隣は指定席





届かない。
自分の切なる想いが。
届かぬ儘に、時だけが進み、何も動かぬ無駄ばかりが目につき、苛々する。
何故貴方は私のこの想いを、解ろうとしないのか。
ただ、刻々と時だけが過ぎてゆく。



苛々が頂点に達し、爆発寸前のある日、願って待ち望んでいたことが漸く訪れた。この時を、いつの日からか焦がれ待ちわびていた。
その日、長い間待ち望んでいた父のその一言を聞いて、久し振りに屈託のない笑顔を見せたのは何年ぶりか。

「儂の後継者は……子桓しかおらん」

屈託なき笑顔とは裏腹に、出た言葉は、
「父よ…やっと申されたか。自分の死期を悟り、焦ったのであろうな」
という辛辣ではあったが、皮肉屋の息子・子桓ならば当然かもしれない。

皮肉の通りか、子桓の父はその後病を患い、苦しみながらに逝去された。
年齢もさることながら、すこし長めの期間病に蝕まれていたためか、周りの者たちにも諦めの色が見え隠れしていた。
そんな中での葬儀が行われ、跡継ぎとなった子桓はその日から父のいた地位に就くこととなった。

「父は偉大だった、私は父の背だけを見つめ、ここまでやってきた」
別れの言葉の一説である。その言葉を聞き感極まって泣き出す者も少なくはないほどに、子桓の父は皆から愛されている様が伺える。
涙、涙…の葬儀も済み、父が座るべき上座に腰を落ち着ける。
「…奴等の涙は、とんだ茶番に見えてならん」
溜息混じりに洩らす。いくら偉大だと言っても、亡くなった者はもう戻らない。
だいたい、もう歳だったのだ。白髪頭のしわくちゃジジイがいつまでもこの国を担う者として在り続けるには、あまりに彼は古い人だった。
古いしきたりを、いつまでもいつまでも後生大事に……

「子桓殿」
「…仲達か」
「お疲れでしょう。顔色がよろしくないようですな」
「しかたあるまい。爺供の相手は骨が折れる」
「そう思い、温めた酒をお持ちしましたぞ」
仲達がゆっくりとした動作で酒を勧める。それに応え子桓は口をつけ、暫く杯の中でゆらゆら揺れる残りの酒を見つめている。
「口に合わなかった、と…?」
動かぬ子桓を見て仲達は心配を隠せず訊くが、その問いには首を横に振り答えた。
「私は、父のことを考えていた」
「それは……そうでありましょう」
父の死を悼む息子。
それは胸の痛むことだろう。
そう思い、気遣うような言葉をかけたが、子桓の話はそんな話ではなかったようだ。

「父は愚かだ。自分が愚かであることにすら気付くことができないほどに」
何故急にそんなことを言い出したんだろう、と、仲達は子桓を見つめその言葉をなくす。
「この漢という国には今、父の上に、今でも私の上にだが、皇帝が立っている。だが、その権限など何もないことを、父は解っていたはずだ。皇帝など形だけのものであること、役立たずであること。仲達だって当然、解っているだろう?」
「…勿論、実際に漢を動かしていたのは先代でありましょう」
偉大さの再確認ではない。子桓は、何かを否定している。
「私は前々から思っていた。父が皇帝とならない理由が皆目解らん、と。
『漢』という名ばかりに踊らされている狸爺と変わらんではないか。父の狙いは確かであったのに…そこだけは大きな間違いだと。『漢』が何だと言うのだ。遥か昔に栄華を誇ったかも知れぬが、今は腐敗しきっているではないか」
「先代も、解ってはおられたでしょうな…。子桓殿の気持ちも、無駄な制度のひとつまで」
「……解っていたから、私を、なかなか後継者に選ばなかったのだろうな…父は」

仲達は、この子桓という新しい君主の持つ、その父よりも大きいとも思える野心を目の当たりにし、言い淀んでしまっていた。
しかし、彼は自分を信頼しきってこんな話を持ち掛けるのだろうとも感じる。
では、それに応えてやるべきではないのか。
「…貴殿の言う通りですな。貴殿を早々と選ばなかったのは、先代の読み違いでしょう。早く選び、その職務について詳しく教える時間を持つべきでしたな」
その言葉に、子桓は気を良くし口角を上げ野心に満ちた笑みを浮かべる。
「よく…分かってるじゃないか。さすが仲達よ」
ふらりと近寄って来て、肩を合わせるように肩と肩をぶつけ、そのままの体制で止まる。横目で見る子桓の顔は、眼前に広がるこれからの「自分の時代」に想いを馳せ、野心隠せぬ薄ら笑いの形に光が射しているように、仲達には思われた。
「…ではお前は私の側に置く。私の為に、愚かな父の尻拭いに手を貸すのだ」
手を取り不敵な微笑を浮かべた。
「仲達以外には、頼めぬ」

仲達は前々から知っていた。先代が子桓に跡を継がせることを渋っていたことを。
そこまでの器量がないと踏んでいたか、その限り無き野心を恐れたか…それとも別の理由が隠されていたのか。それは仲達には解らなかったが。

氷の微笑をたたえた子桓の手が、体温だったことに密かに驚きを隠しながら、その手を取り自分もまた微笑む。
子桓の瞳の奥に光る、果て無き野望が垣間見えた気がした。
この絶対的な信頼を手にして、共に想うことを全うして行くのも悪くはないかもしれない。

「私は、父が望んでなし得なかった…『覇者』になる」
「先が決まれば…先ずは何を致すので?」
未来の覇者は遥か遠くの空を眺め自信を持って答える。

「勿論、形だけの『皇帝』をずり下ろし、私が皇帝となる!」

声にされれば力強く、真実味を帯びてくる不可思議な奇抜意見。
だが、その野心を共に満たしていこう、と言葉にせずとも頷き合うことで、道を繋げる。
信頼し合える仲間をつくった、幸せの絶頂と、その瞬間。



*仲良し曹丕と司馬懿の話。見てる限り司馬懿依存症という難病に冒されてそうなので、実は父親すらも煙たかったというエピソードと繋げ合わせてみました。
どうして煙たがっていたかは、丕シリーズとして書くつもりなので判りやすく明らかにしたいなぁと思ってます。
「じっと見つめて」を聴きながらの打ち込み…ラブストでもない〜
同人って基本、エロでできてる気がしていたが、ワシってば、とっても健全♪



※memo_曹家



初々しいお題

■恋愛感情
■初めて名前で呼んだ日
■心理戦
■意気地無し
■遠回しな告白
■せんちめんたる
■身動きが取れない
■惚れたモン勝ち
■抱きしめたいンだけど
■隣は指定席

■配布元:【アコオール>>オーエス】(閉鎖済)




曹仁を目立たせたくて、さらに、甄姫のことも語りたくって、綴ってみた文章のハズ(記憶あいまいなほどに、数年前っていうのが、イタイ)


言い訳になりますが、もう閉鎖してるし、まぁハナッから全部お題を使いきれるとは思ってなかったんで。半端で終わるとは思いますが………まぁしゃ〜〜ない。気にするな。一応、戒めのつもりで記してみただけのことよ。ワッハッハッハ



全然初々しくないヤツラに、初々しいお題をぶつけてみるっていう、ナントモハヤ…なことを、やっていたのでした。



続編を書くか否かは、分かりません。時が経ち過ぎて、前に書いた内容すら忘れてます(笑)だから期待しないでお待ちを。むしろ、期待するやつはいないとは思うけれど、期待するんなら、何か残せばいいと思う。そんな気分。

以上

2006/07/05 08:49:19