刻をする児童。人間としてどうかとは思うけれど。遅れてしまったものはしかたない、と俺はゆっくり歩を進める。
別にいいんだ。急ぐことはない。早く行ったからといって、得することも損をすることも、特別ない。
…内申書?
そんなものにビクついているならば、早起きして行けばいい。別に俺は気にしていない。
大体、教師がそんなに内申書を悪く書く、ということは非常に珍しいケースだという話を当時、何所かで聞いていた。
教師も人間だが、あからさまに悪く書くようなことをすれば、その教師自身もどういう目で見られるか分からない。中間管理職の辛い所だろう。
冷めた児童で申し訳ない。本気で。

そんな俺にもたまに出逢うこころ温まる『時』というものがある。
ほんの少しの遅刻には、たまにそれが含まれてる。やさしげな風をもつ彼女はこころ温めるひと。
彼女もよく遅刻する。俺はもっと遅刻してるけれど。俺の「早め」の時間に登校する途中の道で、彼女とよく会った。

「あ、さとーさん」
呼ばれて、初めて気づいた。周りを見ながら歩いていない俺。
俺はいつも本を開きながら登下校してたから。…たまに電柱に当たる。ネギが歩けば電柱に当たる。新しいことわざほざいたりできるよ。
特別仲が良い訳じゃなかったけれど、すこしは話すくらいの仲だ。
俺の顔見て駆け寄ってきたその人と一緒に歩く。俺はそこで本を閉じる。そんな俺たちだが、特別会話を交わす訳でもない。
他愛ない会話なら、したかもしれないけれど、すくなくとも俺も彼女ももうそんな会話忘れてしまったろうなぁ。
彼女と話すとき、俺は首を少し下げなければ見えない。小さいコというのは、とても可愛いものだよね。ちっちゃいコ、好きかも。…ロリータコンプレックスではない。念のため。モー娘。は嫌いではないけれど、覚えられるほどのFANじゃない。というか、特別好きって訳でもない。念のため。

俺たちが一緒に登校する時間帯は、遅刻しているのだから当然他の人より遅いわけで。
それでも俺たちは急ぐことなくその学校までの道のりをのんびりと歩いてた。懐かしい。
遅い時間になれば、太陽は人間たちの真上に顔を出しはじめる。他の人たちより温かい光を注がれながら、学校への一本道は俺たちの前に伸びている。
太陽の光が当たると、髪の毛が赤茶けた色に見えたりして、それだけでも楽しいと思う。思わせる。
こころ温まる時間というのはきっと、そういった「当たり前で退屈なこと」さえも楽しませてくれる時間なのだろう。彼女にはそういう特技がある、と俺は思う。…彼女自身は気づいていないだろうけれど。
会話少なく、てくてくと歩いていく俺たちに、学校の門は近づいてきた。
その間じゅう、ずっと俺たちになにかこころのわだかまりのようなものを解かすかのように、その和やかなる太陽の光は注がれ続けていた。
門を抜け、下駄箱置き場に入ると、その光は俺たちを射さなくなった。急に冷え込んだ空気が、俺たちの肌に触れる。
やさしさから、急に厳しさに変わってしまった。学校の雰囲気を象徴している。
一時間目が始まっているかどうか微妙な時間。朝会など数えるほどしか出たことはない。
いいんだ。別に朝会なんて、ただ寒い体育館で集まって、グダグダとくだらねえ話を聞くだけじゃねえか。
それより、ちょっと遅れてやさしい太陽の光を浴びながら、なんてことない会話を楽しんで、ちょっと遅れてくるぐらいのほうが、勉強にだって身が入るってモンだ。もちろん、勝手な俺の言い訳なのは解ってる。
俺たちはみんなよりだいぶ遅れて、家を出て、学校の門をくぐって、上履きを履いて、階段を上る。

「遅刻はダメだぞ」
…そんなこと
「もっと早く起きなさい」
七時半に起きても、出発は遅い俺
「早く動きなさい」
解ってるよ、
解ってても
動けないからしかたない
…なんでだろ

俺たちはクラスが違うから、階段を上った先でいつも分かれることになる。
だから、向こうはいつも別れ際にいうのはことばですらない。
「じゃあ」
俺は相槌だけ。
「うん」
それで個々のクラスに入っていく。別々の場所で、二人は同時に遅れてる。
教室に入ったとき、そのふたクラスで陣取ってる先生が苦笑する。クラスの友達たちも苦笑する。
遅刻なんて前からしている。もう馴れっこ。周りの目なんて気にならない。これを読んでいる皆さんは、こんな人になっちゃダメだけど。
「遅刻してるんだから、もうちょっと申し訳なさそうに、後ろから入ってきなさい」
先生からの野次に俺はハイハイと軽い返事で返す。…俺と一緒に遅刻した、あのコはこんなふうにいわれたことがあるのかな。
二人で別々の場所で、同じことをいわれてるんだとしたら、それはそれで、おもしろおかしいや。
そんな野次とクラスのみんなの笑い気味の視線を受けながら、俺はズカズカと自分に宛がわれた席に着く。みんなより30分も遅れて。

俺はそのとき窓際に席を置かれていた。
座ると、窓に遮られた、けれど、それでも温かく和やかな、やさしい陽の光が、そよ風のように注がれた。
窓の外に広がる空は、雲もあるけれど、その青さが目につく。じーっと見ていると、雲がゆっくりゆっくりと流れているのが分かる。その間も太陽はずっと雲に隠れることなく、辺りを照らし続けてくれる。
それだけのことで、さっきまで一緒にいた彼女のことが、頭を掠めてしまうのは、なんでだろう。
昼になると、その眩しさからカーテンという一枚の布に遮られた光しか感じられなくなる。
だから、この時間に直接光を浴びることが出来た俺たちは、きっと、他の誰よりもしあわせや楽しさが多くなるかもしれない。
今日も、明日も、明後日も、きっと俺たちはこの太陽を身体いっぱいに浴びて、すこしでもそのやさしさに触れる。それに近づくことが出来る。
きっと俺たちは、しあわせになれる。俺も、彼女も例外なく。
光という掌に包まれて、何故だか、俺はそう思った。午後に近い午前の話。





※2006.1.11のブログにて公開

ウケが良かったので置いてみました(笑)
カナリの勢いで実在の人物・団体等と深く関係があります。ご了承下さい(爆笑)

森山直太朗を聴きながら書いた。



追記(2014.10.2)
実話ネタなんで小説ではないと思う。
これ書いた気持ちは覚えてないんだけど、この事実はすごい覚えてる。
その子としょっちゅう会うわけよ。
まだ続いてますよ。その子とは。


2006/01/11 12:24:20