紛レ刃






考えることが苦痛なら、考えなければいい。
想う事は、そんなに重い事じゃない。
夜は闇だけじゃない。
ここは…そう悪くない。


篝火に群がるように、明るい場所を望んで身を寄せ行く。明るい場所には酒のニオイ。
仲間たちがいて、その真ん中で笑う憎き者。…なぁサッサと殺っちゃってイイかい? 知らずの内に刃を握る手がそこに。

「オッサン、もっと飲めって」
明るく笑う様を見て、傍らにいる仲間の蒙サンは早く酔い潰れて寝ちまえばいいのに、と無意識で願う。
薦められたとおりに差し出された酒に手を伸ばし、甘寧と呂蒙、二人で酒臭い息吐きながら他愛もない下らない話で馬鹿笑いしてしばらくした後、陸遜がフラつく足取りで現れた。

「呂蒙殿ッ、明日は軍議があるのですよ。甘寧殿、今日はおやめください。…っ、頭が痛むじゃないですか」
何を言ってるのかと思いきや、どうやら呂蒙と飲む前に口うるさい陸遜に、先に飲ませていたらしい甘寧の頭悪そうな、それでいてズル賢い作戦が垣間見える。
しかし時、既に遅し。陸遜がどれくらいの時間へばっていたかしらないが、二人はウトウトし始めている。
何より、いまだに足下のおぼつかない陸遜に何を言われても怖くはない。そう思う間に陸遜は溜息とともにその場に腰を下ろす。…二日酔い確定。

「呂蒙殿、部屋に戻りましょう。このようなところで眠っては、風邪を引きますから…」
…甘寧のことはどうでもいいらしい。

陸遜が、あの小柄な体からは想像も付かない馬鹿力振り絞り、呂蒙を担ぐようにしてフラフラと部屋を後にする。その頼りない様はやはり見ている方がハラハラとさせられるものだが、その一部始終を覗いていた彼にとってそんなことはどうでもいいこと。早く二人が去ればいい。
彼の目には、そのドタバタ劇の傍らで突っ伏し空ろな甘寧しか映さない。


…陸遜は呂蒙を引っ張って行った。
たまに聞こえる呂蒙の呻き声が、陸遜の力のなさを物語っている。きっと明日は呂蒙の体は見事なまでにどこにぶつけたか、痣だらけだろう。少し不憫でもあるが。
伏す甘寧だけが残る部屋に、そろそろと足音忍ばせて入る。無防備に、眠りこける同じ軍の特攻隊長を見下ろし、その滑稽さに口許が笑みの形に歪む。
その手には輝く刃。その光を今ほど美しいと思ったことはない。
高い位置で掲げ、刃をゆらゆらさせてみると、その影が甘寧の上で踊るように揺れた。
時間が、まるでスローモーションのように思える。刃が彼の手元から音もなく離れたのだった。それとともに影は色濃くなり、やがて紅い染みを作るだろう。

こんなに、楽しいことはない。
最期は、見るまでもない。…というか、見てやる価値なんてない。寂しく独りでくたばりやがれ。

誰も知らない、赤黒い時間を過ぎ去り、彼は満面の笑みを浮かべ扉を閉めたのだった。

月が密かに彼の頬を照らし、彼の笑顔がこれ以上ないほどの仕合わせの形を象る。

アンタなら、父親を殺されて平気なツラしてられるってぇのかい?…だったら、殺したいほど憎む俺なんかよりアンタはよっぽど悪魔だね。

彼はそう心で語りながら足早に闇夜に溶けていった。

…さぁ、明日の朝が楽しみだ。


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*甘寧と凌統がホモってる場面にはまるっきり興味が無くて(爆/ファン多いのに)読むのはいいが、自分では書きたくなかったので…。
あっしの中じゃ彼らは殺しあいとかいがみあいとか…言葉通りやってほしいワケよ。
甘寧は殴り合いたい方だけども、凌統は陰湿に攻め入るタイプだから決着がつかないんだろーなー…曲はTMサンの白い闇。
実は書きながらに続きも思いついてましたが、書く気は毛頭ナス(2006/6/9 6/24加筆)


2006/06/09 08:14:31