深海にて13


 放課後の教室で、下着姿を晒して子供もきっと見てしまっているような、そんな中であられもなく感じてしまうのはおかしいと思いながらも、それから逃げられない。とてもじゃないけれど、こんな快感の中からどうやって逃げろというんだろう。そして、そんな意思の強さを、こんな気持ち良さに身を浸したばかり子供の自分たちが、持てるはずもない。どちらともなくそれを思っていた。できる限り、男鹿の背負うベル坊の眠っている時を狙って二人はできる限り一緒にいて、そして眠った頃合いを見計らってただひたすらに触れ合うことを求めた。嫌だと逃げるそぶりを見せながら葵は、それでも本気で逃げようとしなかった。逃げられないのをわかって、男鹿は数日前に葵にいったばかりだ。すごく真面目な顔をして、それはもちろん本気で。
「嫌なら逃げろよ、本気で逃げろ。…なら教えといてやる。ズボンの上からでも効く。そんなに強くない力でも、男ならキンタマをがっと掴まれたら、大抵は飛び上がる。逃げたきゃそうしろ」
 そのまま耳朶を吸って押し倒した。その時は、男鹿の部屋だった。ベル坊は隣の部屋で寝かせていた。すぐに葵の息は上がって、もう何も考えられなくなった。場所を考えられなくなったのは、そこから本当に数日の間でのことだ。放課後の誰もいない学校の階段で、スカートの中に手を入れられる。それはとても嫌だと葵は思ったけれど、その「ここでこんなことしちゃいけない」という背徳感が逆に興奮した。もちろん男鹿が同じ思いで、そうしてきたことはすぐに分かった。何度か見て感じた固くなった股間を押し付けながら、男鹿もいったのだ。
「こういうとこで、すんの……感じてんだろ?分かる」
 言われた途端、もっと感じた。声が出そうになると男鹿の唇で吸い取ってくれるのだ。また頭がくらくらして働かなくなった。気持ち良さは人間をダメにするのだ、きっと。葵はその気持ちいいことが終わった後に自己嫌悪に陥るのだった。また唇を吸われる。吸う。舐める。舐められる。どっちがどっちだか分からない。ただ、溶けていくみたいに男鹿と葵はずっとくっついていたいと思った。
 今日の教室でもそうだ。ブラウスの前は開けたまま。ブラの上から揉んだりキスしたりする。そのたびに葵の身体には、胸からひりつくような快感が、股間と脳みそに向けて瞬時に伝う。足が知らないうちに開いてしまうので、すぐに下着が丸見えになる。もうショーツは内側から濡れている。履いていれば分かる。それがとても恥ずかしかった。ちょっと触られただけでこんなに濡れるなんてきっとどうかしている。その思いを汲み取ったみたいに男鹿は残酷に嗤う。
 それは、二人になればさまざな場所で行われた。ただ盛りについた猫に成り下がったといわれてしまえば、それを否定なんてできないほどに。分かっていてもどうしようもないこともある。後になって思うことだが、触れ合うことにばかりに重きを置いて満足ができていないから欲は高まるのだ。触れ合うのは簡単でも、満足するのは難しい。どこでもできることではない。それに気付かずに離れないようにしているから高まるばかりなのだ。滑らかな肌に触れるのが嬉しいと、触れる手が、指が、皮膚が、指紋が。触れたすべての感覚器がもっと、もっとと互いを離れ難くする。中毒性にはまり込んでしまう。何とはなしに男鹿は葵の腰に手を回す。そこから甘くてむず痒い痺れに似た快感がうねってくるのを、きっと男鹿は知らない。


「いい加減にしろ、てめーはバカか」
 その時はたまたま男鹿はベル坊とヒルダと一緒にいて、唐突に姫川が話しかけてきた。男鹿たちは体育の授業が終わったばかりで着替え終え一息ついたところだった。明らかに男鹿へ向けた言葉だ。しかも意味が図りかねる。男鹿とヒルダがどちらも不穏な表情を向ける。ただ、男鹿とすれば売られたケンカは買う予定である。そういうつもりなのかどうかは分からないが。
「昨日放課後いちゃついてたろ」
 どうやら見られたらしい。これがバレたら葵から大目玉を喰らいそうだ。男鹿はすぐに気まずそうな顔になりつつ構えを解いて姫川へと向き直った。
「見たのか」
「バッチリ。写メも撮った」
「うがあ、黙っててくれ。使ってもいいからよ」
 男鹿は合掌しお願いした。これは男の約束だ、目がそう物語っている。ヒルダが笑う。葵は意外にも大安売りされているな、と。楽しいからからかう材料にしてもいいな。姫川は呆れたように男鹿を諭す。
「気持ち良くてハマっちまったのはしょうがねぇけどな。発情期の猿じゃあんめえし考えてやれよ。じゃねぇと……」
「じゃねぇと…?」
「クイーンとやりてえヤツなんか星の数以上にいるってことだ。お前だけじゃねえんだぞ」
 そのくらい魅力のある恋人を持つということは、そういう心配もしなければならないということなんだろう。男鹿は背筋を伸ばして考え始めた。だが、そんな理性を吹き飛ばすくらいの威力があるのだということを男鹿は痛いくらいに知っている。きっと、これからももっと知っていく。こう面と向かっていわれては、彼女がいい女だということを認識するのは男にとってもまたステータスなのだということも、生まれて初めて知った。怒られているのになぜか胸が踊った。

 男鹿は思い出す。まだひと月も前じゃない。あの時どうして深く交わるところまで踏み込めなかったか。そう、それはこうなることが予測できたからなんだ。
 人は溺れる。女は海、だなんて演歌でも聴く歌詞だが、本当だと男鹿は思う。海みたいに深くて、男鹿には理解出来ない。でもそこで泳ぐのは楽しいし気持ちいいし、嬉しいのだ。負の感覚がない。溺れていると分かっていながらも、もっとドップリと溺れたいと思ってしまう。下の見えない深いふかい海。葵は男鹿からすればそんな深海だ。泳ぎたいのだ。溺れるのが怖いから入らないようにしていたのに、決めた禁忌は破ると悦びしかないだなんて、溺れてみなければやっぱり分かり得ない。これのために今まで何年も生きてきて、笑ったり怒ったり泣いたりしてきたような、そんな気がしたのだ。最初、葵の身体に触れた時には。だから葵を感じていたいし、触れていたい。もっと、今よりもあの時よりも、もっと深く潜って海に浸りたい。その願いは時間とか立場とか場所とか、いろんなものに遮られて叶えられていないから二人は、せめてと手をつないだり触れたりするだけで日々を過ごしているのだ。男鹿には分かる。葵もまた同じ気持ちでいるのだということを。



 その日は葵と男鹿とベル坊とヒルダの四人で帰ったのであまりくっつけなかった。何だかんだと男鹿は文句をつけたがヒルダは笑っていう。
「私だって坊っちゃまと一緒にいたいのだ。お前たちが乳繰り合いたいのと同じことだ」
 全然ちがうと思うけど。というか、そういういい方が気に食わないのだけど、突っかかっても口で負けると分かっていたので男鹿はすぐに諦めた。並んで歩くと周りがザワつく。そうだ、どうやら最近は男鹿がハーレムしているというとてつもない噂になっているらしいのである。石矢魔のメンバーはバカばかりで呆れる。それでも、こいつらは仲間だ。そして、今日も不良たちはケンカしながらもとても平和だ。そんな日だけれど、それでもやっぱり、満足できなくて男鹿は。
「ヒルダ、悪い。先に帰ってくんねぇか」
 そこはいつものように葵の家の、門の前で。いつものように家に寄っていくことのできないフラストレーションは確かに男鹿は感じていた。きっと、葵もそうだろう。男鹿の問いかけに嫌な顔はしていない。ヒルダは否定の言葉をいう途中で、はっとしたように少し考えた。その少し後に少しだけ迷ったような顔をして、それでもベル坊を男鹿へ手渡しながらいう。
「………わかった。ゆっくりしてくるといい。ただし、…坊っちゃまに不自由させるな、いいな」
 男鹿は頷きながら、ああ、と答えた。ヒルダは本当にベル坊のことしか考えていないのだということを思いながら。ベル坊を抱く時にヒルダに触れた。ベル坊がはしゃいでいる。きっと、親の好きなものは子供も好きなのだろう。この18mという短い距離じゃなければもっとゆったりできるというのに。男鹿はベル坊を抱いてあやしてからいつものように背負った。去ろうとするヒルダの目はかなり名残惜しそうで、とても寂しそうだった。だからといって男鹿は譲る気はないのだけれど。
 男鹿は、葵の手を強引に握った。葵はそんなつもりなどなかったのに、それでも後から聞いた男鹿の言葉で分かった。ヒルダよりも自分を選んでくれた、そんな気がして葵はその瞬間、堪らず笑っていた。満面の笑みだったという。本人はそんな気などなかったかもしれないけれどそんなこと関係ない、ただ嬉しかったのだ。ベル坊がいるとか男鹿が見てるとかそんなのそっちのけで、ただひたすらに。
 二人が邦枝の門をくぐっていったところまではヒルダも見ている。それ以降については知らない。魔力でしか知らない。強くなったり、強くなったり、ゆるんだり…でもまた強くなったりして、そして、やがて男鹿は帰るのだ。男鹿の家へとベル坊を背負って。これ以上、あれ以上縮まらない距離を感じながら呪いながら願いながら。そして、よろこびながら。


13.01.20

お疲れ様です!!

また展開進んでねぇーじゃんかよ!という深海にて です。ま、タイトル通り。

あとはどちらの精神論も書けて良かったか………分からんけど。
葵ちゃんと男鹿の関係があまりにプラトニック気取ってて。それを貫いてほしすぎた自分が、ありえないほどにわーい!ってなってます。コドモコドモしててすいまっせんまっせん!!
こんなのあり得ないだろ。やりたいときはやるだろってわかってて押し殺す。おれとおが。あとちーーとあおい。
そんな感じです。


好きを願う話を、もっと書いてしまったらあれなんだと思ってくださいw
あれってなんだよwww
もちワクワクなものです。では!
2014/01/20 23:00:10