記憶というものを知らない。
 悟空の記憶は、三蔵と会ってからのものだけだ。ここ数ヶ月のことしか知らないで生きてきた。だが、時に昔の、これは記憶なのだろうか。痛みに似たものを、思い出しているのだろうか。なんというべきか分からないけれど、とても痛くてつらい気持ちのようなものを、感じる時がある。そう、思い出してるわけでもなく、記憶でもないかもしれないけれど、間違いないのは感じているのだということ。
 悟空はそんな自分は幸せだと思う時が、たまにある。いつもはあまり何も感じない。なぜなら、いつもは楽しくて、美味しくて、それだけで満足だし、そのために全力を尽くしているからだ。そういうのを馬鹿猿というのだと三蔵は言うが、本当は三蔵だって師匠を亡くしたり、仲間を倒したりしなくてはならないのだから、平気なんかじゃないと思っているし、つらくも思っていることも感じている。絶対に顔にも態度にも出さないのは、三蔵の強さなのだろう。
 記憶はつらさを伴う。昔を憶えていないのは、それはそれで幸せなのではないか。悟空はそう思わざるを得ない。なぜなら、八戒の過去も、悟浄の過去も、全て彼らの大事なものなのだろうけれど、それ以上につらいものなのが分かるから。人間で、妖怪である彼らの心はきっと一度は壊れたのだ。絶対に否定するだろうし、彼らは忘れていないのだから、壊れたというのとは違うかもしれないが。
 なら、悟空の心は過去に粉々に砕けたのだろうか。悟空は憶えていないのは、そのためなのだろうか。悟空は忘れ去った過去を思い、青く澄んだ空を見上げて思いを馳せた。心など壊れてしまえるものなのだろうか。そんな簡単に壊れてしまえるなら、人も妖怪も、もっと仲良く幸せに暮らせるのではないだろうか。簡単に心は壊れることができないから、きっと、大切なものばかりが増えてしまって、重くなってしまうのだ。けれど、大事なもののためなら頑張れる。すべてが矛盾しているみたいな事柄がゆっくりとくっついてゆく。
「なぁ、三蔵。思い出って、忘れたいから忘れるのかなあ?」
 青い空は何も答えてくれないから、仕方なしに三蔵に問いかける。どうせまともな答えなんてくれるわけもない。分かっているけれどわざと聞く。聞く気もないのに聞いてくれて、答えてくれるそんな三蔵の不器用な優しさが、悟空には伝わっているから。三蔵は調度煙草を吸い出したところだった。深くふかくフィルターを通して葉っぱの香りを吸い込む。汚れていく肺のことなど何も気にしない。清々しいほどに仏道から遠い、冷たい瞳はどこをも見ていないようで吐き出された煙だけが生き物のように緩くうねっていく。青い空と白い雲の間にそれは溶け込んで、まるでなかったみたいに存在を無にしてしまう。さらりと揺れる金の髪が眩しい。消え入りそうな金の髪に、悟空は行かないで欲しいと願って手を伸ばす。こんなことがあったような気がした。これは、思い出しているのではなく、記憶でもなく、じゃあ、いったい何だというのか。悟空は三蔵の髪をぐしゃりと掴んで、消えないようにぐいと引っ張った。だから当然────


「何してんだこの馬鹿猿っ!!」
 いつもの三割増のスピードと強さで武器のハリセンが悟空へとクリーンヒットした。これはこれでなかなか清々しい。鼻血が青空に舞う。倒れながら悟空が笑った。馬鹿猿といわれて馬鹿猿らしく。
「…いってぇなぁ。だって、三蔵答えてくんねーんだもん」
 屋内に入り鼻の穴に丸めたティッシュを詰め込みながら悟空はいう。答えなんて期待してないけれど、それでも答えてほしいと思うのが人情というものじゃないかよ。見上げた三蔵はまた煙草を吸っていて、よっこらせ、と爺臭くいいながら座り心地の悪い木箱の椅子に腰を下ろした。三蔵の脳内に悟空らしくない問いかけの言葉が舞う。何を思ったのだろうか、馬鹿は馬鹿らしく能天気にやればよいものを。そう思いながら煙と一緒に息を吐き出す。
「忘れていいから、忘れんだろ」
 世の中、無駄なことばっかりだ。すべてが無駄で、きっとくだらない。けれど、そんなもののために人も妖怪も必死で生きている。無駄なことは忘れていい。無駄じゃないことのほうがきっと少ない。こんな思いもきっと、明日には忘れるだろう。悟空が昔のことをまったく憶えていないように、風化していくことは必要だからなされるものなのだ。そしてそれに意味なんてない。人はなぜ生きるのか? 人はなぜ生まれるのか? これらに意味なんてないように。
「忘れて……いいのか」
「ダメなもんなんて、作ったのはロクデナシどもだろ」
 いいとか悪いとか、そんな言葉をひけらかすヒマがあるんなら、気に入らないものを叩き壊す強さを養い給え。染まらない強さと脆さに、三蔵は目を細めた。悟空の無垢な問いかけは、時に自分たちをも導く。戸の方を見る。間も無く夕暮れだ。買い出しに行った八戒とジープ、荷物持ちの悟浄が帰ってくる頃だろう。
「じゃあ、俺絶対忘れない。三蔵と悟浄と八戒!」
「…好きにしろ」
 忘れてよくないから、忘れないんだ。悟空はそう思った。大事なものはなくさない。過去はなくしたとしても。


記憶の断片



14.02.09

急に思い立ったが最遊記。
しかも漢字変換で出るのね最遊記w

結構深い部分もあるよね。ふざけてるマンガでもあるけど。峰倉さん大丈夫なのかね?w
ちなみに、自分が好きなのは悟浄です!
結構昔から読んでたけど、文でも書いたのは初めて。


記憶とか、法律とか、ルールとかって実はどうでもいいような、でもどうでもよくないような。ぐるぐる。みたい思いが書ければ、と。カオスヘッドやってた弊害かとw


ある言葉について、みたいなお題なら楽しんで書けそうな気がしますね。最遊記。
最近べるぜばっかりだったので…

2014/02/09 15:38:20