恋う人







「アンタのこと、やっと冷徹な鬼じゃなく、一人の男として見れた気がするよ」









 秀吉が天下統一を果たした。

 信長は秀吉の軍勢に勝ったが、痛手を負っていた。
 その時、ここぞとばかりに明智が飛び込んで来、その信長を討ったのだ。
 その話は、瞬く間に諸国に広まった。

 明智謀反による信長の死。そして…秀吉の天下。
 喜び踊る者。
 悲しみ嘆く者。

 確かなことは、只一つ。
『信長』という死ニ至ル病は消え去ったのだということ。



 ある、ひとつの魂を道連れにして。



秀吉。
僕はもういかなければいけないけれど、僕らの夢は果たせたんだね…。本当に嬉しいよ、秀吉……。
君の夢は、僕の夢なんだから。
僕の夢だって、君の夢なんだ。…そうだろう?



 別れの兆しはない。
 ただその時、急に吐血………横転。
 昏睡……。

 願っても願っても、目を開けることはない。
 しかし、触れるだけで想いが雪崩れ込んできた。
 どれだけ、秀吉と同じ時を刻んだ日々を大切に想っていたか。
 以心伝心。想いは伝わる。
 その想いが、強ければ強いほどに。

 また、秀吉も同じ気持ちだったのだから。


「半兵衛……っ」


 黄泉の世界でその声は届いているか。
 生ある者に、それをしる術はない。そうあってほしいと、ひたすらに願うのみ。

 半兵衛は死すその時まで、秀吉に自らの生を脅かす病の存在を巧みにも隠し続けていた。
 悲しませぬ為に、心配かけぬようにと。
 そうして彼は、無理をした。
 精神力で保つ生命に、身体がついていかなかった。
 力が尽きた。



すまない…
こんなことになって、本当に、すまない。
悲しまないでくれ。
僕は夢が叶い、羽ばたく秀吉の笑顔が見たい。
だから、悲しまないでくれ…。
そんな顔を、しないでくれ……。
秀吉……………



 信長は、死してなお、大切なものを奪い去っていった。



 半身をもがれたように、夢を叶えた男は力を失う。

 今まで感じていたはずの眩いばかりの美しい朝焼けが、急に色を失くし、味気無いものに変わる。
 確かに秀吉は世の中の動きを見ながらそれに対応し、新しい法を築いてもいったが、人々の中には彼の横暴振りについていけなくなる者も現れだし、新しい世には不穏の影が見え隠れし始めた。





 秀吉の天下から数年。


 秀吉が行きずりの女と寝ていた宿から、女の枕元に多めの金だけを置いて立ち去り、城下を後にする。
 秀吉は関白となり、この世の政権の一切をその掴めぬ物のない両の手で握りながらに、実はひょこひょこと隠れ城下まで遊びにきていたなどと誰が予想しようものか。
 只一人、ふとその秀吉の姿を見つけてしまった男が怪訝そうに眉を顰めた。

「あれは………」

 目立つ男。
 猿顔。巨漢。
 例に漏れず手が長く、貧乏臭そうな風貌。
 間違いなくあれは秀吉、その人だと。

「ハチャメチャをやってることはしってる。だからといって、俺の顔を見て急に暴れることはないだろうし、行ってみるか!」

 秀吉には劣るものの、大きな体を引っさげて、二枚目顔した僧は一人、頷いた。
 槍や刀の代わりに自分の体よりも断然長い、闇を払うとされる杖を携え。





 秀吉は関白として、軍事・政治に精通しそこに君臨し続ける。
 常に「横暴だ」「こんな世の中になんなんて思ってもみなかった!」と落胆の声を隠れながらも耳に植え付けられながら、最高位として、只一人孤独にそこに在り続ける。


 竹中半兵衛は死んだ。

 秀吉の誇る、片腕とも言われた軍師。
 彼がいたからこその天下統一。

 天下統一と同時にそれを失い、やっと、なにを欲していたのか、それを悟る。


  ……遅過ぎた。

 半兵衛と、腐った世を正したかった。
 それは無理な願い。もう誰も、『神』と呼ばれるものでさえも。
 だからこそ、秀吉はザビー教を殲滅させるべく動いていたのだが。


 半兵衛がいずとも、時代は、時間は続く。流れゆく。
 これもまた自然の摂理。何者にも侵せぬ昼と夜の連なり。


 辛い思い出は、忘れたい。
 しかし半兵衛のことを忘れたいわけではない。むしろ、ずっと墓場まで想い続けたい。

 想うことはなにより寂しく、悲しく、辛い想い。
 逃れたい時に、彼は頭を空っぽにするために女を抱いた。
 彼にとってそれは契りではなく、弱い自分のカムフラージュ。
 身体の快楽は、精神をどこか麻痺させるものだからこそ。


関白は、もう、既にこの世の者ではなかった。
彼に仕合わせなひとときなど、あったのか…誰もしらぬ。
生ける屍。





「秀吉様、見知った仲だという僧が、座敷に上がり込んで来ました!止められません!」

 秀吉の元に突如訪れた、平穏な日々を脅かすひと筋の闇の兆候。
 秀吉が不穏げに表情を変える。眉をしかめ、愛想笑いなき巨漢はさらに恐ろしく映る。
 秀吉の記憶が確かなら、僧の知り合いなどもう既にこの世の者ではないはず。覚えはない。
 しかし無理矢理にも入ってきた者であるならば、只者ではないし、罰さねばなるまい。
 秀吉は、重い腰を上げ、座敷に向かった。



「よう、久しぶりだね。噂では聞いてたけどすっかり『関白秀吉様』になっちまって……」

 目の前にいる坊主頭。
 秀吉には劣るがその巨体。
 長い長い杓を、持て余すみたいに肩にかけるように持つ、祭りのような雰囲気漂わすその姿。
 軽く調子よく動く口。
 二枚目顔で屈託なく歯並び良き歯を見せ笑うその顔に、見覚えは……あった。


「前田………慶次…」
「そぉ〜よ、俺、これでも出家したもんでね」
 お道化るように、ツルリと自分の頭を撫で笑み零す。

「型破りは卒業したんだけど、何日か前にアンタが宿からそそくさと走り去る姿を見て、足がこっちに向いちまった。だから今日は…『前田慶次』だ」

 秀吉は表情一つ変えず、そこにいる。

「恋、してるかい?」
 昔の常。
 慶次はみんなと恋の話をした。
 恋こそが人を強くし、弱くもし、糧となる。
 今はもうない、失われた恋の傷みをしる男は、それでも恋を語る。僧としては失格かもしれないが。

「アンタのツラ見りゃ分かるよ。アンタの恋は……なくなった」
「………ならば、聞くな」

慶次は昔、恋をしていた。
燃えるような焦がれるような、周りがなにも見えなくなるような、そんな恋。
恋は独り善がりで、勝手に揺らぎ、勝手に浮き沈みする。
けれども、何物にも換え難いその想いは彼にとって日々を生きる糧になり、彼をつき動かしていた。

ライバルがいた。
同じ土俵の恋し焦がれた阿呆。

それが、秀吉。


恋のライバルなんて、ナマ優しいもんじゃない。
その人は、秀吉の婚約者。
しかしその時、秀吉は、人間でいることをやめたのだから。



やがて秀吉は、婚約者を殺した。

恋の幕引はあまりに突然で、兆候すら感じられなかった。

「惚れた腫れたや結婚など、そんなことを言っていては、人は弱くなる」
殺した理由をその一言で片付けられ。





「俺はそりゃぁ、アンタを人の姿をした鬼だと信じて疑わなかったさ。…だから憎みもしたんだけど」

 そうでなければ、覇王信長に対抗しうる力など得られはしないと。
 なぜなら、信長は人の少ない弱みをも、なんの躊躇いもなく踏み潰す非道を尽くす男だから、弱みはあってはならぬと。
 だからこそ、女を握り潰す。
 この世を正すために、多少の犠牲はつきものであると、自分自身に言い聞かせて。

「アンタは恋してたんだね。…今も、なき恋を追い続けてる。ずっと、何年も…」

慶次は泣いた。
秀吉も泣いた。
失くした悼みに、泣いた過去がある。

「空っぽなんだろ?
 だから立ち上がれないんだろ?
 埋めらんないよ。
 可愛いネェチャンとねんごろになっても、アンタの恋の穴はその娘じゃ埋めらんないよ」

 今、成し遂げた天下統一に酔い痴れ、仕合わせな気分に浸り切っていてもおかしくないはずの男の横顔には、どこか後ろ暗い翳りが射している。
 横顔をちらりと見ただけの慶次が瞬時に悟り、彼になにかを諭すのはあまりにおかしな成り行きだが、仕合わせを感じられぬ仕合わせ者は、それは不仕合わせなだけ。

「アンタのこと、はじめて人に思えた。
 人なら…しあわせにならなきゃソンだぜ?なんてったって人は、しあわせになるために生まれてくるんだから。
 アンタがしあわせになれる法、俺がチョチョイと教えてやろうか?」

 意外な言葉に、秀吉は怪訝そうな瞳を向ける。
 一方、慶次はというと、自らの言葉「チョチョイ」に合わせて人さし指を相手を招くように動かして笑っている。

「恋をしなよ。
 昔の恋を忘れろってことじゃない。でも、それに引きずられてしあわせを逃したら楽しめない。
 昔みたいに、熱い恋をしなよ。
 そうすりゃいつしか傷は、癒えるから。……俺みたいにさぁ」

 けらけらっとあっけらかんとした笑いを振りまき、僧とは思えぬ振る舞いに周囲の者は呆気にとられていた。

「もう天下は獲ったんだ。恋をしない理由は…アンタの勝手な胸の内にしかないよ」

 明るく話す慶次の前に、神妙な面持ちで立ち尽くす秀吉は、どこか場違いに映る。

「分からなくはないけどさ。
 アンタは……きっと俺に似てるんだ。実はね。だから親近感が沸いてきた。
 嫌いだと思ってたけど、嫌いじゃないよ、アンタのこと」

 元気づけるために来たのだろうか。
 嵐のような僧は、やがてそこから去った。
 最後に、ぽんぽんっと秀吉の肩を軽く叩いてから。



 前田慶次はしっている。
 恋の痛みも苦しみも。もちろん怖さも。
 それと同時に素晴らしさや喜びがあることも。

 放棄してはならない。
 恐れてはならない。
 仕合わせを。

 人は苦難だけでは生きていけないのだということを。


 どこまで彼の言葉が、秀吉に届いたのかは分からないが。
 それきり、二人が会うことはなかった。



 彼らの長い確執の後の和解という名の邂逅は、恋という名の同調に色塗り替えられ、そこで溶けて消えた。



「アンタも俺も、『恋う人』よ!」

 長い杓を手の代わりに振り振り、
  よい恋を!
 言葉だけを残して。






__________




初BASARA文。ヘボすまん。
同人モノっぽく、独特の雰囲気(中途半端っぽい言葉とか、やたら段落開けるとか)も出してみました。
史実とBASASA設定の融合(でもムリがあったね)慶次と秀吉の恋の確執問題。
確執と言うと、若貴兄弟を思い出してしまうのだけれど(アンタダケ)

史実だと秀吉の嫁がねね。…しかしBASARAじゃ結婚してなさそうで、女っ気限り無くゼロな秀吉。ねねは慶次の想い人設定…。しかも秀吉がブッ殺してるし。
他に、秀吉の女関係は子どもは少ないが物凄かったとか。まぁ城下にふらり抜け出して遊びに行く辺りは、時代劇から頂戴した感じなんだけど。
んで慶次は髪を剃って坊さんになってるわで…。
しかしライバルな話と言えど、恋う相手が違ってんじゃ微妙か……(笑)
BASARA秀吉があまりにねねを愛してないため、途中書き直したりとおかしかったかも;
多分BASARA文はあまり書かないかと思われます。絵のが描きたい(笑)

(2006/8/29 ネギ)
今更こんな話書けね〜(爆)



追記:2010/05/09
絶対に花の慶次読んだ後だったねコレ(笑)
その後に戦国無双(1)の前田慶次の色違いがつるっと頭だったのに、かなり衝撃受けたもん。
でも花の慶次の慶次と、BASARA慶次ってかなり似てる。見た目とか。や、眉は太いんですがね。ちゃんと朱槍持ってるし
ただ、当時は今ほど花の慶次が若い人に知れ渡ってなくて、かなり寂しい思いをしてました。前田慶次=花の慶次っていうの、今でも変わらないんで。ま〜でも彼はどんなゲームとかマンガ見ても変わらないんですがね。

あと、多分だけど、しあわせが「仕合わせ」になってるのは、中島みゆきの『糸』の影響だと思われます。なんか漢字が違うだけで、深いよね。


2006/08/29 09:25:57