またな、という言葉は嘘ではない。
 哀場猪蔵は今日の夕方まで遊んでいたけれど、旅先に来たのだ。千代を寝かしつけてからゆっくりと話をしたいと思って、昨日のように夜中にいくことにした。夜這いみたいだな、と思ったがそんなつもりはないので胸にしまっておくことにする。無理やり自分のものにしようとしても、姫は強いし嫌われたくもない。ただ、自分の気持ちに正直にいたいだけだった。
 昨日のように石を三回ぶつけたが、家人が起きてくるのはまずいと思い、屋根に登ることにした。無視されたのはさすがに心が痛んだが、それにいちいち気にしているようでは恋などできない。ぼんやり明かりがついてるのは襖ごしに分かるのだ。哀場猪蔵はもうむちゃくちゃだった。物干し竿から屋根に足を伸ばし、何とか屋根の上に足を引っ掛けてそこに登る。屋根が軋む音を立てないことを祈りながら抜き足差し足で歩いて、葵の部屋の窓を横にスライドさせる。意外にアッサリと窓はあいた。むしろ、哀場のほうが驚いて声を出しそうになりながらも、慌ててそれをのみこんだ。驚かしに入って驚いてるんじゃあただのバカだ。
 聞こえて来たのは衣擦れの音と、葵の乱れた息と。うねうねと忙しく動く腰、どこか熱っぽい空気。咄嗟に、それをじっと見ていたいと哀場は願った。だが、もう窓は開け放たれていて、じきにひんやりした空気が葵の気を削ぐだろう。何をしているのか。咄嗟に理解してしまった哀場猪蔵は開ける前に気づきたかった、と強く反省した。自分の軽率でまっすぐすぎる行動について。そして、それを見たのと同時にどこか冷めた思いもあった。
 葵が身体を起こして哀場の姿を認める。しばらく、声もでない。何も言わないこの音のない空間はどこか不気味で、思わず哀場から声をかける。
「葵。遊びに来ちまった、会いたくて」
 まさか、こんなところに遭遇するとは、思ってもなかったけど。お邪魔、といって勝手に入る。葵は足のほうにあった毛布を抱いて、逃げるような格好をする。だが、動くわけではない。逃げ腰になっているだけだ。葵の絞り出した声は掠れていて、そして震えていた。
「あ……あの、こんな時間は嫌って…」
「何で?」
 哀場の口調はいつもより少し強い。へどもどする葵とは対照的だ。ちゃんと言ってやればおとなしくなるだろうか。支配欲がムクムクと哀場の首をもたげていた。どこか破壊的な欲望だ。もちろん壊したいわけじゃない。だけど、収まらない。
「何の本、読んでんの?」
 葵が取る前に、枕元のその本をパッと哀場は取ってしまう。だめ、と葵は弱々しく言ったが、すでに手の中にあるそれのページをめくるのは容易だ。急に入ってくる、セックスしてる男女の姿。もちろん哀場がいつも読むようなエロ本とは質が違うけれど、修正されながらもちゃんと入ってるらしい描写はあるようだ。哀場は驚いて、まじ、と呟いてしまう。だからあんなに興奮して…。男だけにその気持ちは分かる。
「ちっ、違うの…!こ、これは、由加が、貸してきて…っ」
 見るも真っ赤になって葵は、ぶんぶんと頭を振って否定した。興味がないならあんなに真剣に読まないだろうことも、女にもエッチな心があることも、哀場には分かっている。だから彼女の心を解きほぐすように微笑みかけて、そして、
「だから一人エッチしてたのか〜」
「してないっ!」
 ちゃんと分かってやっている。拒否の仕方が半端ない慌てぶりだったから、葵はそれと理解していたことを物語る。本当は抱き締めてキスして押し倒して…ああ、だがそれをやったら怯えるだろう。怒るだろう。
 葵は恥ずかしさのあまり、泣きそうになっている。痴態を見られたのだ。その気持ちも分からないでもない。言ってしまったのもまた軽率だったと、心の中で哀場は深く反省した。だがもう遅い。ならば、こちらも同じ立場に立てばいい、そういう発想にたどり着くわけで。
「俺もやるよ。つうか……現に、勃ってきた…」
 ちょっと気まずい。だが哀場は未経験ではない。余裕はある。絶対に無理やり葵のことを奪ったりしない。そうと決めている。だから葵の手を取って、哀場の太ももに置いた。ゆっくりとソコに触らせる。ズボンの上からそろそろと。先に触らせれば、免疫のない女でも少しずつ許していくことを知っていた。徐々にそそり立ったモノを触らせて、撫でさせた。ビクビクしながらも興味があるのは丸わかりだ。あんなマンガを読みながらオナニーしていたくらいなのだし。
「なぁ葵、濡れてる…よな?」
「え?」
「このまんま暗くて、ほとんど見えないから…見せてよ。俺も、見せるし」
 頭の中が沸騰していた。冷静なつもりだったが奥のほうは興奮して煮えたぎっていたみたいだ。こんなことをいうつもりはなかったのに、どうにも止まらなかった。葵の身体は強張ったが手しか握ってはいない。
「ごめん……。ただ、一回興奮しちゃうと、すぐ収まんなくて…その、もちろんヤッたり、しねえし」
 信じてくれなくても、真摯にいうしかない。爛々と欲望でギラつく目じゃあダメなんだろうけど、それでもいうしかない。女神に縋る気持ちで。何とか!何とか!と説き伏せた。否、うん、とかはあ、とか答えでもなんでもない言葉ですらないものを聞いたら、もう抑えられず半ば押し倒すようにしていた。やりすぎた、失敗した、と瞬時に気づいて慌てて離れる。葵は驚いた様子で目を見開いてはいたが、逃げようとか大声を出そうとかそういう態度ではない。様子を見つつ葵の上になりながら、哀場のモノに押し付けた葵の手を動かした。そっちに気がいくように。だが葵の表情は驚くほど変わらない。ただただこの状況に驚いているみたいだ。
「っ、葵。コレ、痛ぇんだけど、…出してい、い…?」
 ズボンとトランクスの中で張り詰めたモノはきっとカウパー垂らして直接的な刺激を待っているだろう。分かっているが無断で出したら引かれてしまうから。葵は驚いた顔のまま、少しだけ身を引いて起こして、だが心配そうに。
「い、痛い…の?」と。
「勃ってるから、…なんつうの? パンツにグイグイ押しつけられて。痛い」
「──なら、……うん」
 ちゃんと首を縦に振る葵の姿はとても愛おしい。そして眩しい。さっき快感に狂って腰を踊らせていたとは思えないほどに。哀場はすぐにチャックを下げてソコを丸出しにした。葵は暗い中でソレを見て息をのむ。その音が二人の呼吸以外で大きい。気まずそうに目を背けたのは葵だ。
「このまま、さわって。汚なければあとで洗ってくれればいい。俺が、いつも、してる、ふうに…」
 あとは葵の様子を見ながら、葵の手を使いつつオナることにした。もう直に触らせたが、葵は逃げようとしていない。興奮に濡れた目が光っている。女神の目はテラテラとイヤらしく。ゴシゴシと、ソコを擦った。ぼうっとした表情の葵を見て、哀場は幸せだった。こんなラッキーに見舞われるなんて。きっと、恋のライバルであるとんぬらでさえこんな顔の葵のことを見たことなどないだろう。男の身体に超興味津々実はエロいんだよねぇ、的なこんな顔なんて。そう思うとゾクゾクした。
 服の上から胸を触ったり、股間を触ったりした。だが、葵は逃げない。気持ち良さそうに甘い息を吐いている。それが哀場の気のせいでないことは、逃げない姿勢と葵から洩れる吐息からも明らかだ。ツンと勃っているらしいやわらかな胸の突起を見るのは諦める。存分に触って愉しんでから、股間に張り付くショーツを指でなぞりまくる。何度もなんども。オナニーするみたいに。
 興奮していた。頭で思っているよりもずっと。あ、あ、と短く、ちいさく流れてくる耳に心地よい葵の喘ぎが、心をかき乱す音楽みたいで。哀場はあばいてみたくて堪らない。ぞくぞくするほどの支配欲。それを押し殺しつつやさしく、やさしく葵の身体に触れた。葵は泣くような声で顔を覆っている。
 葵が薄ぼんやりした熱っぽい脳みそで覚えているのは、いつの間にか自分の胸はあばかれていて、パジャマの前が広げられていた。尖ったソコをゆるうく舐める哀場の目が、やっぱりどこか真剣味を帯びていて喧嘩で愉しむ男鹿にどこか似ていると感じた。
 次の記憶は、ショーツが剥がれていて、足の付け根に顔をうずめてる様子を、熱に浮かされた頭のままその自分だけの秘密の感触が強くなっていくような気がした。水っぽい音が恥ずかしい。熱い。それ以降の、夜の時間帯の記憶はない。

 葵が破廉恥な夢を見て、起きた時確かにソコは潤んだままで。だがパジャマもパンティもちゃんと着けた格好で横になっていたし、もしかしたら昨日のことは夢だったのかもしれない。そう思うことにした。少なくとも、哀場猪蔵にそれを聞くことなど到底できない。昨日読んだレディースコミックを学校のカバンに入れる。由加にいやらしい本を見せるなと文句を言ってやろうかなどと思いながら。
 気のせいかもしれない。昨日の夢を思い出せばこんな本はいらない。妄想が熱を伴ったようにありありと想像できてしまう。きっと今夜も。もしかしたら、授業の間すらもまた。
 その日、哀場猪蔵がこなかったので、よかったと思った。昨日の夢を思い出して、目を合わせることなどできはしないから。生々しい夢を知られたくはない、知りたくはない。この想いは夜の秘め事で、男鹿の顔を見れば吹き飛ぶほどの、ほんの些細な夢。


(本当のことなど、知らなくていい。夢なら、夢のままで。拙い性はすぐに認められないものなので。)



不完全燃焼な戸惑いを晒す・下




題:両手じゃ足りないよ、

14.07.23
久しぶりに更新しました、この話

かなり前でどこまで書いたんだったか忘れて、恥ずかしいながらサラッと読み返しました、過去のやつを。アイバーと葵ちゃんの、春の話です。
つーか葵ちゃん女のコです。かわいいです。伝われば、いいなぁ(むりか)。

書きたいシーンがあって、これを書き始めたので終わらせることができず長々になってしまった上に、夢オチ?と思われる終わり方にしてしまったので、ちょっと力不足でした〜〜。
他の終わらせ方もあったかと思うんだけど、すぐには思いつかないし、上中下にした以上、これ以上長引かせたくなかったんですね。
本当なら去年じゅうに書き終わるはずだったんですが、半端放置になってました。まぁそこまで楽しみにしてる人っていないかなーと思ったのもあるんだけど、時間あけると内容忘れてしまって大変ですね…。

まぁ話としては、女のコの性の目覚めです。
こういうテーマは一部の女流作家さんが書いている作品がありますが、幼稚な性の話は書いていて微妙な感じです。読んでいても微妙じゃないですか?
まぁこんな感じで、目覚めると性急に…みたいな流れですが話としてはここまでということで、性と欲が一緒になる気持ちというかね、そういうのが伝わればいいなと思いました。
それが好きな人じゃない男の人が教えてくれたってことが、まぁその人が教えてくれたわけじゃないんだけど、友達が貸してくれたエッチっぽい本っていうのが、リアリティあるかなぁと思って書きたくなっただけです(笑)